真っ白な世界で真っ白な漢女で
よくある転生ものですね。軽い気持ちでお読み頂けると嬉しいかな。
「ふむ……ダーリンに比べるとパッとしないオノコよのぅ」
車に刎ねられ、薄れゆく意識の中で、妻子が助かったのを辛うじて見届けたすぐ後に、自らの生を終えたはずの俺が。なぜ、今、目が覚めたような感覚を持っているのか。
まして、瞳を開いていなくとも分かる、この特徴的な話し方。野太い声の癖に、しっかりシナだけは作っているから、余計に気味が悪い。……これ、間違いじゃなければ、師匠っぽい声のあの漢女だよなぁ。
あー、子供が産まれる前はいわゆるオタクだったから、判るんだよ。
いわゆる18禁って奴にも普通に手を出していたし、三国志とか信長とか、ああいうスルメゲーも大好きだ。流石に遊ぶ時間は減ってたけどな……子供が産まれたら、育児放棄でもせん限りは自然とそうなってくる。
が、今はそれは問題じゃない。
薄目を開ければ、邪馬台国にいるような白髪の男。見事な髭。燕尾服に海パン。うん、立派な変態だ。じゃない、ビンゴだ。
──死後の世界がこんなのってアリかよ。
「しかし、ダーリンとは違い、大人の男性の色香もまた……」
うわぁ、頬を染めるな。くねくねするな。……ゆっくり永遠の眠りにつけると思ったけど、そうもいかないか。
「ずいぶんといい趣味をお持ちのようで」
「むむっ!?」
事故にあったはずの俺の身体は、激痛の欠片も感じていない。現世で万が一、生き残ったとすれば、呻くことすらままならないはず。
あえて、一気に上半身を引き起こす。警戒したんだろう、二歩ほど引いてくれた。……精神衛生上、ほんとに助かった。
「うわぁ、傷一つないぞ……おまけに、真っ白な世界に目の前に漢女って、新しい地獄が始まったとしか思えん」
死んだ、って自覚がある。だから、妙に冷めてるし、取り乱すこともない。夫として、父として、最低の義理は果たせて死ねた。人としては真っ当な理由で逝けた。
そりゃ、もうちょっと生きていたかった思いも無いわけじゃない。
ただ、自堕落に生きて、のたれ死ぬことを肯定していた時期から、妻に出会ったおかげで更生はしたけど、正直、真っ当な生き方がどこか息苦しくて仕方なくて、それでも、投げ捨てられる程には情を捨てられず。
一粒種の息子についても、妻以外に執着があまり無かった俺が、彼女のように無心の愛情は持てず、どこか義務感に縛られた接し方をしていて。突っ込んで言えば、妻の非難を恐れたから。妻に軽蔑されるのを恐れたから。妻への依存を自覚する自分が、子供を愛しきれないことを妻に問題視されるのが怖くて。必死に愛するふりを続けた。いつか本物になればいいと思いながら、そういう自身の変化すら感じず。三年近くがあっという間に過ぎていた。
ただ、最後に息絶える間際に、息子が顔をぐちゃぐちゃにしながら、すがりつくように『とーちゃん、とーちゃん!』と泣き叫んでくれるのを見て、ああ、この子は俺を愛してくれていたんだな、と愛おしく感じられたのが、救いといえば救いだったのかもしれない。
……こうやって文章にして考えると、俺もいい感じに歪んでるな。まぁ、それはこの場では置いておくべきことで。
「なぁ、あんた。俺は死んだんだろ。俺の妻と子は無事だったか分かるか?」
「むぅ。亡くなった者は通常、もっと慌てたり取り乱すものなのだが。……だが、まずは問いに答えよう。安心せよ、お主の妻と子は無事じゃ」
「……そうか。死んだ甲斐があるってもんだな」
「他人事のような言い方だのう」
「極論を言えば、妻さえ無事ならそれでいいんだ。それに付随する者もついでに守っただけの話で。とにかく……教えてくれてありがとな。嘘を言ってる様子もないし、こういう問いの答えを偽る性格でも無さそうだ」
俺の言葉に反応した卑弥呼(?)の困惑顔って奴は設定に無かった気がするが、これはこれで貴重なものを見れた。さて、どうせ死んでるんだし、魂とか消される前に、聞きたいことは聞いてみるかな。
推敲開始。1話はこれでひとまず目処。