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神様モドキの異世界旅行  作者: ほえほえ
最果ての 森
29/40

ひたひたと 影は黒を侵食し




 

「――――――お前が、この村の長か?」






「…………誰だ?」






 ランプの薄い光のみに照らされた、薄暗い部屋の中。己一人しかいない室内で。突如聞こえたのは通り過ぎる風の様な、声。

 賊か、と思い机の引き出しの中の短剣に手を伸ばし。椅子に掛けていた腰を僅かに上げて。其の声の方へ視線を巡らせる。


 そして見た、開け放たれた、窓。その――――――向こうに。人成らぬ生き物の存在を、認めた。

 恐怖よりも何よりも先に、目にした美しさに驚愕した事を、今でも覚えている。


 六翼の漆黒。六本角の白磁。肌の雪白。黒漆の髪。深い紅色の眼。

 其れは奇跡の様に。恐ろしい程に。美しい――――――美し過ぎる、生き物。






「話をしに来た。今、時間は在るか」






 薄く色付いた唇から、紡ぎ出される声音。其れはまるで歌の様。

 思わず聞き入ってしまった己を厳しく叱咤する。そして、きつい眼差しを其の生き物に向けた。


「…………話、だと?」

「ああ」

「…………堕天族が、人間に?冗談だろう?」

「堕天族では無い。私は魔物だ」

「………………魔物?」

「そうだ。堕天族の翼は一対。そして彼等は角を持たない……何だ、理性ある魔物は以外か?」

「……………………ああ、以外だ。物凄く」


 警戒を剥き出しに、そう訊ねれば含み在る笑みが返る。そして素直に頷けば、又返される、笑み。


「まあ、そうだろう。だが余り深く考えないでくれ。私は少々、変わり種なものでな」


 変わり種。そう言われれば納得も出来る気がした。目の前にいる生き物は、己が今迄見聞きしてきた魔物と全く全てが違っている。

 魔物は残虐にして非道。知能は無く、肉を好み血を好み、命を弄ぶ魔に歪んだ獣。

 魔人でも無く、堕天でも無く。出会い頭から「話がある」と人に声を掛ける、人に姿の似る魔物など、聞いた事がない。

 そして何より――――――其の、美しさ。こんなものが、本当に魔物だといえるので在ろうか?


 其れは魔物というよりも、伝承や言い伝えに残る天の御使い。


「――――――その変わり種の魔物が、村長である俺に何の話があると?」


 再び椅子に腰を下ろして伺う様に訊ねれば、僅かに持ち上がる相手の口端が、見えた。


「彼処の森を貰いたい。此の窓からも見えるだろう――――――彼の、森だ」


 白く長く細く、そして形良い指が差した先。其処に見えるは村の北。広がる、樹々。

 時が経つに連れ集落から村へと大きさを増していく此の土地の為。少しばかり切り開こうかと、この間話していたばかりの、森。


「な――――――!?」

「私は此から彼の森に住む。だが此の村に一切手を出さない。その代わり、人間も彼の森には手を出すな」


 確定、とも取れる其の言い方に、勝手な事を、と村長は言葉を吐きかけたが。


「言っておくが、妖魔の力は外見の美しさに比例し――――――魔物もまた、其れに当て嵌まる。其れがどういう意味か、判るな?」 


 其れは暗に、此の集落一つを潰す事など己には造作も無い事なのだと。

 其の言葉に、冷や水を浴びせかけられた様な、気がした。


「…………それは、約定という事か」

「早い話が、そうだ」

「魔物との?…………そんなものが、信用できると思っているのか?」

「では、私の名にかけて」


 其れは今夜二度目の驚愕。

 魔の歪みを孕む生き物は、己の名を他者に知られる事を極端に厭がる。知った相手を切り刻み殺してしまう程に。

 其れが何故なのか、人間は知る由もないが。魔の眷属にとっては余程大切なものの筈だ。

 其れを――――――其の、名を。魔物が自ら見下している対象で在るべき人間に、明かすなど。


「私の――――――シルヴァの名にかけて誓おう。魔物は決して此の村と、此処に住む人々に手を出さぬ。此ならば良いか?」

「――――――ああ。では俺達人間も、あの森には絶対に手を出さない事を誓おう」


 言葉はするりと喉から出た。其れに、人成らぬものは満足げに頷き。

 夜の闇と刃の様な細い月とを背に従え。佇む美しき生き物。其れは恰も幻想的な一枚の、絵画。






 光を失った目。其れでも閉じれば今でも浮かぶ。瞼の裏に鮮明に焼き付けられた、其の情景を。


「――――――シルヴァ殿………………」


 最老の、其の小さな小さな呟きは誰に聞かれる事も無く。


 彼れからもう五十年以上の年月が経っている。

 その間、一度として此の村は魔物の恐怖に怯えた事は無く、そして人も又、彼の森を侵そうとはしなかった。


 ――――――彼の時も又、今晩の様に新月に近い闇の夜だった。






     ***





 

 其れに気付いたのは、村に入って直ぐだった。

 例えるのならば、張り詰めた細い糸。無駄に研ぎ澄まされた、刃の先。

 此処は何時もこんな緊張した雰囲気に包まれているのかと、シインとカインは二人、目を合わせながら思う。


 開いている戸は疎ら。道を歩く人の姿も少なく、此の時間で在れば遊びに繰り出しはしゃぎ回っている筈の子供の姿に至っては、影も形もない。

 閉鎖的な村で在ると聞いてはない。しかし旅人で在る自分達に向けられる視線迄が、きつく。

 元よりそういった気配や視線には鋭い二人。何とも居心地の悪い気分を抱えながら、今日の宿を探し人気の無い往来を歩いていたが。


「おい、ソコの旅人二人」


 突如背後からかけられた声に、足を止め振り返る。

 其処には、一人の青年がいた。簡素ではあるが質の良い衣服。歳は自分達よりも僅かに上だろうか。意志の強そうな眼をしている。


 其の彼の視線に移るのは、シインが手にしている長い荷物。

 恐らく、武器か何かだと踏んだのだろう――――――確かに、剣である事に変わりはないのだが。


「お前達、ランカーか?」

「……ああ、うん。まぁ、一応」


 訊ねられた言葉に躊躇いながらも頷くカインに、青年はそうか、と頷き。


「仕事を頼みたい。付き合ってくれるか」


 言い残して、さっさと踵を返してしまった彼に、シインとカインは目を見合わせ。


「…………どうする?」

「…………何か情報が手に入るかもしれねぇ」


 其の後を、しぶしぶながらも付いていく事にした。






     ***






 村の様子がおかしい、と気付いたのはついこの間だった。

 そして其の杞憂が本当で在ったと理解したのは、今。


 己の姿を認め、一目散に駆け付けてきた幼子。


「…………もう此処へ来ては成らないと、この間私はお前に言わなかったか?」


 息を切らせながら、ぶつかってくる様に己が腰に縋り付く子供の髪を梳き。


「――――――其れとも、また母上殿の具合が悪化でもしたか?」


 以前此の子供が此の森へ入った理由。

 病に苦しみ熱に喘ぐ母の姿に、居ても経っても居られなくなって薬草を探しに来たのだと、哀しみに満ちた表情で話していた事を、思い出す。


 しかし子供は脚に縋り付いたまま、ふるふると力一杯首を横に振り。

 己を見上げた、大きな茶色の瞳から零れたのは、大粒の涙。


「?…………おい、どうした?」

「……げ、て……逃げてっ、早くっっっ!!」


 縋り付きながら、其れでもぐいぐいと己を後方へ押していく子供の言動が、理解出来ない。


「逃げる……?何故」

「みんなが……町のみんながっ、あなたを殺しにやって来るんだっ!みんな、みんな……アレはあなたのセイだって言って!お兄ちゃんも!どれだけぼくとか最老様とかが違うって言っても、誰もっ、誰も何も聞いてくれない……!!」


 叫びながら、子供は泣く。泣きながら、人成らぬものの躰を押し続ける。

 逃げろ、と。逃げてくれ、と。何度も何度も、訴えながら。

 そんな子供の姿に、深緋の眼がすぅ……っと、細くなった。


 ふわり、と突如子供は躰に浮遊感を感じ。彼の細い腕に抱き上げられた事を、知る。


「――――――何が、在った。村で」


 同じ視線の高さに迄持ち上げられ、優しく聞かれて。あやす様に背を撫でる掌の感触に、子供はひくり、と喉を震わせる。


「……っ、人、が……うぇっ、死ん、じゃったんだ……もっ、もう……ろくにっ、んも……っっ」

「…………人が?村の、か?」

「うん……っ、み、な……みんな……っ、こっ……され、てて……っアレ、……はっ、まもっののしわ、ざだって……っっけど、このっ、へん、でっまも……って言ったら……、あなたしかいなくて……っっ」

「………………そうか。判った」


 嗚咽を漏らしながら、其れでも聞かれた事柄に素直に告白する子供に、そう告げて。

 そっと、その小さな躰を地に下ろし、其の頭を優しく撫でた。


「お前はもう家へ帰れ。そんな事が起こっている時にお前が居なくなれば、家族も心配するだろう」

「えっ……でも……」


 心配げに言い淀む幼子に、今度は人成らぬものが其の膝を折り其の貌を下から覗き込む。


「私は大丈夫。だから早く」


 お前は家族を安心させておやり。

 殊更柔らかな笑みは、子供の心を落ち着かせるのに多大な効果をもたらした。


「う、ん……わかった。ぼく、帰る。あなたも……早く、逃げてね」


 そう言い残し、来た道を子供は戻る。何度も何度も、背後を振り返りながら。

 そんな子供の姿を、人成らぬものは静かに穏やかに見送って。






 ――――――そして、小さな小さな背が、見えなくなった頃。

 彼の気配が、豹変した。


 其れはまるで凍れる焔。何の感情も見受けられぬ双眸は、虚空を睨み。






「――――――シャズラーズ」






 其の声音は、どの刃よりも剣呑な、鋭さ。






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