山賊との遭遇
連続話の導入部分です。
「夏蘭。囲まれてるよぉ~」
「ええ、どうにもそのようですね」
緊迫感の無い、私的な時のいつの通りの声で、義母上が注意を促す。
左右を森に囲まれているこの街道で、情けない話、義母上が訴える内容である、
つまり、何者かの接近に俺は気づくのが遅れていたんだが、
操が『絶』───原作に準するわけだが、一言でいえば『大鎌』を、
妙才さんが『餓狼爪』───こちらは『長弓』を、
それとなく構えた時点で、流石に気づきました。
つーか、既にこの歳であの武器扱うのかよ、おっそろしいなほんとに。
「華琳さまに、成長に合わせて打ち直すように手配してもらってるの」
「なるほどね。それは贅沢なことだ」
同じく、馬を並べながら、俺の隣でやはり愛剣が振るえる状態にある紗耶が囁く。
彼女の愛剣はもちろん、『七星餓狼』───原作でも、春蘭が愛用した、いわゆる長刀である。
ちなみに俺はとても扱える重さじゃありませんでした。
構えるだけで身体がふらつきまくるという。この世界の女性補正、改めて恐るべしである。
それなのに、表向きは筋肉むきむきじゃなくて、華奢にすら見えるという。
なんで持てるんだろうね、って前世ではむしろ非力だった紗耶が、
自分でも心底不思議そうに感じているのだから、よっぽどだ。
考え出すと、色々と理不尽だとは思うんだが、言っても詮無きことだ。
今は、この事態をどう切り抜けるか。
「黒山賊、だろうな。操、数は読めるか?」
「ざっと三十ぐらいじゃないかしら。ただ、乗馬してるのは五人以下といったところでしょう。
ただ、私ももっと感覚を磨かないと。ここまで接近を許しているとはね」
妙才さんや、斗詩も、短く頷いて同意を示しているから、そう狂いは無いとみる。
「な、なんなんですの、いったい! 説め……ふがふが」
「あー、ちょっと姫は静かにしてて下さいね。アニキ、どうする?」
叫び出そうとした本初殿の口を素早く塞いだ、猪々子が対応を問いかけてくる。
君の主君はそちらだよ、とは思うが、これも信頼してくれている証なのかもしれない。
「私や義母上がかえって足手まといですね、これは。
それに、猪々子や操も、本初殿や文若を庇いながら戦うのはしんどいと思いますし。
同じ馬の上に乗っていますから、どうしても動きが制約されてしまう」
「アニキも護身という意味では何ら問題ないと思うけどなー」
「猪々子にそう言ってもらえると自信がつくが、私は命の奪い合いの経験が無いからね」
既に、操や紗耶に妙才さん、本初殿一行は、コネやツテをフル活用。
直接、乱の制圧などに出たわけではないが、
死体が打ち捨てられた戦場跡などの雰囲気を既に経験済。
間接的にではあるが、戦場の空気は味わっていて、
独特の異質さに飲み込まれ、固まってしまうことは無いと思われる。
紗耶や斗詩が体調を崩したり、夢で魘される為に、
なぜか幾晩も付き添いや添い寝を強要され、俺がいろんな意味で睡眠不足になったり、
操や妙才さんがお互いに乗り越える為に、遂に原作通りの関係になった、とか、
自分の中で吹っ切る中に、猪々子に毎日打ち合いに強制的に付き合わされたり、
まぁ、色々と逸話や思い出話もあるんだが、
ともかく、彼女たちは戦いに身を置くことを、既に肯定している。
一方、俺は護身の意味合いで鍛練はしているが、始めた大元の理由が理由だから、
命のやり取りとなると、正直、委縮してしまう予感がする。覚悟が足りないのだ、結局。
紗耶が傷つけられるような事態にならない限り、俺は恐らくヘタレそのものでしかない。
ただ、現実感が未だ薄い為に、緊張していないだけのことだ。
「だから、逃げる、と言いたいんですが、それでも一点突破は必要でしょう」
……よし。文若、こちらに移りなさい。操が全力を振るえないから」
「な、なんで、あんたの命令なんかっ!」
「行きなさい、桂花。私が全力で貴女を守れるようにね」
「……わかりました」
操が少し強引に差し出させた桂花の手を、俺も少し強引に引く。
暴れられたら大変だと思ってのことだったのだが、彼女の身体はとても軽く感じた。
桂花はとっさに馬体から、自分で飛んでいたのだろう。
会話の間に、俺の背中へと移動を終えていた義母上の代わりに、
俺の腕の隙間を埋めるがごとく、桂花は滑り込むように身を預けてきた。
「本当に、仕方なくよ、公達」
「判っています。今はこの場をまず切り抜けなければ」
左右の森から、筋肉を隆起させた人の皮を被った獣たちが、次々に姿を見せる。
そして、あまりにお決まりの前口上をご丁寧に謳いあげてくれた。
「へへっ、兄ちゃん姉ちゃんたち。
大人しく金目のもんと、その着ているもんも全部置いていきな。
馬だからって逃げられると思うなよ? こっちにも馬があるんだからな」
細い街道を塞ぐように、前後に二頭ずつ。その隙間を徒歩の連中がきっちり埋めている。
だが、重要なのはそこではない。
「これはなんというテンプレ。くそっ、ビデオカメラが無いのが惜しすぎる」
「わかるよ、ひーちゃん。ちょっと私もクルものがあるよ。様式美って大事だよね」
「夏蘭、私もわかるよ~。お約束って奴だよね?」
「ちょっと貴方達。この状況で、流石に緊張感は持って欲しいのだけど?」
俺、紗耶、義母上の三人組に呆れながら突っ込みを入れてくれる、操。
彼女は自然とこういう役割になっているんだが、いつもお役目ご苦労様である。
「あまりに、あちらの素晴らしい前口上に感動してしまった。反省はしていない」
「へへっ、ほめたって逃しゃしないぜぇ?」
いや、褒めてはいないんだがな。まぁ、いいや。油断してくれている方が楽だし。
「では。妙才殿、狼煙を上げましょうか」
「ああ、任せてもらおう」
これだけで通じる妙才さん、やっぱり名将軍。
妙才さんが最小限の動きをするだけで、
前方の乗馬中の賊の額に風穴が空き、吹き出した血が空に虹を描く。
相変わらず、それを映画を見ているかのように、現実感が薄い。
漂う血の臭いが、背中や腕の中に感じる荀親子の温もりが、
これが現実だと認識させてくれていた。
それが、俺の初めての実戦の合図だった。
初実戦です。書きたいことがちゃんと書き切れるといいんですが。