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神様モドキの異世界旅行  作者: ほえほえ
最果ての 森
38/40

昔話をしよう 彼の魔物が 未だ人であった頃の





 伸ばした指は届かず。僅かに、届かず。

 一瞬にして、其の場から掻き消えた、姿。


「……んのっっ、馬鹿野郎!!」


 シインの悪態。膝から屑折れたカインの拳が地面を叩く。


「っくしょう……やっと、やっと……っっ!!」


 見付けたのに。漸く、見付け出したのに。

 掴めなかった。腕。

 摺り抜けてしまった、翼。

 どうして。

 如何して。


「……何でだよ……畜生!!」


 噛み締める唇に。握り込む拳に。歯が爪が食い込み其れでも力は抜かれず。

 しかし其の時。小さいながらも静けさを破った、音一つ。


「………………いや………………まだ、だ」


 俯き、其れでも確かに口にしたシインの言葉に、カイルがゆるゆると顔を上げる。

 シインの目に映っているものは、地に横たわる一振りの、剣。


「………………あ」


 カインが瞠目する。其れは己達が所持する剣と同質の物。己が主を己で決める、意思持つ剣。


 ライノエルツシリーズ。唯一人の主を持つ為、其れ以外の人物の手の中では剣としての機能すら失う、魔法武器。

 主の躰を鞘とし、主の命運尽きるまで存在を共とする。

 ――――――故に、繋がっているのだ。此の剣は。【ラーグ】は。

 今も昔も唯一人、主と定める彼の美しき異形と。


「………………あの深手だ。そうそう遠くまでは飛べない」


 シインの言葉に、カインが頷く。

 レイルは己の魔力では無く魔術を使った。其れは彼自身の体力の限界を示し。そして魔術は、万能では無い。


「レイルの行きそうなトコロ……って、この辺りじゃやっぱアソコしかないよね」


 カインとシインの視線が一点に集中する。北に広がる、連なる木々の群集に。


「行こうぜ、カイン。レイルはきっと、あの森にいる」

「うん」


 【ラーグ】を抱え、森へと足を向けるシインに、カインもまた立ち上がり。


「待って、お兄ちゃん達!!」


 くい、と服の裾を引かれ見下ろせば、其処には最初から最後まで異形を庇い続けた幼子。


「ぼくもさがしに行く。ぼく、よくアソコに遊びに行ってて。それで、アソコにくわしいから。だから」

「お、俺も行こう……実を言うと、俺も前に一度だけ、あの魔物に森の川で、足を滑らせた時に助けて貰った事があるんだ」

「………………僕もだ。野犬に襲われかけたところを、救ってくれた」

「私も……解熱に良く効く、薬草の在り処を教えて貰った事があるわ」


 幼子の声を皮切りに、次々と村人達の声が上がり出した。躊躇う様に。忘れていた事を思い出すかの様に。


「行こう、お兄ちゃん達。みんなでさがせば、きっと、きっとすぐに見つかるから」


 其の言葉に、シインは目を瞬かせた。

 隣に立ったカインの手が、くしゃり、とイサの髪を撫でた。


「………………うん、そうだね」

「………………ああ。きっと、直ぐに見付かるな」






 微笑む二人の傭兵の顔は、優しさと柔らかさとに満ち満ちた春の面影。






     ***






 笑い声。

 小鳥の囀り、風に揺れる葉の音、甘い花の香、水含む大気の感覚。


 己の定位置。太く逞しい樹木の枝に腰掛けながら足元を見下ろせば。

 其処に居たのは二人の青年。


 笑いながら己に手を振る、暖かい日溜りの様な。

 微笑みながら己を見詰める、優しい夜の月光の様な。


 青年達が呼ぶ。己を。己の名を。

 差し伸べる。手を。其処から降りて来いと。

 二人に微笑み返しながら、思考の端で聞こえる、声。






 ――――――嗚呼、此れは夢だ。






 己の森はもう何処にも無い。彼の二人は………………もう何処にも、居ない。

 此れは過去の残像。願いの幻影。

 微笑う。花も草も風も――――――彼の、二人も。

 微笑みながら、己の名を呼ぶ。






「レイル」――――――と。






 ***






 鬱蒼と緑の茂る大きな森。唯一人を探し出す為に人々は幾手にも分かれ。


「………………なあ。一つ、聞きたい事があるんだ」

「聞きたい事?」

「あんた達と、あの異形………………シルヴァってヤツの関係について」


 其の言葉に、シインはちら、と隣を見遣る。レイルが救った幼子の兄は、視線に気付く事無く只前へと進み。


「………………『レイル』ってさ、アンタ達は呼んでたから。知り合い、だったのか?」


 見詰められ、シインの小さな吐息が微かに漏れた。


「ああ――――――レイルは元々、人間だったからな」

「………………人間、『だった』?」


 ぽつり、と重い口を開けば、ルイの隣、彼の友人だという少年の瞳が大きく瞠目し。


「ああ。レイルは昔……人間で、ライノエルツの主で――――――封魔師、だったんだ」






     ***






 封魔師。

 其れは、今では廃れ、現存するのはほぼ皆無となってしまった、魔を封じる者達の名称。

 魔力の込められた呪具に、魔物を封じ込めてきた、者達。


「しかも、レイルは封魔師としては特殊で……躰其のものが、呪具だったんだよ。レイルは、自分の躰に魔物を封じていたんだ」


 可也優秀だったのだと、カインは言う。

 嘗てこの国の名がまだ『ユスティニア』でなかった時代。祖国随一、右に出る者などいないという程に。

 そして数多もの魔物を封じて来たのだと。国の為に。人の為に。


 今では其の存在すら稀な封魔師の話に、イサは瞳を輝かせ。


「けど……ソレが裏目に出ちゃったんだ」


 続いたカインの台詞に、首を傾げた。


「?どういうこと?」

「――――――どんな呪具……入れ物にも、許容量というものは在るんだよ。ほら、コップに沢山の水を注いだら、溢れちゃうだろ?」


 子供の髪をくしゃり、と撫でながら。とても、とても哀しげな笑みを浮かべて。

 思い出すのは、泣く様に微笑む優しい人。


「………………許容量を超えた呪具は壊れる。今まで封じて来た魔物が溢れ出す。そしてレイルの限界は、直ぐソコまで来ていた。呪具が『壊れる』のを恐れた国は、レイルを魔術で作り出した結界の森の中に、閉じ込めたんだ………………半永久的に」






     ***






 何時か来るだろうとは思っていた。判っていた。


 己が力を危険視する余りに、祖国が人々が己を隔離するであろうという事を。

 愛し、慈しみ、此の身を削ってまでも尽くしてきたもの達――――――全てに、見放されるのであろうと。


 最果て、と。己が名付けた其の森はとても深く。とても哀しく――――――そしてとても、美しく。

 そして己は、其の現実を受け入れたのだ。己が封じられる事で心の安定を日々の平和を得られるというのであれば。祖国の繁栄を、人々の幸福を、願うが故に。


 けれど、其の森の奥に迷い込んだ人の子がいた。


 犠牲の上に成り立つ平和など本来の平和などでは無いと。誰もが幸せに成り得る権利を持つのだと。手を差し伸べ外へと誘った。

 其れが、其れこそが全ての発端だったのだと、今にして思う。


 久方ぶりの外の世界に待ち構えていたのは、残虐な心と強大な力とを併せ持った魔獣。

 そして、其れを封じよ、という祖国からの絶対命令。


 己の傍らで、蒼い瞳の青年はふざけるな、と国に対し憤りを見せた。藍の瞳の青年はそんな命令など聞かなくて良い、と己を宥めた。

 けれど己は祖国を、其の地に住む人々を、何より其の時其の場に生きている彼の青年二人を、忘れ得ぬ程に愛していたから。


 だからこそ使った。力を。躰という器を。封魔の術を。

 二度と使う事は無いだろうと思っていた力を。






 ――――――例え、其の結果人を捨てる事に、なろうとも。






     ***






「レイルはその命令を受けて、魔獣を封じて。その結果が………………あの姿なんだ」


 告白に、子供や、彼等に付いてきた村長の目が見開かれる。声を失う。

 哀しげに辛そうに微笑むランカーは、何を想い其の事実を語っているのか。


「………………封魔具としての限界を超えちゃったんだ。ソレでも封じて来た魔物を開放させまいと必死に自分の躰に縛り付けて――――――封じた魔物全てを取り込んで、人間から魔物に、変わっちゃった」


 カインの脳裏に浮かぶのは、人という種から魔物へと変わり行く瞬間の、大切な人の姿だった。

 其れはまるで生まれ変わる様に。羽化の様に。心の奥底に刻まれた色褪せぬ、酷薄ながらも美しい、瞬間。


「しかも魔物の本能というか思考、に侵されて自我まで失いかけて、近くにいた人間殺そうとして……まあ、止めに入った俺やシインの血を見て正気取り戻してくれたんだけど。でも」


 其の後、直ぐ様行方を晦ましたのだ。レイルは。

 そして国は、そんなレイルに対し討伐令を出した――――――魔物は人間に害成す存在だと。危険極まりない生き物だと。

 国を護った者が、人間で無くなった途端。国が民衆が、一遍に敵に変わったのだ。まるで掌を翻すかの様に。


「………………そんなのって………………そんなのって、ないよ………………」


 泣きそうに歪むイサの震える声に、カインもまた、泣き顔めいた笑みを浮かべた。






     ***






「流石人間だ、って思ったぜ。身勝手で、傲慢で、そのくせ長いモノには巻かれ臭いモノには蓋をする。ムカつき通り越して反吐が出そうになったな」


 声に滲む僅かな怒気。浮かべる自嘲気味の微笑。

 シインの面持ちに、ルイ達は沈黙する。


 ざわり。頭上で木々を揺らす風の音。がさり。細い獣道を歩む音。

 しかし次のシインの言葉は、先程までの雰囲気の重さを払拭するかの様に明るく。


「当然、討伐令は俺達にも出たんだがな。んなの無視して啖呵切って自分達の方から国を見捨ててやった」


 自分達にとってはレイルの方が大事だったから、と。

 真っ直ぐな瞳で他愛無い様に言い切るランカーの言葉。ルイは隣に立つシインを見詰める。


「んで、その後文献調べ尽くしたり精霊と契約したりして。自分達の時間止めて、俺等はずっとレイルを探し続けてきたってワケだ」


 其れも、漸く此の地で終わる。漸く、自分達の願いは叶う。

 ………………否、終わらせてみせる。叶えてみせるのだと。言い切るこのランカーは、只前のみを見据え。


 どれ程困難だったのだろう。

 唯一の人の為に、己の生まれ育った国を、捨てて。

 そしてどれ程、厳しい選択だったのだろう。

 何時見付けられるかも判らない人を探し続ける為に、刻を止めて。






 ――――――何と、何と強い想いなのだろう。唯一人へと向けられる、其の心は。






 もう、充分だ。もう充分、彼等は苦しみ傷付いて来た。だから。

 彼等の旅に終止符を。彼の美しきヒトに安らぎを。






 ――――――彼等の幸福を、望みたい。






「………………絶対、諦めねえ」


 シインの決心に、ルイもまた大きく頷いた。






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