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神様モドキの異世界旅行  作者: ほえほえ
最果ての 森
33/40

歪んだ慟哭は 人々の胸に 突き刺さった






「貴方、魔物でしょう?私達魔獣と何ら変わらない。全く同じ、血肉を好み憎しみ怒りの負の感情を糧とする、闇の生き物だ――――――なのに何故、あんなモノ達の肩を持つんです!あんな、あんなモノの!!」


 緑石蛇の声は、其処にいる全ての人の耳にも届いた。

 其れはまるで、癇癪を起こし聞き分け無く駄々を捏ねる幼仔の様。


「何故殺さない!?何故、喰わない!!アレは私達の食料だ。私達を愉しませる為に在る、玩具だ。其の為だけに存在する事を許された、低俗な生き物だ。なのに貴方は今迄一度としてアレを殺した事は無かった!!喰らおうとした事は、無かった!!」


 突き立てた尾の先を引き抜き。更にもう一度、貫く。

 そんなに大きい訳でも無いのに、肉を裂く嫌な音が木霊する。真新しい、鮮血が舞う。


「どうして――――――どうして、同胞で在る他の魔物と…………我等魔獣と相対してまで、そんなモノを守ろうとする!!?他でも無い、貴方がっっ!!」


 美しき魔物。其の内に偉大なる魔力を秘める生き物。

 魔人や堕天とはまた違う、純粋に歪んだ魔を内包する、もの。

 己は一度として出会った事は無いが、もしかすると此の目の前の、此の生き物の様なのかも知れないと、そう思っていた。


 ――――――魔の王たる魅力を兼ね備える者。魔王、と呼ばれる存在。其れが。


 なのに。此の人成らぬ美しき存在は。人間に化け物と罵られ忌み嫌われながら。其の人という種を、此程迄に大事に大事に、慈しんで。

 人には無い、角も羽根も牙も爪も在るというのに。喰らわねば、渇き餓えは癒せないというのに。

 国一つ瞬時にして滅ぼせる程の力だって、持っているというのに。

 許せない。許せないでは、無いか。魔物が。此程力に溢れた魔物が。誇り高き我らが同胞が。


 卑小にして脆弱な、愚鈍成る者共に飼い慣らされているなど――――――!!


「人を盾に取られただけで、この私に抵抗すらしない……貴方には、魔物の誇りがないのかっっ!!?」


 振り上げる、凶器。傷付いた躰には、其れを避ける力すら、既に無く。






 其の、時。

 視界の隅に走った、小さな影。






「だめーーーーーーーーっっっっ!!」






 幼い子供の悲鳴が、上がった。






     ***






 一瞬、何が起こったのか、誰にも判らなかった。

 誰も、何も動けなかった。

 魔物の尾に貫かれたのは、子供。幼い、小さな人間の。


 人型は。目の前で揺れる小さな手を見た。

 双眸を見開き、己の震える腕を持ち上げ…………力無い細い躰を、腹部に刺し貫かれた黒き尾を抜かれた其の身を、己が胸に掻き抱き。


「………………イサ?」


 掠れた声で、其の名を呼ぶ。

 覗き込んだ幼い貌は、白く。紙よりも白く。しかしその口元に、ふわり、と暖かな笑みを浮かべた。


 誰もが硬直したこの時。始めに動いたのは、一体誰だったか。


 ち、と忌々しげに舌を打った魔物に顔を上げると、再び振り上げられる黒き凶器。

 其の時。


「レイル!コレ使え!!」


 聞いた事の在る、声に。呼ばれなくなって久しい、己の名に。咄嗟に投げられた物を、受け止める。其れを見て、再度人型は目瞠した。

 其れは、剣。嘗て己が棄てた、己に持つ資格など無いのだと手放した――――――人間の、武器。

 何故、此がこんな処に。


「………………【ラーグ】………………?」


 呼べば、其れに反応して僅かに震える意志持つ剣。


「何ボケッとしてんだよレイルッ、上!!」

「っっ、【シャイナ】!!」


 再び聞こえた懐かしい声と同時に。大気が、動いた。

 己の貌の直ぐ横を、通り過ぎた。青銀の、閃き。


 ――――――――――――ザンッ


「っっぎゃあああああああっっっっ!!!?」


 尾を切り落とされ上がった、魔物の悲鳴。

 其の、刹那の内に。幼子を抱いた腕毎、強い力に己が身を抱え上げられ其の場から引き離されていた。

 己を抱く相手の顔を認め――――――そして、驚愕する。

 其の名を呼んだ筈の声は、音にすら成らず微かに空気を震わせた。






     ***






 呆然と、己の貌を見つめている人成らぬ存在――――――レイルの額に、シインは柔らかく唇を寄せ。

 更に驚きに見開かれた色違いの瞳に、微笑みを向ける。


「シインッ、一体ドコにいたのさ!?ってーか何で女の子に追っかけられてんの!?」

「好きで追っかけ回されてんじゃねーよこっちだって!!」


 しかし、こちらに走り寄って来た半身に言葉を投げ掛けけられ、レイルを其の腕に横抱きにしたままこちらも負けず劣らずの大声で怒鳴り返してやった。

 何だか一気に緊張感を削ぐ様な二人の其の声に、止まっていた人々の時が動き出す。


「イサ!!」


 そっと、腕の中から地面に下ろされたレイルの傍に、少年が一人、駆け寄って来た。


「イサ!!イサ、イサ……イサッッ!!」


 レイルの腕の中に抱き締められた、既に動かない小さな躰に縋り付き。何度も其の名を呼んで。

 弟の躰を抱く、細い白い、血に濡れた腕。其れが人のものではない事など、頭の中では既に消え去っている。


「どうして……っ、なんで……イサァッッ!!」


 嘆く、ルイの傍らでカインが動いた。痛ましげに兄弟を見ていた瞳が持ち上がり、鋭い刃の気配を持って、黒く巨大な蛇を睨み付ける。

 尾を切り落とされた魔物は、屈辱と憤怒の表情を露わにしている。


「………………………………シイン…………カイン…………?」


 漸く、名を呼ぶ事に成功したレイルの髪に、今度はカインが接吻けて。


 ――――――血の、味と匂いがする。其の事に、更に視線を冷たくしながら。






「待ってて。すぐ――――――済ませるから」


 一言だけ告げ。目の前の魔物と、対峙した。






     ***






 追い求めていた美しい貌を持つ少年の前には、己に力を与えてくれた、蛇。

 其の向こうに、美しい少年と同じ貌を持つもう一人の少年と、街人の見知った顔と。そして、とても綺麗な生き物。

 血に汚れて尚、其の美しさを損なわぬ、神々しい迄の、生き物。


「…………あれ…………アリッサ…………!?」


 誰かが、己の名前を呼ぶ。信じられないと、そう響きを乗せた声で。

 嫌いだった筈の、名前。見た目に似合わぬ、可愛らしい。其の名前が、今はこんなにも大切な。


「なんだよ、変だぞあいつ…………あんな、あんな肌してたか!?」

「あの目…………殺されたユイシェと同じ色だぞ…………!」

「リアの髪だわ…………!あの、髪!!」






「違うわ」






 騒然とする人々の声を、鈴を転がす様な綺麗な声で、否定する。


「この目も、この髪も、肌も腕も脚も。今は。全部全部、わたしのモノよ」


 其の言葉に、誰かが青ざめる。


「…………ま、マイヤの声…………!!」

「そう。でも、この声も今はもうわたしのモノなの」


 にたり、と嗤った女に人々は戦慄し、そして――――――理解した。


「…………貴女が、貴女がみんなを…………っっ!!?」

「何故だ!?こんな……こんな事、出来る様なお前じゃ無かったのに……!!」


 緑石蛇に寄り添う、其の女の姿に。人々の口から漏れるのは嘆きにも似た非難。

 其れを、女は嘲る様に一蹴した。


「…………『こんな事、出来る様なわたしじゃない』?…………なら聞くけど、わたしの何を、知っているというの?」


 その声音には、確かに憎悪の響き。


「わたしね、何時も、何時も綺麗な子が羨ましかった。だってみんな全然接し方が違うんだもの」


 一人一人、睨め付ける様に翡翠色の瞳を動かして。綺麗な声でぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ。


「男の子には苛められて女の子には毛嫌いされて。そのくせ都合の良い時だけは扱き使われて。口に出して拒否したら生意気だって打たれて、笑ってハイハイ頷けば不気味だって言われて」


 其の心からの慟哭に誰も、何も言い返せず。


「知らないでしょう。わたしが何時も何を考えて生きてきたか――――――明日は死のう、何時死のうって、ずっと考えてたのよ」


 女はここぞとばかりに今迄胸の内に溜めてきた鬱憤を、吐き捨てた。暗い笑みで。暗い、表情で。


「傷付かないとでも思った?ブスだから?醜いから?…………何をしてもどんな事を言っても良いなんて、思ってたんでしょう!?」


 言葉の最後、其れは悲鳴にも似て。しかし直ぐ様声を落ち着かせると女は続ける。


「だけど、綺麗になりさえすれば、そんなふうに扱われなくなる。死のうなんて、思わなくなるわ。だからわたしは綺麗に、成るの。誰よりも。その為の手段と力を、この蛇がくれたわ」


 うっとりと、魔獣を見つめ寄り添う女の其の姿を蛇は慈しむ様に残された尾で緩く囲う。






 しかし其の血の色をした目に浮かぶ残虐さに。

 気付いたのは二人の同じ貌を持つ傭兵、のみ。






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