問答
引きこもり生活とも徐々にお別れなのです。
「桂花や友若のあやし方や、おしめの世話にしても貴方は本当に手馴れたものだった。一度見て覚えたというけれど、あの手際の良さは異常に映る。寝かしつけにしても、あの人よりも上手だもの」
「……子供らしくなくてすいません」
「いいえ、詫びるべきは私であり、夫よ。貴方はその年にありながら、立ち振る舞いや精神面は立派な成人であり、時に老獪なものすら感じられる。子供の背伸びなどでは決して無い、ある種完成されたものだわ。その包容力に、私達一家は甘えているに過ぎない」
「買い被りすぎです、義母上。赤ん坊の泣き声に苛立ちを隠しきれない子供ですよ、私は」
「でも、その苛立ちを貴方は桂花や友若にぶつけることは決して無い。おくびにすら出さない。赤ん坊はそういうものだと、貴方はしっかり飲み込めているからよ。桂花の夜泣きで眠れぬ夜を過ごしていた私達を見かねて、一日置きに離れにある貴方の居室にさも当然のように引き寄った貴方は、あの時、私達の誰よりも親らしかった」
「軽率であったと思います。子供の振る舞いとしては気持ちが悪すぎる」
罪滅ぼしの代償行為だった。
前の世界で、息子に対して事務的な父親の接し方しかしてやれなかった。二度目ならば、もう少しうまくやれるだろうと、そんな俺自身の、自己満足の為の我がままだった。この世界で、義母上が過剰ながら惜しみなく与えてくれた愛情に、妻と会えぬ寂しさを強く感じずに過ごせた、せめてもの恩返しのつもりだった。
ただ、五・六歳の子供が乳児の世話を完全にしてのけるのは、明らかに異常であったのだろう。乳母に任せる選択肢ももちろん取れたはずだ。可能な限り家族で育てたい、そう願った義母上の希望を勝手に掬い取った、俺の身勝手であった。
「いえ、私こそ本当にごめんなさい。私は、夏蘭に亡くなった父の影を見ているのよ。だから、必要以上に我侭になり、童心にも容易く帰ってしまう」
「それで、良いのですよ。その代わりに、私の異質さを飲み込んでくれていたのでしょう? ……いつかこの家を出る前には、全てお話したいと思います。それまでお待ち頂けませんか、銀花」
彼女の頭をなけなしの胸板とまだ短い両腕で包みながら、俺は静かに告げた。もう少しだけ、この穏やかな日々を、続けていたい。それは偽りざぬ本音であったから。
「こんな時だけ真名を呼ぶなんて、本当にズルい男性であること。……まさかと思うけど、この年で貴方、こっそり女を誑かせたりしていないでしょうね?」
「無いですね。男として、子を成す事すらまだ出来ない未成熟な身体なのですし。仮にそういう欲も制御する術も心得ていますから」
「……夏蘭。本当の貴方は、一体何歳ぐらいなのかしら」
どうしようもない、悲しみの色は消えているように感じる。率直な問い。秘密を共有したい、そんな希望といったところなのか。いつもの義母上の調子が少しだが戻ってきている。
「四十にまもなく手が届くといったところです。ただ、無意味で年だけを重ねても、大人には成り得ない。それぐらいは判っている、ということでしょうか」
「成る程、私が敵わないわけね。……夏蘭、貴方が秘め事を明かしてくれる日を待っているわ」
この夜以降、義母上は私を外出時や、元部下の訪問が合った時などに、従者の一人として、常時同行させることになる。俺には、独立した後の為に、密やかに人脈を築かせる為。義母上は、俺を密かな相談相手として。そりゃ子供を相談相手にしようなんて、普通考えられないからなぁ。
隠遁生活のお陰で、俺の事は荀家以外には知られておらず、武経七書や五経、孟子や左伝などを読破して、義母上と政策論議に興じていることなど、世間様は知らない。この時代の知識人を直に見て、自らの知識と知恵を精錬させつつ、その知恵を披露して実践する機会を、義母上は作ってくれたのである。
「ふふ~ん♪ 私だけが夏蘭が神童たる存在であることを知っている。なんという甘美な秘密なのかしら……♪」
まぁ、外出時も油断すると通常運転になるので、その辺りの気疲れは増える事になったのだけど、それは別の話だろう。
銀花義母上の個人的な相談役ポジをやりつつ、この外史を見ていくことになりそうです。
さて、幼女なオーホッホとか覇王さまを描くのであろうか。
これじゃまるで幼女無双じゃないか……!