通常の三倍
閑話回になってもーた……。
まったく話が進まなかったでござるよ。
おーっほっほ姫のことを完全に失念していた俺達。
……まぁ、この世界での袁紹(字を本初)のことなんだがさ。
いや、気を失っていた清臣(顔良)殿は別として、長騫(文醜)殿まで完全に忘れ去っているってどうなんだよ。
「斗詩のあられもない姿や、うまいもん食ってたら、姫のことを忘れちまうのも仕方ないよな! ハハハっ!」
「いやそのりくつはおかしい」
思わず耳のない猫型ロボットのノリで反射的に突っ込んでしまったじゃないか。清臣殿は完全に涙目になっているし。苦労してるんだなぁ……。
「公達さんの言うとおりだよぉ! 一刻以上も放置したままなんて、絶対にまずいよ!」
「……まったく。麗羽……袁本初のことだけど、荀都尉が急病の知らせが来た為、後日再度席を設ける……と伝えて出てきたから大丈夫よ。貴方の威光とやらにやられたのでしょうと言っておいたから、勝手に納得するでしょうし」
助け舟とばかりに、鼻で笑いながら『威光』などと言う孟徳さんに、義母上、清臣殿、長騫殿が口々に謝辞の言葉を返していく。
その中でも、清臣殿の弾けるような笑顔が印象的に映る。
ただ、孟徳さん、欲情を刺激されたとはいえ、即座に舌なめずりは良くないと思うよ?
長騫さんが本能的に威嚇し始めかねないから。
それにしてもさ、誰も否定しないんだね。
既にこの時期から威光(笑)と思われていることについて。
視線で紗耶や妙才殿に問いかけてみるが、苦笑いしか返ってこないということは、つまりはそういうことなんだろうな……。春蘭殿に至っては『あいつは華琳様を見下すから嫌いだ!』って堂々と言ってるし。
「荀公達、今回は貸しにしておくわ。どんな形で返してもらえるのか、楽しみにさせてもらうわよ?」
「……善処しますよ、孟徳殿」
トイチなみの金利で返済を求められそうで嫌過ぎるっ! ほんまにええ顔してるわ、このサドめっ!
「また失礼なことを考えているわね?」
「HAHAHA、滅相もない!」
「ひーちゃん、それじゃ胡散臭い外国の人の笑い方だよ……はむはむ」
紗耶よ、フォローしてくれてありがとう。だが、雑煮を食べながらなのは行儀が悪いぞ?
美味しいんだから仕方ないって満面の笑みで言われると、俺としては全力で肯定する以外の選択肢がないわけだが。
無言でお椀をかっ食らう勢いの、元譲殿と長騫殿の食べっぷりも気持ちいいな。
あれだけ夢中で食べてもらえると、作り甲斐があるってもんだ。
はい、おかわりですね、どうぞどうぞ。
「とても美味しい汁湯だし、すごくあったまるよぉ……公達さん、ありがとうございます」
清臣殿は少しぐらい報われればいいと思うので、礼を言われるまでもないと思います、はい。
ゆっくりほっこりしていけばいいと思うよ!
「公達は毎日こんなうまい汁を飲んでいるのか! けしからん!」
「文句を言いながら、一生懸命汁をすする姉者は可愛いなぁ…」
「秋蘭~、戻っておいで~」
この頃から妙才殿の悪癖はあったわけだな。でも、まだ重症ではないのか、紗耶の呼びかけに気づく。
「こ、こほん。これは何とも味わい深いものだな……最初こそ見た目に騙されるが、海藻や魚の風味もしっかりしていて、それに、何か豆のかけらが入っているのか?」
「秋蘭、これはおそらく大豆よ。全くこの見た目に騙された者は哀れというべきね。しかし、この色合いになるのは何故なのかしら」
一番最後まで口にするのを躊躇っていたというのに、いいドヤ顔だよな、孟徳さ……。
!……おっと、首筋に冷たいものが当たっているぜ……。
「ご名答です、孟徳殿。ですから、その鎌は下ろしましょう」
「懲りずに失礼な考えを持ち続けるからよ?」
「その感応能力……これがニュータイプか……」
「ひーちゃん、華琳様は本当に、常人の通常の三倍の速度で動ける人だよ」
「そこまで出来るのなら、赤くないのが残念すぎる……!」
「夏蘭、流石に角が生えてないから無理だと思うの」
「あれ? 義母上にこの話題をしたことがありましたっけ」
「今、紗耶ちゃ、ではなくて、紗蘭ちゃんに聞いたのよ~。もう仲良しだもんね~」
「うん~。仲和お母さんと仲良しですよね~」
「やだ、紗耶ちゃん! 銀花って呼んでくれないと嫌!」
「せめて、銀花さんで」
「やだ」
「銀花……ちゃん?」
「許すーっ!」
「きゃーっ♪」
孟徳殿との不毛なやり取りの間に、母娘の契りを果たしていた……だと……。
おまけに明らかに真名の交換まで済んでいるという事実。
義母上が飛び付いてそのまま抱擁に入るわ、完全に私的モードだわ、紗耶もキャッキャ言ってるし、目の保養になるわぁ。
以前に体型について触れたが、義母上は元々小柄な体形で童顔である。
二人の子供を産んでも、それが殆ど変ってないとなると、姉妹のじゃれあいにしか見えない辺りが本当に恐ろしい。
「……照れ屋で人見知りの紗蘭が、もう打ち解けている……ですって……。おまけに荀都尉どのの印象が一気に崩れ落ちて……くぅっ」
孟徳殿にも衝撃が走ったようだ。よろめいてる位だからよっぽどだ。妙才殿がすぐに背中を支える辺り、さすが忠臣の鏡。春蘭さんはなんだか満足そうにうんうんと頷いている。
しかし、改めて、曹純。字が子和。それが紗耶のこの世界での立ち位置ということは。
孟徳さんから逃れにくいことに加え、某ゲームでジンダムといわれるあの人物は存在するのだろうか。
銀花さんはもともと幼い体型に加えて、夏蘭くんから日々若さを吸い上げているので、
紗耶(曹純)との睦まじいやり取りも眼福と化すのです。
なにそれこわい。