うりぼう
うりぼう=幼き猪のこと。
「なるほど、手間暇をかけているからこその、この味なのね。煮て潰した大豆と麹、塩を適量で混ぜ合わせたものを一年程度発酵する。下準備に、綺麗に洗った大豆を約一日、三倍ほどの水に漬けて、大鍋で約三刻ほどじっくり煮込んでから、丁寧にすり潰すと」
「大豆の煮あがりは親指と小指で潰れるくらいが目安です。小桶に漬けている味噌がありますので、借りの一つとしてお渡ししますよ。ただ、仕込みに塩を大量に使うことを思えば、あまり表に出し過ぎなさいませぬよう」
「あら、わかってるじゃない。礼を言うわ。次の返礼も楽しみにしているわ。欲を言えば、貴男が私に仕えてくれるのが一番の礼かしらね」
「御戯れを。第一、我らは自己紹介すら正式に交わしていないではありませんか」
八半刻が経った頃、孟徳殿は我を取り戻した。
どうにも、一目置いていた義母上の人物像の崩壊と、紗蘭……紗耶の見たことのない一面の連続に、流石に現実から遠ざかってしまったと思われる。
この世界の紗耶や元譲殿達が六歳というから、曹純は本来、曹操とかなり年の差があるのだけど、この外史では当てはまらないということだろう。
恋姫の世界では、孟徳殿と元譲殿たちに年の差がほぼ無いから、彼女もその年齢に近いのだろう。に関わらず、この短時間で立ち直るということを称賛するべきかもしれない。
それでまずは、あの調味料の製法は、という話になったのである。まぁ、この時代、塩は国が売買しているから、値段がおそろしく高い。
義母上の力を借りて、河東郡に私有地を押さえてもらって、岩塩の採掘にかかろうとしているところだが、大がかりにやれば足がつくし、義母上にも迷惑がかかるからな。
俺たちが……突き詰めれば、俺と紗耶が使うに困らない量を生産出来れば十分なのだから。
「今更とは思うのだけど?」
「だからこそ、です。それに真名や字が飛び交うこの場ですから、一度まとめる意味も込めて」
「……紗蘭の、貴方に対する呼び方も含めて?」
「私が、曹子和殿を呼び掛ける際の、別名の意味も。貴女は知る権利があると思います。ただ、荒唐無稽な話としか感じられない可能性もあるかと存じますが」
「……分かったわ。では、表向きの自己紹介はささっと済ませて、長騫たちには退出してもらいましょう」
「夏蘭、私も聞いていいのー?」
「はい、義母上。ただ、それを聞いて、私が狂人と化したと感じれば、躊躇いなく絶縁なさいませ。そう思われてもやむを得ない話になりますゆえ」
「私が夏蘭を手放すなんてあり得ないもんー。私のふかぁい愛情がそんな程度でブレるわけがないっ!」
「銀花ちゃんは確かにぶれないと思うな。太鼓判押せる気がする」
「紗耶ちゃんは分かってる! でも、夏蘭にとつ……もがもが」
とんでもない発言をしようと思われる義母上の口を強制的にチャックする。紗耶も変に同意しないの。
息子と結婚するなんて意志をこんな場で公言されたら、荀家が滅ぶで……。
流石に、桂花や友若を幼少時から路頭に迷わすわけにはな。
ほんとに義母上ぇ、早く公の顔に戻って下され。完全に欲望丸出しの困った大人でしかないです。また、孟徳殿が卒倒しますよ。
……ただ、いい機会ではある。
紗耶と出会えた今、紗耶さえいてくれたら、他の繋がりを失っても、正直俺は幸せに生きていける。
義母上や義父上、桂花や友若に対する愛着はあれど、紗耶への想いとは比べようが無い。
俺の中では、全ての優先順位が紗耶の独り勝ち状態だし、その価値観が変わることもあり得ない。
もし、飲み込んでくれたとしたら、もうしばらくは一緒にいても構わない、そんな感覚。
居心地は悪くないが、失っても紗耶さえいれば再構築できてしまうから。
ただ、馬鹿正直に『転生』と言っても、信じられる話でも何でもない。
胡蝶の夢、と原作でも一刀君が言っていたが、その辺りに落とし込むのがいいだろうな。
「待ってくれよ! アニキの話をあたいらも聞きたいぜ!」
「文ちゃん、だ、駄目だって! どう考えても込み入った話だよ!?」
「だって、子和殿と公達のアニキは初対面なのに、どう見たって、あたいと斗詩みたいに、すっげー愛し合ってる仲にしか見えないじゃないか!
これはあれだろ! 生まれる前から魂で結ばれた恋人同士って奴だろ!」
……当てずっぽうなんだろうけど、殆ど正解ですね。彼女ってカンが鋭い方でしたっけ?
原作だと雪蓮さんや恋さん……孫伯符さんか呂奉先さんの特殊技能みたいな所がありますけど。
「だからさ、アニキの話を聞いて参考にしたら、斗詩の仲をもっと深められるだろ!
というわけで、公達のアニキ! あたいの真名は猪々子って言うんだ! 宜しく頼むぜ!」
「……え?」
なぜか、長騫殿にアニキって言われてるし、猪々子ってそれ貴女真名じゃないですか?
あれ? 真名許されたの俺?
「ほら、斗詩も! あたいのアニキなら斗詩にとってもアニキだ!」
「なんか色々おかしいよ、文ちゃん……。ただ、公達さんになら、いろいろ相談できるよね。
子和さんが絡まない限り、噂通り優秀で、話していてもとても理知的な人だし……。
よしっ、決めました! 公達さん、私の真名は斗詩って言います!
文ちゃん共々、どうぞ宜しくご指導下さいっ!」
……ええええええええええええええ!?
公達くんは幼少期から死亡フラグを立てるようです。