閑話・後処理はイロイロめんどくさく
シュリスタリアは今、蜘蛛の子を突っ突いた様な慌ただしさに包まれていた。
そりゃもう城内から街中から、王様貴族騎士兵士一般人冒険者、中心から末端に至るまで。
何故か。そんなのいちいち説明しなくても原因なんて解るだろう、が。
「如何だっっ、見付かったかっっ!?!?」
「申し訳ありませんっっ、未だ発見の報告はありませんっっ!!」
「宿の方は如何だっっ、ほらっっ、犯罪者は現場に戻ると言うだろうっっ!!」
「いやいえ、彼等は犯罪者ではないので其れが当て嵌まるか如何かは……」
「いーいからさっさと行って来いっっ!!他国に行かれる前に、一刻も早く見付け出すんだ!!」
「はっ、はいぃぃいいっっ!!」
がるるるっっ!!と唸る、ファルガスの王たるガルフ・レーグ・ラル・ファルガスの言葉に、近衛騎士の面々は飛び上がって執務室から駆けて出ていく。
其れを見て王は大きく息を吐き、勢いで立ち上がった態勢からどさりと椅子に座り直した。
ソコへ、こんこん、と静かにノックされた扉。
「入れ」
「はい、陛下」
「……おう、ヴァリスか」
その人物は、王がチラリとやった視線に、ゆたりと腰を折り頭を垂れる。
細い体躯を法衣で包み。しゃらりと音が鳴りそうな銀の髪に、背中にあるのは一対の翼。ソレも純白。瞳は緑から青に変わる。
見目は年の若い青年だ。40を過ぎた王よりも。けれど彼、実は王よりも年上だったりする。まごう事なき、天使族、であった。
「教会の方は如何だ」
「はい。神託は何も無かった、と」
「……そうか」
溜息。
王はガリガリ、頭を掻く。
地上が今ほど豊かで無く、人々の数も少なく、技術も無く。
既に至る場所に跋扈していた魔物に恐恐とし、神へと祈りを捧げていた時代。
神々は、地上に良く降りて来ていた、という。
神々、といっても、其々だ。
人がひとりひとり違う様に、神もまた、ひとりひとりが個性に富んでおり。
創世神と、太陽と双月を司る『三星神』。
光と闇を筆頭に、土火水風雷樹の『八聖神』。
石花氷湖の『四生神』。
彼等は世界の始祖でもあるからして、強大過ぎる力故に、地上に降りる事は稀であったが。
死後、人々に神聖視され。
あるいは上位神に気に入られ。
属神や亜神と呼ばれる位の低い神となった者達は、地上に顕現しては人々に加護を与え技を伝授した。
只の好奇心だったのかもしれない。純粋な厚意だったのかもしれない。
其れでも、神直々の加護と技の提供に。今までに無い速度で発展し豊かになり。
神と、人と。力を合わせ世界をより良く築いた『調和の時代』は長く続いた。
だが、その『調和の時代』も、終わりを迎える。
神と人との関係が崩れたのは、とある戦い。
古代アディール帝国が、神々に弓引くという愚かな選択をした為だ。
其れにより、神の世から地上へと降り立つ為の庭、ルーデルディアが閉ざされた。
本当ならば、地上の人族はあの日あの時、神々に滅ぼされても仕方無かった。
実際、火神マンセンの属神である『戦いの神』や、光神エメラの属神である『裁きの神』を始め、神々の中には、人を滅ぼせという過激な者もいた。
樹神ユリタシャや水神セルナンシカを始めとする慈愛の女神達が、アディールの意は人々の一部であって全ての人の総意では無い、と彼等を留めなければ、本当に地上から人という種は一掃されていただろう。
そんな神々が地上から姿を消して、1万2千年。
加護は薄まり、技は失われ。文明は後退し、魔物の数は以前よりも飛躍して多くなった。
人の愚かさが招いた、『償いの時代』が幕開けてから、1万2千年。
今だ、神々が怒りを納めた、とは。『神の庭』が再び開かれたという予兆は、どの教会も神殿も掴んでいない。
「……なのにまさかの神が降臨、たぁなぁ……」
洩れる呟きは疲労の色。
机の上から取り上げたのは、息子であるレイから渡された、1枚のギルドカードだ。
ギルドに本物か偽造かどうかの調査を依頼し、間違い無く本物のギルドで発行したカードだという報告と共に戻ってきた其れは、あり得ない表示が成されていた。
種族、属性、称号にスキル。
ステータスの数値も可笑しい。限界突破とは一体何なのだ。
彼は旅人と名乗ったらしい。このカードはシュリスタリアで作られたと、ギルド職員からの証言があった。
他者の視線を惹き付けてやまない風貌。畏れを抱いてしまう程に美しい容姿に、眼の強さは鋭く。何よりその存在感が、只者では無いとギルドマスターにまで言わしめた。
そして、大会の予選ではその言葉を裏付ける様に。最も難易度の高い無差別級部門、細身の剣1本のみで、名立たるランカーや騎士を倒し、本戦への出場権を早々に手にした。
近衛騎士の副隊長であるリード・デッカが昔馴染みに会いに行く途中で彼の試合を見たそうだが、彼曰く「アレはまだまだ本気じゃなかった」そうだ。
ソレだけならばまだ問題は無かった。
興味は出たが、世の中は広い。ドコぞの山には騎士より強い猟師もいるというし、元軍人が森に引き籠って隠居生活を営む事もある。
そういった人物の弟子か何かならば、如何してココまでの強者が今まで噂にもされていなかったのかと、その理由に納得も理解も出来るのだ。
――――けれど、事態は大きく変動した。
魔獣の襲撃によって。
情報部の報告通り、シュトラの森から準S級どころか準SSS級レベルの魔物の群れと共に、灰餓犬という危険極まりない魔獣が2匹もシュリスタリアを襲おうと出てきたのはつい数日前。
折りしもファルガスが世界に誇る闘技大会の真っ只中である。
世界に誇る、というだけはあり、大会は長い日程を掛けて行われる。予選まで含めば、ひと月近い。
参加者は冒険者から騎士までどころか、戦えるのならば子供でもと幅広く、身分も不問。
しかしながら、名立たる強者が集うのだ。国の事情が絡む事とてある。
純粋に観戦する為だけでなく。此れ幸いとばかりに暗躍する為に、はたまた裏で取引やら何やらをする為に。各国の貴族や王族がシュリスタリアに滞在していたのだ。
――――魔獣襲来に備えて即、転移の魔術を用いて自国に避難して頂いたが。
アレで使える魔術師が半減したんだよなぁ、なんて。思い出して王は大きな溜息と共にガシガシと頭を掻く。
魔術を行使するには精神力が必要だ。
ソレも転移、などという高等魔術は、膨大な魔力が必要な上に精神に掛かる負担が半端ではない。
しかも他国の貴賓は数多く。
彼等の安全を優先した結果、魔章師達を擁する魔術部隊の半数以上が使いモノにならなくなった。
まあ、彼等が五体満足であったとしても、魔物の殲滅は難しかっただろうが。
何せ彼等の魔術は強力ではあるが、強力であればある程、発動までに時間が掛かる。数も少ない。
――――それに、あの時もし魔術部隊が活躍して、あまつさえ魔獣の討伐に成功していたならば。
この国に神が降りたと、気付く者は誰もいなかったかもしれないのだ。
神自身が、正体を偽っていた為に。
「…………バレた理由がアレってのも、なんかしょぼいんだがな…………」
「…………仰らないで頂けますか。何だか哀しくなってきます…………」
苦笑混じりの王の言葉に、天使の青年も肩を落として溜息落とす。
2人は件の神の姿を、しっかりと自分の眼で見ていた。報告を受け、援軍にと赴いた南東の外壁で。丁度、剣の様な大きな光の塊が、2匹の魔獣を貫いた処だった。
その光景に、王も天使も戦慄した。
銀の髪に、赤と青という色違いの双眸。光を受けて七色に輝く透明な幾重もの翼。
肉片すら残さず消滅した魔獣のいた場所を。魔物を人を睥睨するその視線。
何より、暴力的にも思える魔力と全てを押し潰しそうな程の威圧。
屈せずにはいられない、跪かずにはいられない。彼の目の前では、王たる者すら塵芥に等しいと。
そして、だから、知ったのだ。あれは神であると。
神の姿など、古い文献にしか残っていない。彼等が地上に降りてきていたのは、遠い昔だ。
名前だけで姿を知られていない神も多くいる。
だが。神とは須く、人を超越した存在。尊敬を畏怖を、信仰を集める存在。
威厳があり、神々しく、慈悲深くしかし厳しさも持ち合わせる。
だからこそ、彼の姿に存在感に、本能の部分で、神とはどういったものかを理解したのだ。
だがしかし。
「…………『トンズラさせてもらうよあでゅー』って、軽過ぎるよなぁ…………」
「…………だから止めて下さい。夢が壊れます…………」
ヴァリスが凹む。仕方ないのかもしれない。
天使とは、記述によれば創世神が神々の身の世話を任せる為に、と作られた人形だ。信心も深い。神を祀る教会や神殿によっては、妄信といっても良い程に。
だからサスガにアレはないと思うのだろう。
ガルフも思う。
伝説の銀天琥と漫才の掛け合いモドキをする神ってどんだけ、と。
「…………まあ、言動がアレでも種族に『異界』なんてついてても神は神だ。オマケに伝説の銀天琥付き。そんな貴重なんが他の国に持ってかれるのは避けたい」
溜息混じりに言う王のセリフに、天使もしょっぱい顔で同意する。
見かけ倒しだろうが全く神らしくなかろうがアホの子っぽそうであろうが、神は神なのだ。
「あれだけの力、味方に着ければ世界統一も夢じゃねぇ」
「……陛下」
「た、例えばの話だぞ!?俺はんな事考えちゃいねーかんな!?ファルガスだけでもメンド……いやいや充分満足してるからな!?」
「…………今王にあるまじき単語が聞こえた様な気が致しましたが、まあ宜しいでしょう」
慌てて弁明する王に、低くなった天使の声は幾分と硬さが取り除かれる。
けれど、気分は優れも浮上もしない。
王の言いたい事が解るから。
彼の神が見せ付けた、力は途方も無いものだった。
途方も無さ過ぎて、危機感を抱いてしまう程に。
あれ程の力。もしこのガロ・ファイレルの数ある内の一国に組してしまえば、どうなるかなど考えるまでも無い。
ファルガスはまだ良い。初代国王はランカーだった。自由、を尊重する風習で、身分や宗教の縛りも緩い。現国王も、良くも悪くも無欲だ。自国が豊かであれば満足、そう言って憚らず、自分から戦を仕掛ける事をしない――――売られた喧嘩は高値で買うが。
だが他はそうはいかない。
他国を侵略し国土を広げたいという野心溢れる王もいる。侵略とまではいかぬまでも、力で以て他国を抑え込みたい王もいるだろう。
神であるのだから、宗教も関係してくる。
太古に創生神から信託を受けた聖少女マリシリアを祀るマリシリア教は、創生神こそが最上であると詠っている。他の神々は全て創生神に跪く存在であると。故に、他の神を祀る教会への風当たりがきつい。
「…………多国籍のランカー大多数に見られてんのは痛いなやっぱ…………」
「…………お陰で情報制限も出来ませんしね…………」
「…………せめてあの神さんが今の国の諸々を知っててくれれば良いんだが…………」
「…………ニーシャレフとサジェタリアには絶対に入国して頂きたく無いですね…………」
片やマリシリア教を国教とする宗教国家。
片や戦争で国土を拡大してきた軍事国家。
どちらも、大国と呼ばれる国だ。
「…………取り敢えず、使えるモン全部使って一刻も早くあの神さんを探し出せ。最悪居場所の特定だけでも良い」
「…………使えるモノ全部、ですか」
「ああ、ギルドに依頼しても良い。貴族共の私兵も動かせろ。市民からの目撃情報も欲しい。手配書を出しても構わん。懸賞金は高めにな。俺の近衛連中も出す。レイの赤光騎士団もだ」
「…………本当に総動員ですね」
「ソレくらいしねぇと、いやこんだけやっても見付かるかどうか解んねぇだろありゃ。『黄昏』んトコの坊主の話じゃ、髪と目の色変えるアイテム持ってるらしいからな」
「…………ソレはまた…………」
見付けるのは難しいのではないか、とふと天使の頭に過る。
王の脳内でも同じ思いが過っていたが。
だが、だからといって放置するワケにもいかない。
「色は変えられても、神さん自身の隠し切れてねぇ存在感に、伝説の銀天琥、加えて奴隷の魔人。と目立つ要素は幾らでもあるからな。誤報だろうが何だろうが、ソレっぽいのがいたら片っ端から調べてけ」
「…………畏まりました。では、その様に手配して参ります」
「おう、早くな?」
「はい」
微妙な顔で、天使は静々と執務室を退室する。
ぱたん、と小さく鳴る扉。残されるのは、王、ひとり。
彼は、天使の消えた扉を暫く眺め。
「…………ほんっと、面倒だなぁ王様ってぇのは…………」
ぽつり、愚痴を零すのであった。