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[未完]荀公達の憂鬱~真・恋姫†無双  作者: 夏蘭
公達くんの幼少期
14/20

胡蝶の夢

胡蝶の夢の一部は異体字を充てています。

文字化けするんですよね、携帯だと……。

「昔者荘周夢為胡蝶。栩栩然胡蝶也。

自喩適志与。不知周也。俄然覚、則劇劇然周也。

不知、周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与。

周与胡蝶、則必有分矣。此之謂物化……」


謳うように軽やかな口調で、孟徳殿は荘子の有名な一節を高らかに紡ぐ。

皆、静まり返り、思わず聞き惚れてしまうほどに。

妙才殿はもちろん、義母上や紗耶、猪々子に斗詩も、孟徳殿の才の発露に、ただ、ただ、圧倒されている。


ああ、俺も一瞬聞き惚れたからなぁ。

史実の曹孟徳は詩人としても卓越したものがあるって評だが、外史だろうが、実際に目の前で見られれば、心が喜ぶんだよ。

『本物』の才能って奴は、そうそうお目にかかれない。


なぁ、本当に五・六歳児でこれなんだから、成長した孟徳殿の前に立つのですら、俺みたいな一般人はその威光に、反射的に平伏してしまうんじゃなかろうか。


「……流石ですね、孟徳殿。あっさり諳んじてしまうとは。

夢の中で蝶としてひらひらと舞っていた所、目が覚めたが、はたして自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか。

確かに、私の話は『胡蝶の夢』になぞらえると判りやすいのかもしれません」


「どちらの姿も、結局は己自身の本質を示す……という説話だけど、公達が言いたいのはそういうことよね?

それにしても、出会ったことも無い二人が、同じ内容の夢を長らくに渡り見続ける。なかなかに信じがたい話だけど……」


前世の話を、俺は紗耶と同じ内容の夢を共有しているという表現に置き換え、紗耶との出会いの頃から、トラックに撥ねられて命を終えるまでの大筋の説明をした。

俺の元の名前、大斗ひろとと紗耶、その名で呼び合っていることも。

……紗耶が大斗って呼ぶことは、殆ど無いんだけどさ。あの呼び方だから。


いわゆる科学社会の産物である、トラックなどは『軍馬が引く、鉄で覆われた馬車』に表現を変えたりはしているが、二人の関係性や家族となり子を生した事などについては、未だに鮮やかに思い返すことの出来る記憶をそのままに話した。

俺と紗耶にとっては、懐かしい思い出話を交わす、そんな場にもなっていた。


俺が大筋を話す中で、紗耶は自分からの視点の補足であったり、その際に自分が感じていた心の内を話すことで、少なくとも二人にとっては、夢の内容が現実と同じ位置付けをしており、その関係性をこの世界でも変えることは無い、そういう意思表示でもある。


ただ、紗耶が天寿を全うしてから、この世界に転生したくだりは詳しく述べなかった。いわゆる、孟徳殿には耳元で愛を囁き合っていたと思われる時間で、紗耶と交わした会話は二人きりになって、改めて情報を突き合わせると判断していたから。


「華琳さまが俄かに信じがたい話であることは判ってます。

だけど、私とひーちゃんにとっては、それが全てです。ひーちゃんも私も、お互いを欠いてしまえば、生きながらに死ぬことと同義です。……こうして、再び出会えた以上、もう」


『離れることなどできない』


紗耶と俺の声が寄り添うようにピタリと重なる。

ああ、紗耶も変わらずそう思ってくれていたのか。俺と同じ気持ちでいてくれるのか。

そのことに、視界が少しぼやけるのを自覚する。


「はい、夏蘭。これ使いなさいな」


義母上からハンカチ……うん、麻製とはいえ、この『外史』には存在してるんだが……、それがそっと差し出されていた。

そして、俺の一方の手を紗耶の両手がそっと包んでくれているのが伝わる。


「ありがとう、紗耶、義母上……」


かすれた声でやっと搾り出した礼の言葉に、二人は微笑みながら、静かに頷くことで答えてくれた。


「……私から、本当に離れるというの、紗蘭?」


対照的に、感情を凍らせた機械的な声を出したのは孟徳殿。

表情も全てを削ぎ落したように能面のようになって、瞳も暗く濁りが混じったような、鈍い光を放つように見える。


感情が昂った俺でもハッキリと判る。彼女は、裏切りに心から怒り狂っている。

通常の外史では曹孟徳に忠誠を誓った、近しい者が自分よりも優先する存在がいると公言するなんてことは無かったこと。夏候姉妹が裏切る感覚に、恐らく近いモノを感じているのだろう。推測にしか過ぎないことではあるが。


……だが、ああ、全く。彼女はまだ、六歳に満たない少女。

感情を殺しているように見えて、身体は僅かながら震え、自らの両腕で自身を抱き締めるような挙動をしている自覚は無いのか。


彼女の心が泣いている。……ああ、くそ、なんで。

このまま突っぱねて逃避行に走れば、紗耶との仲が阻害される可能性も低くなるし、義母上の手を借りれば、隠遁とて不可能ではないと、ハッキリ判っているのに。


くそが。切り捨てると自分で決めておきながら、なんて甘ちゃんなんだよ、俺は。


「……華琳さま。その答えは、ひーちゃ……いえ、夏蘭さんの内にあります」


先程の回想のやり取りの中で、俺と紗耶はこの世界での真名を許し合った。

預けたばかりのの俺の真名をたどたどしいながらも紡ぎ、微笑みながらそう返事をして、俺に全てを預ける紗耶がいて。


「夏蘭。もしくは大斗、と呼んだらいいのかな~。貴方の為したいように為しなさい。どういう結論であれ、私は貴方を全力で支えるからね~」


義母上には、俺の考えなどお見通しのようで。

……二人とも全幅の信頼を預けてくれているのが、態度の全面に現れていて。


ええい、もうっ、判った!

俺はやりたいようにやる。その結果、貴女達を巻き込む。面倒もかけるだろう。それでもついてこいと言う。俺は俺の力が及ぶ限り、貴女達を全力で守るから。

……聞いた所で、笑いながら勿論だと言われる場景しか浮かばないけどさ。


「孟徳殿」


「……なによ。そんな優しい声色使ったって私は騙されないわよ」


ああ、拗ねているな、微かに声色に出てるや。

全くこの世界の武将たちは、急いで大人になり過ぎる。喋り方だけ見れば、青年期の孟徳殿と正直、大差無い状況だし。


現に、俺や義母上や紗耶以外は、孟徳殿が感情を完全に殺して、怒っているようにしか見えていないだろう。元譲殿は発言を許可されていないだけで、同じように怒り狂っている。

……妙才殿はなんとなく判っているか。ただ、どう対処していいか、それが見えないだけ。


なぁ、貂蝉。

俺に紗耶ともう一度出会わせてくれた代わりに、本来の主人公が来るまでに、お前が求める役割が、少し見えてきた気がするよ。

……些か人格に問題を抱える俺を使うってのが解せないが。


この役割が予想通りとすれば、その面倒さに、憂鬱になるなぁ……。


「騙すも何も。紗蘭は貴女を、裏切っていないんですから」

覇王様はまだ五、六歳。

どれだけ才に溢れ、どれだけ大人としての振舞いをしているとしても。


……公達くんは少女達の兄貴分になりつつあるようです。

中身は子供っぽい部分を残す中年のおっさんですが。

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