少女であれど恋姫は恋姫
華琳さまが好きすぎる作者の愛がやや暴走したかもしれません。
結論から話そう。俺は孟徳殿との和解に無事成功した。
内容は割愛する。というか、思い出すだけでかなり恥ずかしい言動行動の数々……。
どこの中世の王子様だと、セルフ突っ込みして落ち込むぐらいで。
紗耶は俺と共に義母上の庇護下で暮らし、と同時に孟徳殿の部下の勤めを果たすことに。
この年にして、紗耶は現代でいうOLさんと化したわけである。
「よし、夜も更けてきたことだし、皆さんをお送りするとしましょうか。明日から早速忙しくなるわけですし」
「おぅ、まさかアニキに直々に指南してもらえるなんてなーっ。あたいは正直勉学が嫌いだけど、精一杯頑張るぜっ! なー、斗詩!」
「うん、文ちゃん! 私も夏蘭さまの教えを学んで、姫の補佐が早く出来る様に頑張りますね♪」
孟徳殿や本初殿が学ばれている時の、手すきになった従者達───紗耶達の指導を俺が務める話も、和解の際にまとまったもの。
冷静に戻ったプチ覇王様は将来、俺を自然な流れで取り込めるように、紗耶達の軍略の師匠的な立場に置く意味と、俺と自然に接点を取り易いような立ち位置を狙ったものと思われる。
ただ、その話を聞いた猪々子と斗詩が、それならば、自分達も兄貴分の俺の指導を受ける権利があると主張した為、まぁ、こんな落とし所に落ち着いたわけだ。
しかし、いくら兵法書や軍略を学んだとはいえ、机上の空論に成りかねないという懸念が俺にはある。
……俺は実際の戦場を体験した事が無い。
病気や寿命の果てではなく、殺し合いで容易く命を落とす現場。いくら先人が残した知恵を学んだとしても、実感が無い者の教えにどれほどの意味がある?
せいぜい、俺が味わったのは会社での派閥争い。
しかも、深く巻き込まれないように、慎重にどの陣営に対しても、遠すぎず近過ぎずの距離で立ち回っただけの事。
……まぁ、そういう意味では、政略について『だけは』多少なりとも重みを持って語ることはできるかもしれない。が、それだけのことだった。
「……うぅ、ひーちゃんの指導かぁ」
「どうした、紗蘭? えらく晴れない顔をしているが」
「長騫さんや清臣さんは喜んでいるけど……ひーちゃんの指導って容赦ないんだよ?」
「……紗蘭に対してもか?」
「うん、自分が好意を持っていたり、見込んだ人ほど、何事にしても、とことん厳しく教えるの。私の記憶が間違ってなければ、限界一杯まで追い詰められる想像しか出来ないよ。うう、憂鬱……」
「ふむ、ならば私や姉者にとっては少し厳しい所のある先生、ということになるかな。
想い人である紗蘭や、真名を交換したあの両名とは、さすがに温度差がある」
ひそひそ声で何か紗耶と妙才殿は会話をしているようだが、どうにも紗耶の顔に生気が無い。
この世の不幸を私は背負ってますよ、と言わんばかりのどんよりした顔。
「あの娘、勉強が嫌いなのよ。だからよ、『攸』」
「早速ですか、孟……ではありませんでしたね、『操』。まさか、諱を許されるとは予想外でした」
「私が素直になれないと見るや、即座に荀都尉や紗蘭に目線や手振りで人払いの指示をして、二人だけで話す空間を作るわ、
あの手この手の搦め手や歯が浮くような言葉を躊躇いなく、かつ、惜しげもなく使用して、私の感情を何としてでも発露させる手法を行使する辺り、
英傑たらんと誓う私も、不覚にも『年頃の女の子』に戻ってしまったわ」
不覚と言いながらも、彼女は晴れやかな笑顔である。
斗詩が先程見せてくれた、飛び切りの笑顔とどこか重なる、そんな表情。
「ふふ、一生の不覚にもなりかねない出来事だけれど、どこかスッキリとしたのよ。
これからも私はきっと背伸びをして、大人として振舞わんとするだろうけど、時には弱音を晒し出して、黙って受け止めてくれる存在があってもいいと。
ただ、私は一方的に寄りかかるのなんて真っ平だから、私にも甘えて構わないという意味を込めて、諱を呼べと言ったのよ。貴方の才は別として、攸であれば人として対等であれると、私が確信できたから。
真名の交換という手段もあるけれど、私と貴方は夫婦にというのとは違うでしょ?」
どちらかといえば、兄と妹だわ、と、彼女は心から愉快そうに笑う。そうですね、と俺も笑顔で頷いてみせる。
「だって、貴方、思い出してみなさい?
至って真面目に『泣きたい時は黙って胸を貸しますから、何時でも何処でもどうぞ』とか、真面目な顔して、『苦しい時に苦しいと言えるのは子供時代の特権ですよ、それを捨てるなんて勿体無い』とか、たかが八歳児がそれこそ口説き文句にしか聞こえない、そんな言葉を次々に使うと思って?」
「わー! わー! わーっ! 口調まで再現しなくてもいいじゃないですかっ!」
「あら、全部覚えてるから、他にも……」
「操。私の胸の中で泣きじゃくったのはどちら様でしたか」
「あら、女の弱音は黙って飲み込むもの。私にそう言ったのは誰だったかしらね」
「うぐっ……」
「ふふふ、私に弁術で勝てると思わないことね。
……ただね、攸。私は、本気で貴方に私の覇業を支えて欲しいと思う」
彼女は乱れる世の空気を敏感に感じ取っており。漢室の威光が衰える現状を見据えており。
群雄割拠の時代が来ると、確信していた。
「私と同じ目線で行く末を考え、見据えることが出来る。
こんな話をする私には、若造が何をと言われたり、不遜だと罵られたりするけれど、貴方はそんな私を笑ったり、馬鹿にする様子が全くなかった。
さも当然のように受け止め、私の誘いには、自らの力不足や経験不足を理由に、真正面から誠実に断りを入れてきた。
私が言うのもおかしいけれど、たかが八歳の少年よ?
どうして、その年で自分の能力や可能性を冷静に読み切って、将来的に期待を裏切る事になるだろうから、まで言い切れるなんて、逆に見込んだこちらとしては期待が膨らむわね」
それにね、と操は一言断りを入れた上で、続ける。
「仮に貴方が私に仕えないとしても───まぁ、逃がすつもりは無いから、それこそあり得ない話だけれど、例え話としてね。
……攸、貴方は私の友になれる。いや、自然となるのだと思う。
直感を普段は信じない性質の私が、今回限りは強く感じるものがあった。
性別も、年も関係ない。
そう考えれば、貴方がいずれ正式に紗蘭の夫になるのは、私にとっては非常に喜ばしい事とも言えるわね」
どのやり取りで、こうも高評価を受けてしまったのかは判らないが、年相応とも言える、無邪気な笑顔で笑う『操』を見て、心拍が一気に早くなるのを自覚する。
情愛の深さと言うか、表れる思いはどんな感情であれ、響くほどに強く。
斗詩や猪々子、そういう意味では義母上だってそうだ。
瞬間瞬間を燃やし尽くさんがごとく、必死に生きていく。容易く命を落とす時代ゆえなのか、それはとても眩いもので。
俺はこの世界の恋姫たちは、反則的にも思える魅力に満ちていると自覚した。
紗耶がいなければ、ある意味俺は即死していたとしか考えられない。
彼女に固執する俺があってこそ、恋愛ではなく、親愛の情で見ることが出来るのかも、と。
ちょっぴり、一刀君の気持ちが判る気がする。
少女時代から既に男を蕩かすような表情をかいま見せる彼女たち。
種馬などと呼ばれたって、成長した恋姫達に次々に思いを寄せられたら、断り切れないんだろうなぁ、と。
さて、次回は華琳さまか誰かの他者視点を入れたいなと。