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[未完]荀公達の憂鬱~真・恋姫†無双  作者: 夏蘭
公達くんの幼少期
13/20

真名の重み

斗詩の健気さはいじらしいと思う。


今話が長くなりましたが、一気に書くべきと思い、この形になりました。

「よし落ちつけよ俺、こんな予想の斜め上の事が起こった時こそ、落ち着いて深呼吸だ」


「はい、夏蘭。吸ってー、吸ってー」


うん、まずは息を大きく吸い込んで。


「すぅーっ、すぅーっ」


「息止めて~」


んぐっ。そうだ、吸いこんだら息を一旦止めて……。


「また吸って~」


「すぅーっ、すぅーっ……げほっ! げほっ! いやおかしいだろ! 吐かないと吸えないだろ!」


「それほど、夏蘭は動揺していたということよ~。言葉使いまで素が出てしまっているし。まぁ、私としてはあまり見れない一面が見れたから嬉しいんだけどね」


「義母上ェ……」


「大丈夫よ、声に出さなくても夏蘭の感謝の気持ちは伝わっているから!」


くっそ、この得意顔。本当にどうしてくれようか……。

孟徳殿などは吹き出しそうな声を、口に手を当てつつ、必死に表情筋を制御しようとしているし、真名を預けた二人組はポカンとしている。元譲殿に至っては、本気で笑い転げている始末。


うん、紗耶ありがとな。こんな時にそっと頭を撫でてくれる貴女がいつも大好きです。


「……平静を取り戻されたようですね」


「妙才殿、いや、取り乱して申し訳ない。それと義母上、これから添い寝禁止で。というか、そろそろ寝台に毎晩忍んでくるのは卒業しましょう」


「かっ、夏蘭のぅ鬼っ! 悪魔っ! 外道っ! 人でなしぃ~!!! 私の安らぎの時間を取り上げようというの!?」


この時代に悪魔なんて概念があったか? というか、紗耶と再会した以上、俺と添い寝する役割は紗耶のものだ。

義母上も人前なのに、完全に素が出っ放しになっているしなぁ。大人の淑女という印象の欠片すらなく、ただの悪戯好きの駄々っ娘状態と化している。


「ひ、ひーちゃん、なんか可愛そうだよ……。銀花ちゃんが黒化しかねないし、これからは、川の字になって寝ればいいんじゃないかな?」


「紗耶がそれで構わないなら、それでいい。義母上、紗耶に礼を言って下さいね」


「あ、ありがどう~、ざやぢゃ~ん!」


「よしよし、銀花ちゃん。良かったね、許してもらえて。さ、涙と鼻水がすごいから、顔を洗いに行こう?」


顔を色んな分泌物でべとべとにしながら泣きつく子供体型の大人を、普通に宥めつつ、世話を焼く六歳児……。紗耶の精神自体は大人だけど、なんつーあり得ない光景なんだろね。


「行ってらっしゃい。その間に、清臣(顔良)殿や長騫(文醜)殿と話をしておきますよ」


彼女らにとって限りなく重たい意味を持つ、真名を預けるという重大事がコントになってしまったら、固まってしまうのも無理もなく。

ただ、異性に真名を預けるというのは、貴方の伴侶になっても構わない、という求愛の意味合いも含んでいるのを、彼女たちは恐らく、理解しきっていない。


「そうね、早く洗ってくれば……って、待ちなさい!」


「どうしたんですか、孟徳殿?」


義母上の顔がかなりひどい状態なので、早く行かせた方がいいと思うのですが。


「今の話だと、紗蘭が貴方と暮らすのが前提になっているじゃない! 私はまだ認めてすらいないのよ!」


「それに、公達殿。紗蘭は姉者や私と共に、既に華琳様と臣従の誓いを交わしているのだ。未来の華琳様の側近となるべく、我らは既に親元を離れ、華琳様の住居の一室で寝泊りをし、勉学や修練に励んでいるのだ」


「なるほど。では、勉学も孟徳殿と一緒に学んでおられるのですか」


この年で主従関係ですか。なんともはや。

だが、紗耶と共に暮らす為には、この辺りは然りと話を詰めて、決着点を探らねばならないか。


実際、現実として、俺や紗耶の歳はただの子供だし、義母上の庇護を受けている方が動きやすいという事実がある。

……いや、仮に出ていくと言っても、ついてきそうな女性なんだが。それこそ一家総出の勢いで。


「いや、華琳様が学ばれている学舎は、私たちのような出の者が学べるところではないのでな。長騫たちもそうだが、それぞれ自学しているのが現状だな」


「ふむ。では、その辺りも含めて、提案したい事項も出来ましたので……。紗耶、悪いけどさくっと行ってきて。洗い場はこの部屋を出て、左手の突き当たりだから」


「わかったー。さ、銀花ちゃん、いこ。春蘭に秋蘭も手伝って。お茶の準備も侍女さんたちに相談してお願いしないとね」


「了解した、紗蘭。さ、姉者。行くぞ」


「わ、わたしはまだ食べたりなー」


元譲殿は寂しそうな子牛の顔をしながら引きずられていく。どなどな。後で何か振る舞ってあげるかねぇ。捨てられた子犬を可愛がる感覚だな、これは。


「孟徳殿は立会人をして頂くと助かります。その後、ゆっくり話をいたしましょう」


「……承知したわ」


聡い人たちの動きだから、余分な言葉は必要なかった。

そして、俺は袁家の二人の少女の前に向き直る。


「お待たせしました。言葉を交わしたその日に真名を預けて頂けるとは思いもしなかったもので、取り乱してしまって申し訳ありません」


「あ、ああ、気にしてないから大丈夫だぜ、アニキ! 意外な一面を見た気がして、正直驚きはしたけどなっ」


「私も驚きはしましたが、突然真名を預けられた公達さんの立場になれば、無理はないと思いますから、大丈夫です」


頭を下げる俺に、笑顔で答えてくれる未来の二枚看板。

快活そうな晴れやかな笑顔の長騫殿に、本来の柔和な性格が表に現れた穏やかな笑顔の清臣殿。


……この少女たちが、外史の流れ通り進めば、敗残の身となり、流浪の身となる。そんなことが、頭をよぎる。


袁本初の元で、奔放な彼女を支え続け、いずれ孟徳殿の前に敗れ去る。劉玄徳の軍勢に保護されるまで、本当の意味で、彼女たちが心が安らぐ日々は恐らく───。


「……公達、話がまた止まっているわよ」


どこかしら、優しげな声色の孟徳殿の問いかけが耳に届く。


「あ、あぁ……すいません、孟徳殿」


「まったく、紗蘭の言う通りのようね。さ、続けなさいな」


その声は何故か、手のかかる弟に声をかける姉の雰囲気のようで。紗耶が孟徳殿に何を話していたのかは分からない。だが、今はその優しさに甘え、話を進めるべきだった。


「私は、正直に申し上げて、貴女達に真名を預け返すべきか決めかねています。

既にご存知のことかもしれませんが、特に真名を主君でもない異性に預ける意味は、相手の伴侶になる、あるいはなっても構わないという意思表示に近いものです。

……さらに、批判を浴びることを承知で申し上げれば。

女性が男性に真名を預ける意味合いは、相手に閨を共にすることを承知していると思われても仕方がない、それほどの意味合いを持ちます。……そのことは理解されていましたか?」


彼女たちが寄せてくれる、無邪気な親愛の情が嬉しく感じないわけでもなく、責めるつもりもない俺は、出来る限り柔らかな声で、その意思をもう一度問いかけた。


「なるほど、公達の未来の妻となり、子供を産む覚悟は出来ているか、と聞きたいわけね」


「なななっ……あ、あたいがアニキの子供をををを!?」


うん、長騫殿は理解してなかったな。孟徳さんが言い直しただけで、明らかに挙動不審者になってしまった。


「孟徳殿も容赦が無いですね……。ただ、そういうことです。ですから、今なら聞かなかった、ということでも、私は構いません。義母上や紗耶……もとい、子和さんや元譲殿、妙才殿には、私や孟徳殿から話をしますし」


「ええ。本来の真名の重みというのは、公達の言う通り。

私的の場ゆえ、今回に限り、私も目を瞑りましょう。知己である可愛い少女たちが、自分の意にそぐわない男に身を捧げるなど、私の美徳が許さないわ」


流石は百合の女王だ! 幼い頃から歪みが無かったゼ。

いや、条件なしで話に乗ってくれた自体に感謝感謝だけどな。ただ、その判断基準が、なんというか、うん……。


「……私は、構いません」


「!……と、斗詩っ!?」


「所詮、私は平民の出。むしろ、荀家である公達さんにご迷惑がかかるかもしれません。

今はお応え出来ませんが、先に公達さんが望まれるならば、私は……構いません。公達さんの血を残すことも、果たしてみせます」


俺の顔を真っ直ぐに見つめ、顔を青くしながら、震えを隠し切れないまま、それでも、彼女は言い切った。その答えに、孟徳殿すら息を飲む。

清臣殿も男に身体を捧げる意味合いを、真の意味では判っていないのかもしれない。それでも、その覚悟は、紛れもなく『本物』。


「……本初殿のため、ですか」


初めて会った男に、将来身体を許すことすらも含めて、覚悟を出来る理由。俺の声望は望まずとも、知る人ぞ知る状態だと義母上が教えてくれていた。


「清臣殿は、本当に、本初殿のことが、大好きで、大切で仕方ないんですね」


「は……はいっ! 姫は、姫は、よく家柄を鼻にかけるような言動を繰り返すって言われますけど、袁家の一員としての責任感の裏返しでっ! ほんとは少し我儘なだけの、優しい人なんです! だけど、だけど、皆さんに距離を置かれていて、私たち以外に本当に親しくしている人がいなくて……。

だけど、未来を渇望される公達さんのような方が、姫の味方であってくれれば、きっと、きっと、姫は……」


感情が迸る勢いのままに、必死に訴えかけている彼女に。俺は人生の先達として、出来る行動を示すべきと思う。


「だからといって、貴女が犠牲になることは無いんですよ、斗詩」


「……ぁ」


俺は、そっと彼女の頭を包むように抱きしめた。

部屋の入口に紗耶たちが戻ってきた気配があり、目線を向ければ、紗耶は黙って頷いてくれている。


『信じているから、大丈夫』


紗耶の瞳は雄弁だ。俺も、静かに頷いて返し、腕の中の少女に続く言葉をかける。


「袁家の長となろうとする者は孤独です。

近づいてくる者は多くとも、権勢を頼みに自らの栄達に利用せんとする輩が多いことでしょう。

それすらも飲み込み、御してみせるのが名家に生まれた者の宿命でしょうが、信をおけるものの存在を選ぶのは容易くない。

本初殿がお高くとまってみせる振る舞いというのも、彼女なりの処世術かもしれません」


まぁ、持ち上げてみるものの、実際、彼女の場合は元来のものだろうけどな。


「だからこそ、信を置かれている貴女が必死になる。本初殿自身の味方になってくれる者を探すために。

……ただね、斗詩。自分の身を犠牲にするやり方は、違うんです。そのことが知れば、本初殿は間違いなく、激しくお怒りになる」


「……ぅ」


腕の中の震えは、恐怖からでなく、嗚咽が理由に変わっている。ああ、この歳で声を殺して泣くんじゃない。そんな急いで大人になっても、しんどいだけなんだから。


「……だから、まずは。私と貴女がお互いをしっかり知ることから始めましょう。私は決して風評で語られる所の、立派な人間ではない。子和殿という存在が全てに優先するような、歪な人間です。

ただ、そんな私であっても、斗詩が私に真名を預けたことを知る者の前でしか、貴女の真名を呼ばないことを約束します。

もし将来、斗詩が別の異性に真名を預けたいと思った時は、貴女の真名を金輪際呼ばないこともお約束します。

その上で、考え方を知り、私が本初殿に仕えようと判断すれば、自らの足で仕官を望み、同時に許して頂けるならば、本初殿の友となりましょう。

今は、それでは、いけませんか?」


顔を上げた斗詩が、刹那、俺の言葉の意味を考え、理解した途端。あの花が綻ぶような、斗詩の笑顔があった。


「はいっ! 公達さま、宜しくお願いしますっ」


「『さま』付けなど不要ですよ、斗詩。まぁ、好きに呼んで構いませんが」


変えませんから、と俺にだけ聞こえるような声で呟く斗詩。

……ま、兄のように思うのも、それもいいだろう。応えられる範囲で応える。そういうことだ。


「……さて、『猪々子』。貴女にも同じ条件を示そうと思いますが、いかがですか?」


「……へへっ、さすがあたいがアニキと見込んだ男だぜ。まさか、思い込んだ斗詩を鮮やかに救い上げちまった。その条件で構わないんだけどさ、アニキの真名は預けてもらえないのか?」


どこか悪戯めいた笑顔で問いかける猪々子に、答えを返したのは予想通りの二人組だった。


「許可するわっ。さすが、夏蘭ね! 私の見込んだ自慢の息子~!」


「私も認めるよ。ひーちゃんは大人だもん。私への愛情は貫いたまま、他の人の想いを預かるなんて訳ないもんね♪」


背中から首を腕を回してくる義母上と紗耶をなんとか受け止めつつ、俺は猪々子と、まだ腕の中にいる斗詩に苦笑混じりで返事をしてみせる。


「……だ、そうだ。俺の真名は、夏蘭。夏の蘭と書く。猪々子、斗詩。預かってもらえるだろうか?」


「おうっ!」


猪々子の元気な声に、細かく幾度も縦に首を振る斗詩。……そして。


「さて、立会いは終わったようだけど、私や紗蘭たちには預けてもらえないのかしら?」


「子和殿にはもちろん預けます。

ただ、貴女に預けるのは、貴女に忠誠を誓うのと同意義ですからね。そう、場の雰囲気でお預けするわけにはいきませんよ」


「あら、残念ね。私の親族である紗蘭と真名を交わすこと自体、半強制的に私の傘下となるのと同意義だと思うのだけど?」


やっぱりそこをついてくるのが覇王様ですよね。ただ、軽い調子だから、本交渉は後程ということなのだろう。


「そうなったら、孟徳様。姫に言って、アニキと子和殿を無理やり引き取るぜ?」


「ええ、選ぶのは夏蘭さまであるべきです。無理やり仕官させても、後で噛み切られてしまいますよ?」


「……とのことですね。妹たちの援護射撃に涙が出そうですよ。それに、紗耶の意志を無視するやり方では、私を臣従させられると思わないことです」


「ふふふ……それぐらいの気概を持ってもらわないと、この私が欲しい人材に値しないわね。

さて、お茶もやってきたことだし、本題に入りましょうか?」

真名はそう軽いもんじゃないよね、という作者の見解。


さて、次回から公達君と子和さんの裏話にやっと入っていきます。

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