9・調べたモノと自分の頭の中の差に撃沈
そそくさーとギルドを後にした、次の目的は宿屋。
出来れば安くてごはんがおいしートコ。
食べなくても死にはしないけど、魚の姿焼も木の実そのままも肉も飽きた。ちゃんと調理された料理が食べたい。
でもあたし、この世界の宿屋の相場が解らないからなぁ。
下手に入ってぼったくられる、のは勘弁願いたい。グランさんにもクギ刺されたし。
「とゆーワケでメーレ、通行人ウォッチング。おれみたいに武器持ってる人が多く入ってくお店探して」
『んあ?何で?』
「武器持ってる人は多分ランカーだ。そーゆー人が入るお店ったら多分宿屋か酒場。値段的にも恐らく世間一般で、お客の入りが多いホドお手頃価格でハズレが少ないから。メーレもどうせなら美味しいごはん食べたいっしょ?」
『おうっ、人がたくさん入ってる店な!!』
……ホントこの子ってば乗せ易い。大丈夫かしら将来。
「……ん?」
通りをうろうろしながら通行人観察をしてしばらく、よーやくソレっぽい店を見つけた。
ズバリ、『日溜まりの草原亭』。
そーいやさっきの本屋も『戦士の学び舎』なんて看板に書いてあったけど、この世界ではそーゆー名前の付け方がデフォルトなんだろーか。
「あ。イイ匂い」
『マヌ、アソコにしようアソコ!!人もたくさんいるみてーだし!!』
「だね」
その匂いに釣られて、ふらふらとドアを潜る。
「いらっしゃい!食事かい?それとも宿、は……く…………」
そしたらイキナリ元気な声が飛んで……きたと思ったら尻すぼみになった。
…………うん。もう慣れた。
入って直ぐの受付、恰幅の良い女の人。この店の女将さんかな。
てゆーか、やっぱりココ宿屋なのね。早速チェックインしなくちゃ。
「両方ともお願いしたいんですけど。あと、ココって動物同伴は可能ですか?」
「……あ、ああ、はいはい……動物って、ああ、使い魔連れて歩くランカーも多いからね。大丈夫だよ、ちゃんと面倒見て貰えるんなら……アンタ、旅の人かい?」
「はい。この街には今日着いたばかりです」
「そうかい……もしかして闘技大会目当てかい?」
「……何ですかソレ?」
あ。既視感4度目。
「知らないのかい!?アンタ、ランカーだろっ?」
「確かにランカーですケド、さっき登録したばっかりで登録証もまだない仮ランカーです」
あ。ぽかーんてしたぽかーんて。
何故だ。あたしはそんな強そうに見えるのか。
てゆーかさっき引っ掛かる単語聞いたぞ。
「……その闘技大会って、何なんですか?」
「あ、ええ、と、だね。2年に一度、この街で行われてる大会さ。冒険者傭兵戦士騎士問わず、各国から腕に自信のある人達がこの時期集まってね。アンタ凄い強そうだから出場希望者だと思ったんだよ。すまないね、イキナリ大声出しちまって」
「いえ、コチラこそ教えて下さってありがとうございます。……ソレに、何故かそーゆーふうに見られちゃうのは慣れてますし」
「あはは、そうかいそうかい。見た目はえらい男前でアレだけど、中身は随分大人しそうだねぇアンタ。今までさんざ苦労したろ」
「……ええ、まあ」
うん。今日1日ですんごい苦労した。主にぶすぶす突き刺さる視線という名前の凶器に。
「んじゃあ、部屋ひとつね。アッチの、奥の2階に上がって左の1番奥の部屋。1泊5000レジェだ。先払いになるけど、何日泊まるんだい?」
「あ、はい取り敢えず5日で」
「そしたら銀貨2枚と青貨5枚、だね……はい毎度。滞在を伸ばしたい時はまたその時に先払いになるからね。食事はこの1階で摂っとくれ。酒場も兼用してるから、その都度の支払いになるけど。ああ、早めに言ってくれれば弁当なんかも作るからね」
「わかりました」
お弁当が出るとな。
街の外にピクニックもいーなー。
「じゃあ、コレが鍵だ。出かける時は受付に預けとくれ。商店街の裕福層に行けば大衆風呂があるけど、結構高いからね。お湯が欲しい時は声を掛けとくれよ。桶一杯で200レジェ。コレも別料金になるけどね」
「あ、はい」
ふぬ。
お出かけ時は預けるね。
ソレに、大衆風呂があるとな。でも高い……どんだけ高いんだろ。
「他に解らない事があったらあたしか従業員の子に聞いとくれ。あたしはライラってんだ、よろしくね」
「あ、はい、しばらくの間ですけど、宜しくお願いします。おれはマヌ。で、コイツはメーレって言います」
『おばちゃんよろしくぅ!!』
……いやメーレお前言葉通じないから。おかみさんには「にゃー」としか聞こえてないから。
「ふふっ、そんな畏まらなくて良いよ。ホントに中身はランカーらしくない子だねぇ」
「……中身は、って……おれそんなにらしくないですか?」
「そりゃあ、まあ、宿屋の女将やって20年以上経つけど、アンタみたいに敬語を使うランカーなんて、滅多に見ないからねぇ」
「……えー、と」
「ま、力が有り余ってる様な連中がやる商売だからね、ランカーってのは。アンタみたいな上品な人は、気を付けないと痛い目みるよ?しっかりね」
「…………あ、あはは。ありがとうございます」
笑って言う女将さんに苦笑を返しつつ、鍵を貰ったあたしは早速部屋に向かう。
鍵に付いた札番は220。階段上がって1番奥の角部屋。
ドアを開けてすぐ横に、ドアがあった。
開けてみたら……をを、でっかい桶がある。人ひとり入れそうな。コレはアレか。お風呂代わりか。洗面台っぽいのも発見。
更に部屋の奥へと入ってみれば、6畳くらいの広さに机と椅子と小さなタンス?うんタンスと、その向こうにベッドがある。
あたしはリュックを机の上に置いて。
とう!!とベッドにだーいぶ!!
『うをっ……マヌ?』
「……ああああひさしぶりのふーとーんーだーあぁぁぁあ」
まふまふだよぽふぽふだよお日様の匂いがするよ~う。
羽毛布団なんてゼイタク言わない。こーゆーのが欲しかったのよあたし。
くぅうっっ、1年近く森で生活して、旅に出たら出たで中々町が見つからなくて。
でもっ!今日!!よーやっと、ふつーのふとんにありつけた!!
『……んなにゴロゴロしてたら落ちるぞ?』
「そんなヘマしないよ~う」
ふとんふとんふーとーんー。
あまりにも嬉しくて、年甲斐なくはしゃいでごろごろごろごろ。
しらじら~、とした目でちょこんと枕の上に座るメーレに、へらへら笑って。
そのまま、何時の間にか寝てしまったのは……あたしの所為じゃないと思うんだ。
魅力的なベッドが悪いと思うんだ、絶対。
~・~・~・~・~
起きたら昼過ぎだった。
メーレも初めての人の街で色々興奮してたからか、何時の間にかあたしと一緒になって寝ちゃったらしい。
しかもあたしよりもぐーすかと。
無駄に惰眠貪ってしまった。反省。
んで。
今日こそふつーの料理をば!!って1階に降りたら。
……ライラさんに心配されました。
昨日の夕方からごはん食べに降りてこなくて大丈夫だったんかい、って。
しかも、アンタ細いんだからしっかり食べな!!って定食大盛りにしてくれた。
…………2時間掛けて食べ切れず、半分以上メーレに食わせました。
や。美味しかったんだけどね。量がね。やっぱりね。
でもせっかくのご厚意を無下にするのもね。
『んで、今日は何すんだ、マヌ?』
「ん?部屋に戻ってオベンキョウ、だよ」
『えー』
「えー、じゃないの。メーレは早くおとーさまに会いたくない?」
『……うん、まあ。『ながお』と『ちいさいの』より先に見付けたいけどさ』
「でしょ?ソレにはまず、色々とオベンキョウしなきゃ」
まあ、昨日買った本は魔物、薬草、そして魔術に関するモノで、地理とか国の歴史書みたいのはないけど。
おとーさまを探すには旅をする事が必要不可欠。そして旅に危険はつきもの。事前にイロイロと調べておいた方が良いに決まってる。
昨日買った『バカでも解る魔術入門初級編』をパラリと捲る。初級編だからあんまり期待してなかったけど、イヤイヤどっこい。ちゃんと基礎から丁寧に書かれてた。
で、解った事。
この世界には、3種類の魔術が存在する。
まずひとつ目。
万物からその物質特有の性質を、魔力で干渉する事で取り出し、イメージを元に構築して事象を起こす属性魔術。この世界での一番ポピュラーな魔術らしい。
ゲームやノベルで良くある、火の玉を出したり氷の矢を出したり、ってヤツだ。
そして属性、とある様に、コレには属性があって、火・水・土・風・闇・光の6種類。
大体の人は1~2種類しか使えない。コレは人間だろーが天使族だろーが魔人族だろーが一緒らしい。
そして天使族は闇属性が使えず、妖魔族は光属性が使えない。
3種類使えたら一目置かれ、国から宮廷魔術師になれと引く手数多。
4種使える人なんてのは今までの歴史書を紐解いても数千年に一度現れるか否か。
5種や全種使える人なんていやしない。
「…………ヤバいあたし全種使える」
『マヌは魔の宰なんだから、全部使えない方がヤバいと思うぞ?』
「や、そーゆー意味でなく……や、イイや。後で考えよう」
そしてふたつ目。
万物に宿る精霊に語り掛け、自らの魔力を糧に、精神力で制御して事象を起こしてもらう精霊魔術。
コレはふつーの属性魔術とほぼおんなじなんだけど。
違うのは、魔力の消費が属性魔術よりも多い、ってのと、精霊と契約して精霊の力を借りて魔術を行使する、ってトコ。精霊の力を借りたら、属性魔術よりも威力が格段に上がるらしい。
例えば火属性の初歩魔術『火の矢』。コレを魔力の消費量1、威力1としよう。
コレに精霊の力を借りたら、魔力の消費量は2だけど威力は5以上に跳ね上がるそうで。
ちなみにコレ、精霊に気に入られないと使えない。そして精霊に気に入られる人なんてそうそういない。らしい。
『へぇ、そうなのか。んじゃ俺等魔獣の魔力行使はどっちかっつったら属性魔術なんだな。精霊に力なんて借りてねぇし。んで、マヌは何時の間に精霊と契約なんかしたんだ?』
「…………おれ契約してないよ」
『え?いやだってマヌ、お前魔法ぶっ放す時いっつも精霊侍らせてるじゃん』
「…………侍らせて、って…………なんか知らないけど力を貸してくれるんだよ。その気もないのに」
『あー……やっぱ魔の宰だから、か?』
「……かもねー……」
んで、最後のみっつ目。
神々に祈りを捧げ、やはり自分の魔力を糧に、神の力を貸してもらって奇跡を起こす神聖魔術。
コレは某最期の幻想ゲームで言う、白魔法、みたいなモノだ。回復、解毒、浄化といった。
時間や結界や空間に関する魔術もコッチらしい。
この神聖魔術、精霊魔術よりも難易度が高く魔力もがっつり喰うらしく。
何より、回復・解毒・浄化には光属性の適性が、結界・空間・時間には闇属性の適正が無いと使えない。
「…………ココまで来たら笑うしかナイよね。全部イケるんだけどおれ」
『いやだからマヌは魔の宰なんだから出来なきゃ変だって』
「……いやまーソレはそーなんだどもー……」
そして、コレは全ての魔術に共通する事だけども。
魔術を行使するには、必ず『媒体』が必要になる、らしい。
魔力は不確定要素の高い力だ。ソレをコントロールする為の精神力も、体調やら何やらで絶好調と絶不調の波が激しい。
だから、より効率的に、より安定して魔術を使うのに。魔力の集束、精神力の伝達。制御に発動と、色んな補佐をする『媒介』は、魔術師には必要不可欠なのだとか。
そしてその『媒介』に、決まった形は無い。
ポピュラーなのは短杖に長杖らしいけど、中には独鈷とか錫杖とか、魔石とかってのをあしらったアクセサリーとか、殺傷能力皆無の武器とか、やたら長ったらしい呪文とか、凄いモノでは衣装や踊り、なんてのもあるらしい。
そして魔術陣は必須なのだとか。
「…………たった一言どころか考えただけで魔法起こせるおれって一体…………」
『しかもマヌって他にもイロイロできるよな?』
「………………うん」
あたしの頭の中、貰った知識や技術の中には、物質を元素からバラバラにして新しく構築し全く別な物質へと変える元素魔法がある。
物質に魔力を込める事で様々な効果を半永久的に持続させる付与魔法だってある。
この世界にも、土属性で錬金というモノはあるけど、丸い石を四角くする、程度でしか無い。元素配列の変換も、複数の異なった元素を掛け合わせて化学反応、なんてのも出来ない。練成魔法だけで剣やら何やらを作る、なんてあり得ないのだ。この世界では。
武具なんかへの属性付加だって、簡単にしか出来ない。魔力の籠められる武具に、魔術を掛ける。ソレだけ。だけど魔力が籠ってる間しか威力は発揮しない。その上魔力が尽きると武具は壊れるっていうんだから。
ソレに、純粋に自分の魔力を物質化させる造魔の力だって、一見すると未知の魔法だ。
……しかもあたし、某戦う歌姫の出てくるRPGの如く、詩魔法って実際に出来ないのかなってやってみたらホントに出来ちゃったからね。
ノリで『よぅしやってみよー』なんて軽く思うモンじゃない。つくづくそう思った。
読んでた『バカでも解る魔術入門初級編』をパタンと閉じる。
結論。
いち。人前で魔術使うのは控えませう。
に。使っても火系と風系だけにしませう。
さん。初級のみ使いませう中級上級なんて以ての外です。
よん。神聖魔術に該当するのも造魔も元素魔法も効果付与魔法も人前では抑えよう。とゆーか禁止です。
ご。見せかけでもイイから詠唱っぽいの忘れずに。そして魔法陣は必ず浮かせませう。
『…………面倒だなソレ』
「面倒でもちゃんと守る。でないと色々メンドクサイ事に巻き込まれそーだ。あ、メーレも人前では魔力使っちゃダメだからね?」
『…………えー』
「だからえー、じゃない。そりゃ魔物を使い魔にしてるランカーとかも皆無じゃないらしいけどね?ソレでも魔物や魔獣は人にとっては害獣、って考えが一般的なの。しかもお前銀天琥でしょ。レアでしょ。もし正体バレたら…………お前毛皮の敷物になりたい?」
『うっ、ソレはヤだ!!』
そうでせうそうでせう。
コレっくらいしないと正体バレる……とまではいかなくても、変なのに目ぇ付けられる可能性が無きにしも非ず。回避出来る事は回避しておくに越した事はない。
あたしはちょっとコワモテの、だけど中身はおっとり荒事全くダメダメランカー。
ただ、討伐なんて出来ない代わりに、手先が器用で素材なんかの加工が上手いのよ。
そしてメーレは食い意地の張った猫。の使い魔。戦闘能力なんて皆無です。
…………ソレで行こう、うん。
そんなキャラを設定した時には、日もとっぷりと暮れており。
メーレににゃーにゃーハラ減ったと急かされて、1階に降りるのだった。