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神様モドキの異世界旅行  作者: ほえほえ
最果ての 森
34/40

魔の眷属とは須らく 人を喰らう獣である






 どうして。

 何故。

 頭の中で、其の単語ばかりが何度も渦巻く。


 渇いた地面。其の上に直に座り込みながら。呆、と見つめるのは目の前の青年の立ち姿。

 そして、己を腕に抱き地に膝を付く、青年と同じ貌の、だが全く異なった雰囲気を醸し出す、人。

 其の相手も、此方に気付いて一瞬険しく眉を顰めた後、ふわりと安堵感を与える様な笑みを浮かべた。


 其の、笑み。其の姿。微かな風に揺れる髪の長さから己を見つめる眼差しの優しさから。

 何を見てもどれを取ってもあの頃と全く変わらぬまま。


「………………な、んで…………?」


 知らず、声が漏れる。

 判らない。何がどうなっているのか、全然判らない。

 いない筈の存在が其処にいる。もう二度と、見る事の叶わぬと思い信じ切っていた微笑が。

 目の前に在る。其の笑みが今。己に、向けられている。


 此は夢では無いのか。其れとも、死神の迎えか。レイルはそう思った。


 死に逝く時、人は故人の迎えを受け入れるという。此は其の迎えではないか。ならば己は死ぬのか。

 漸く、死ねるのか。此の忌々しい生を終わらせる事が、出来たというのか。


 ――――――此しきの事で死が訪れる事など、此の身に有りはしないのに?


 例え致死に至る迄の血を流し、心の蔵を抜き取られ、此の頸が胴から切り離されたとしても。

 己が内に宿る力は己の意志に関係なく、驚異的な貪欲さで此の身を生かそうとするのに。


 ならば此は。今目の前に存在する彼の二人は、何だ?

 夢と呼ぶには余りにも現実味を帯び過ぎて、現実と呼ぶには余りにも不可解。

 いない筈の存在。失ってしまった筈の、二人。なのに何故。


 もう何百年も昔の事だ。此の手の中で止まった息の感覚も。其の時流れた鮮血の感触も鮮やかさも。

 動かなくなった躰奪われていった体温すら迄が、今でもこんなに鮮明に思い出せるのに――――――!!


 なのに今。彼の頃と全く変わらぬ姿で。変わらぬ眼差しで。変わらぬ笑みで。

 己の前に在る、此は何だ?


 躰が震える。叫びたいのに声が出ない。理解不能な今の状態に。其れは忘れ去って久しい、恐怖という名の、感情。

 傷の痛みの余りに狂ってしまったのか――――――狂える事が出来得たのか。この、己が。






     ***






 シャズラーズの濁った赤い目が、嗤う。己が囲う、女を見て。


「貴女がいてくれて、本当助かりましたよ」


 頭上を振り仰ぎ、女が蛇の顔を見た。其の、狂気に満ちながらもあどけない表情に、更に笑みを深くする。

 其の、赤い目が。すうっ、と細められた。


「貴女はとても私の役に立ってくれました。ですから――――――」

「!!ヤバいっ、カイン!!」

「わかってる!!来い、【フォイサル】!!」


 何かを察したシインが叫ぶ。そしてカインは、其の声を聞く迄も無く動き出していた。

 魔物に向かい走りながら、左腕を振り伸ばす。其の、手の内から。皮膚を破りずるり、と現れ出たのは細く、白い柄。


「させるかよっっ!!」


 其の柄を右手で握り、更に引きずり出すと白銀の刀身が現れ。振り翳した其れは一振りの、剣。


 迫る、刃に。しかし蛇の目は女に向いたまま。


「――――――ですから、痛みを感じる間も与えず、喰らって上げましょうね」


 にたぁっ、と嗤った蛇に女が目を見開く。何故、と声を荒げようとしたのかも知れない。逃げようと、脚を動かそうとしたのかも知れない。


 しかし。其れは正に一瞬の出来事。

 刀身は、魔物に到達する前に目に見えぬ壁に依って弾かれた。






 そして、女は。






     ***






「…………神様…………どうして…………どうしてっ、こんな…………っっ!!」


 呟く、ルイの目の前で。流れる鮮血と共に、生命が、零れる。小さな小さな幼子の躰から。

 他の者達が遠巻きにする中。最早意識さえ手放した、変わり果てた弟の其の姿をルイは其の手に抱こうとした。


 しかし、其れを緩やかに押し止める、細い腕。


「っ!イサを返せっ!魔物!!」


 其の相手を気丈に睨み据え、声の限りに罵る。


「お前が!お前の所為だ!!お前の所為でイサはこんな目にあった!!お前がっ、お前がイサを……!!!」

「喧しい」

「なんっっ…………!!」

「神なんつー無能なヤツに祈ったトコロで事態が変わる訳でもねぇだろ。寧ろ祈るだけ無駄だ」


 しかし其の声を遮ったのは傍らにいた傭兵の、辛辣とも言える一言。

 更に言い募ろうとしたルイが、顔を上げる。そして――――――目の当たりにした。


 傭兵の、とても美しい蒼月色の瞳の輝き。

 其処に宿る、威圧の中の痛みと、慈愛を。

 其れは純粋に目を奪う、色彩。何の躊躇いも無く、心を引き込む美しさ。


「言い分なら幾らでも聞いてやる。ケド後にしろ……オメーの弟、このまま死なせたくねぇんだろ?」

「…………え…………?」


 傭兵の声の最後には淡い笑み。手の平の上で溶ける初雪の様な。

 そして何より、其の言葉の内容にルイは思わず身を乗り出した。


「イサ…………い、生きてるのか…………!?」

「………………自分の弟を勝手に殺すんじゃねぇ」


 呆れた様に溜息吐かれ、言葉に詰まった相手に更に言葉を重ねる。


「レイルが自分の生命力とこのガキの魂とを繋いでくれてるから、血は止まってる。これ以上良くもならねーが、悪くもならねぇ。咄嗟の判断にしちゃ上出来だな……だからココでレイルから離せば、コイツ確実に死ぬぞ」


 意味としては余り判らないが、其処迄はっきりと言われれば黙り込むしかない。何せ大切な弟の命が掛かっている。

 しぶしぶといった体でイサの躰から手を引いたルイにシインはくすりと笑い。


「レイル」

「………………っ」


 呼び掛ければ、腕の中の身体はびくり、と震え。其の様に、嘗て無い程の混乱を感じ苦笑する。


「先にこっちのチミッ子に《復活》掛ける。光属性だから気に当たってちょっとツライかもしんねーけど、我慢してろよ?それから兄。弟の手、握ってな」

「え?こ、こうか?」

「そうそう。んで呼ぶんだ。名前を。逝きかけた命を繋ぎ止めるのは、肉親の声ってのが一番だからよ」

「わ、判った」


 素直に頷く、其の様子に笑みを誘われながら。


「祈るんだったら、カミサマじゃなくてこの子の生命の強さに、祈るんだな」


 そして見つめる。腕の中の存在を。小さな小さな、生命を。


「大丈夫だ、レイル。今なら未だ間に合う・・・・・・今なら未だ、助けられる」


 シインは、落ち着かせる様に労わる様にレイルの耳元に囁くと。

 両手で印を結び、呪を呟き始めた。






     ***






 ぐしゃり、と肉と骨の潰れる音がした。

 女の頭を呑み込み、頭蓋を砕き。蛇が其の躰の全てを喰らう。

 目の前で起こった惨劇に、誰もが息を呑んだ。悲鳴が上がり、目を背け。気を失い倒れる者もいる。


 どす黒く染まった大地の上に、新たに深い赤が足される。血が滴る口元を何とも思わぬ様に、魔物は目を細め細い舌を出した。


「――――――ほう。コレは美味だ。流石、綺麗なモノばかりを取り込んできた人間は、一味違いますねぇ。しかも良い具合に憎悪や恐怖といったモノが沢山詰まった魂付きで」


 何時の間にか張られた守りの結界。其の内部で、くつくつと、愉しげに目を細めながら。尾を一本失った蛇の魔物が、嗤う。その邪気が、更に膨張し色濃く成る。


 悠然と、其処に在る黒い存在に、カインはぎり、と歯を噛み締めた。


「……てっ、めぇ……!!あの女の子は、オメーの契約者じゃ無かったのかよ!?」

「そうですよ?」


 詰問に、さらりと答えた蛇はしかし。己にとって不可解でしか無い憤怒を身にまとわり付かせるランカーに。






「ですが彼女が私から欲したのは美しさを手に入れたいという願いだけ。生き死にに関する事まで私は知りません」


 言い切って、にたり、と卑しい笑みを浮かべた。






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