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神様モドキの異世界旅行  作者: ほえほえ
最果ての 森
30/40

時は静かに密やかに けれど確かに刻まれて





 恐怖に駆られ暴徒と化した民衆程、難しいものは無い。

 年寄り子供は家の中に引きこもり、窓も扉にも錠をかけ。其れ以外の、主に若者を中心とした人々は昼間だというのに松明を掲げ口々に叫ぶ。


「森を燃やせ!!」

「魔物を炙り出すんだ!!」


 向かう先は、北の森。

 其の最後尾、二人の酷似した容姿の少年が、居た。


「………………今度こそ、って思ったんだけどなぁ………………」


 誰に向けるでもなく洩れた、声。其れは雨降る前の空の色よりも、憂鬱。

 想いとは裏腹に、白々しい程の晴天。人々の後に続き歩みを進める、道上。呟いた戒の声を聞き、シインはそっと其の隣に立った。


「決め付けるのはまだ早くねーか?」


 くしゃり、と癖毛の髪を撫で。諭す様にそう言えば、子供の様に口を尖らせる。


「だぁってさぁ……もしも、もしもだよ?この件が本当にあの森の魔物の仕業だったとしたらさー」

「……ま、オメーが思わずそーグチりたくなる気持ちも判るケドよ」


 話を聞くからに此の一連の騒ぎは魔獣の、しかも低級のものの仕業だと2人は即座に考えた。


 人の血肉を喰らう魔物。獣に近い姿を持つ其れ等は魔力も知力も低い。

 だが魔獣は違う。魔力は多大で知に優れ、人に徒に負の感情を振り撒く事を望み。闇に染まった心と生命力を吸収し、魂すらも食らうのだ。

 喰われた人間は塵になる。木乃伊の様に風化して。骨すらも残さない。最も、彼等は血肉も好物だ。故にその様な上品な食らい方は、滅多にしないのだが。


 ――――――そして、自分達が探すものは其のどちらでも無い。人を喰らう。そんな事をするものでは、決して有り得ない。


「けど違うかもしんねーじゃん。………………ココの村長サンも、なんか含みある言い方だったし」

「うん、確かにねー」


 シインの言葉に、カインは頷いて。

 そして、思い出す。先刻の会話。






 此の村の人間を殺した魔物の討伐。其れに赴く街の勇士達の警護と補佐。

 其れが、このクャールの村の現長で在るという若者が二人の旅人に依頼したもの。

 此以上の被害が出る前に、是非とも倒して欲しいと。


 だが、彼はこうも付け加えた。其の魔物が北の森に居るという事は、推測でしか無いと。


 推測も何もないだろう。彼の森に魔物が住み着いているのは有名だ。なのに。

 森に住む魔物を退治すれば良いのかと聞けば、此の街に危害を加える魔物の退治だ、と彼の領主は逐一丁寧に訂正してきた。


 まるで、北の森の魔物の仕業ではない、と言いたげな。






     ***






「…………あの人達、綺麗…………」


 森へと向かう人の群れ。赤い火を掲げ。怒りと憎しみとを叫びながら。

 其の最後に、憂鬱そうな二人を、見て。女はうっとりと呟く。


 艶やかな黄玉色の髪と、元気良く跳ねる琥珀色の髪。空の蒼の瞳と、海の藍の瞳。月の様な冴えた雰囲気と、太陽の様な暖かな雰囲気。

 其れ等全て、全くの正反対で在りながら。全く酷似した、美しい容姿。


「…………欲しいな…………」


 呟く。と、空の瞳が此方に気付いた――――――様な、気がした。

 そのまま、二言三言隣の相手に何かを告げ、群れから離れる一人の少年の姿に。

 女は、笑った。






     ***






「――――――カイン」

「――――――うん」


 呼ぶ声の低さに、カインも又、神妙な面持ちで頷いた。


「どーやら複数?いるみたいだね。この先の森と……少なくとももう一匹?」

「おう。……こっち、オメーに任せてもいーか?」

「シインが相手してあげんの?俺が行ってもいいケド」

「いい。どーせザコだ」

「気を付けてよ?油断大敵って言葉もあるんだから」

「わーってる」


 軽く交わしながらも表情は硬いまま。シインは最後にそう言い残してその場を離れた。


 先程感じた視線。舐める様な。悪意ではなく、だからといって興味や好意でもなく。

 まるで絡み付く蛇の様だ、と思った。

 今正に目の前の獲物をいたぶらんとする様な。愉しい遊技を思い付いた様な。玩具を手に入れた子供の様な。

 其の中に、ほんの僅かに混じっていた、人成らざる魔力。暗い、気配。


 大通り。近くに見えた横道に入り込む。其処から又細い路地へ。

 土地感など在る訳無いが、そんなものはこの際どうでも良い。様は、相手を誘き出せれば良いのだから。

 細い道だけを選び、何度も角を曲がる。そうやって一人、しばらく歩く。

 もうそろそろ自分の連れは村を出た頃だろうか。もうそろそろ街の人達が彼の森に火を付けた頃だろうか。あんなに綺麗な森なのに勿体ないな。

 そんな、取り留めもない事をつらつらと思いながら。


 そして、細い道から出た小さな十字路に。佇む一人の女の姿を認めた。

 その姿に、シインは少し眉を顰める。


 質素な服。艶の無い、石の表面の様な灰色の髪。がりがりに痩せ細った肢体。

 肌は僅かに浅黒く、遠目にも其の状態がささくれ立っている事が判る。お世辞にも美人とは言い難い容姿。

 狙われ殺された者達は皆何らかの美しさ、というものを持っていた。赤い髪然り、翡翠の眼然り。老いも若いも男も女も関係無く。

 しかし其れこそが、共通点。

 目の前の女にそういったものは見受けられない。己は狙われないと高を括っているのだろうか。

 だがこんな時期に。たった一人で。幾ら何でも無防備ではないか。


 いぶかしげに見やるシインに、女が気付いた。にた、と卑しい笑みを浮かべ。ゆっくりと、歩み寄ってくる。


 シインは、ぞわりと背に悪寒が走るのを感じた。

 女の、目。灰色の虹彩の、其の虚ろに。


「あなた、綺麗ね」


 嗄れた、声。年の頃なら自分と余り変わらないであろうと踏んでいたのに、其れは何て若さを感じさせない。


「あなたのその顔、わたしにちょうだい?」


 シインの間近にまで近付いて。瞠目する、空色の瞳を覗き込んで。






 ――――――振り上げられたのは、陽の光に反射する、白銀。






     ***






「――――――見つけたぞ」


 村の外れに設けられた広場。今は誰一人存在しないその場に、静かに翼を畳み地へ脚を下ろした美しきものは。

 広場の端に備え付けられたベンチ。ゆたりと蜷局を巻く濁った緑の蛇の姿に、冷たい視線を投げかけた。


「やあ、これはこれはお姫様。どうしたんです?いきなりこんな人の集落ど真ん中に出て来てその神々しいまでのお姿を晒すだなんて。貴方らしくもない」

「貴様の戯れ言を聞きに来た訳では無い。聞きたいのは別の事だ。何故、此処に居る」


 毒を含んだ蛇の物言いをぴしゃりと刎ね除け。しかし蛇はくつくつと嗤う。心底愉しそうに。


「………………私は言った筈だなシャズラーズ。此の村にも森にも手を出すなと」

「村にも森にも手は出してませんよ、私は」

「――――――ほう、そうか。それ程迄に此の私に滅ぼされたいとはな」


 減らず口を叩く蛇に、深紅の瞳が細められる。睨め付ける視線に温度が在るというのなら其れは絶対零度の冷たさだ。

 組まれていた腕が解かれ。すい、と静かに水平に迄持ち上がる。


「ならば此の手で殺してやろう。光栄に思え」

「………………良いんですか?」


 其れが振り下ろされる。正に其の直前。嗤ったまま、蛇は言った。


「私が今此処で死ねば、確実に息絶える人間が、一人居るんですよ」


 ぴたり、と其の腕が、其の躰が、静止した。


「まさか…………」


 見開かれた瞳。其の様を、蛇は満足そうに眺めやる。


「取り込んだのか…………誰かを」

「さぁ?でも、アレですね。人の心は、脆く移ろい易いものですね。深い愛情も、ほんの些細な事で実に簡単に憎悪へと変換する」


 愉しげに。実に愉しげに赤い目を細める蛇に、人成らぬものは更に視線をきつくした。

 其の視線すら、蛇には心地良く。くつくつと更に笑みを深くする。


「やだなぁ、そんなに睨まなくても良いじゃないですか。同じ歪んだ物同志、もっと仲良くしましょう?」

「………………誰が、貴様の様な下司などと」

「あっれぇ?そんな事言っちゃうんですか?まあ、言葉くらいは多めに見てあげましょう――――――どうせ貴方は、私を殺す事など出来ない」


 最後の蛇の言葉は、低く。

 其れと同時に、己の足首に絡み付く何らかの感触に。


「っっ!!?」


 人成らぬものは、思わず嫌悪を露わにし腕を振り上げたが。


「おーっと。引き千切ったりなんてしないで下さいね。私を死なせたく無ければ、ですけど」


 嗤う蛇の言葉に、唇を噛み締める。


 徐々に上へと伸び、縛り殺さんばかりの強さで己の躰を拘束していくもの。

 其れは、滑る鱗に覆われた、濁緑の蛇の胴体。






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