21・面倒事はキライだからさっさと逃げます
空中。あたしの周りに、浮かび上がる魔方陣。正確には、ヒュムノスと呼ばれる文字で書かれた、詩方陣だ。
足元頭上左右前後。ナナメ上に下に幾重も幾重も。その数、全部で10個。
――――…………ピアス全部、取っ払っちゃる。
「げっマヌいくら何でも全部はやべぇって!!あといっこでじゅーぶんだって!!」
詩を紡ぐあたしにメーレが引き攣って、デカ犬ドモの攻撃を交わしながら叫ぶ。
聞く耳持たん。
と、ソコで地上に魔力の爆発。本当の爆発じゃなくて、爆発するみたいに魔力が跳ね上がった、って感じ。
ちらん、と見れば。金髪の纏う魔力が倍以上になってた。目も紅い色に変わってる。魔物ドモの濁った赤じゃなくて、ルビーみたいな綺麗な紅だ。どうやら無事、バーサーク化が終わったらしい。
あたしは空の上で右手をひと振り。すると、金髪の目の前にぐさぐさっと剣が2本突き刺さった。
某幻想の星、ランクS。双片手剣の百花繚乱。ゲームではかなり使い込んでましたが何か。
金髪は、狂戦士化したにしてはいっそ静かと呼べる様な面差で、アンビシオンを地面に刺し。代わりに両手に双剣を手にした。
そして――――メーレが悪戦苦闘してるデカ犬ドモに、突っ込む!!
「うおっ!――――魔力は極力叩き込むなよ!?コイツ等属性魔術でも食うかんな!!」
メーレの助言に、だけど金髪は頷きも返さない。
まあ、狂戦士化だもんね。言葉通じてるかも危ういよね。
「つかマヌ!!お前ホンットソレやめろって!!まじシャレんならねぇから!!」
止めるつもりもシャレですますつもりも無いから大丈夫。
「いやだから!!マヌ忘れてね!?」
何をですかい。
「お前カミサマ!!魔の宰!!お前の制御ナシの神氣なんて俺だってやべぇのにニンゲンが耐えられるワケねぇだろ!?下手したらココ等一帯死体だらけになんぞ!?」
――――…………あ。
「……………………あ。」
あたしの心の声とメーレの呟きが重なる。
と、同時にぴぴんっと。全部のピアスが耳から零れ落ちた。
浮かんでいた陣が消える。あたしを中心に、魔力の奔流が渦巻く。
その嵐の様な魔力に、誰も彼もが足を止めた。
人も、魔物も。全ての視線があたしに集まる。
「…………ふ、ふふふ、うふふふふふ」
「……………………ま、ままま、まま、まぬ、サン?」
「うふふふふふふふ」
ゆぅっくりと、持ち上げた腕。更にその先に、大きな魔力が密集する。
イメージするのは、抵抗を考える事すら愚かと思う程の絶対的力。
何処へも逃げられぬ、全てを呑み込む驚異。
平原全体が、イキナリ曇った様に薄暗くなる。太陽の光が遮られたからだ。
誰もが、空を見て言葉を失くし、顔色を悪くする。
デカ犬ドモすら、ボー然だ。
――――ソコにあるのは炎の、氷の、雷の、土の。1本1本が鉄をも貫き岩をも砕く、無数の剣。
「うふふふふ…………ナニでっかい声で人様の正体バラしてやがるこんのバカ猫ぉぉおおぉぉおおお!!」
「にゃぎゃーーーーーーーーっっ!!!!」
翳していた右腕を、容赦無く空かさず振り落とす!!
どががががっっ!!
雨の様に振って来る魔法の剣に、メーレは逃げた。
けど、タダ逃げるのでなく、先ずはデカ犬ドモに突進して巻き込んで、トバッチリを受けた金髪やらお兄さんやらコワモテさんを咥えて放り投げて背中に器用に乗せて、縦横無尽に縫う様に駆け抜ける。
そして、逃げたのは何もメーレだけでなく。
周囲にいた魔物も人も、巻き込まれちゃ適わんとばかりに遠ざかる。
時間としては1分も無かっただろう。剣の集中豪雨を受けたその場所は、見るも無残に地面が抉れていた。ちなみに、メーレにもデカ犬ドモにも1本も当たってない。
「……ちっ。当たれば良かったのに」
「舌打ち!?しかも怖ぇ事言った!!」
「つか俺等まで巻き込むなよ!?」
「巻き込まれても文句は言うなとさっき言った。恨むならおれ等とソコのデカ犬ドモを同一視した王子サマを恨めや……あとメーレお前今日のオヤツ抜き」
「のおぉぉおおお!!ソレだけは!!ソレだけはお許しをー!!」
「………………オヤツ抜きで平伏する魔獣って………………」
「………………此れが本当にあの銀天琥だというのか………………」
ふっ、幻想は壊れる為にあるモノなのだよお兄さんコワモテさん。
まあソレはイイ。怒鳴ったおかげでちょっとはスッキリした。
「さてソコの駄犬ドモ」
あたしは、ぐりん、とこっそり抜き足差し足で森の中に逃げようとしたデカ犬ドモに向き直る。
びくぅうっっ!!と飛び上がった2匹は、しゅぱっ!!とあたしに向いて伏せの体制をした。
うふふふ何だい急にそんなお利口さんになっちゃって。
にぃっこり笑いながら、あたしはゆっくり、羽根を出す。
一枚、一枚。これ見よがしに、見せ付ける様に。
サスガに、メーレの言ってた事も一理あるから、出すたんびに気配遮断の魔法も添えて。
だけどソレでも圧力が掛かってるみたいだ。人も魔物も皆みんな、ガクブル震えて膝から崩れる。
「ま、まぬーぅ。おこんないでごめんなさいぃい~」
メーレもメーレで丸くなって耳ぺったんさして前足で頭抱えてピルピル震え、図体デカいのにやってる事は猫の仕草。
…………きゃ、きゃわゆい。後でモフらせてもらげふごふんっっ。
と、とにかく今はあのデカ犬ドモだ。
「おれの事、食いたいんだってな?」
にこにこにっこり。聞いたらブンブン!!と首を横に振った。
「いやいや。遠慮しなくていーよ?」
ゆらり。再び右手を翳す。出現させるのはさっきの無数の剣よりも莫大な、だけど2本の、光の刃。
「おまいら2匹にちょこっと齧られたって、おれってばほら、この魔力だしぃ?」
にっこー。笑って言ったら、更にデカ犬ドモの首振りの速度が加速する。必死だ。
「まあまあそんな事言わず。たーんと召し上がれぇ?――――テメェ等が食える限界以上の魔力だ。充分満足するだろ?」
くい。小さく手を振った。
そりゃもうあまりに無造作に呆気無く。
瞬間――――
「「ギュガオォォオォォオオオオオオオオオッッッ!?!?」」
落ちた刃。周りを覆うまでの閃光。
そして、魔獣の咆哮。
――――閃光が消えた時、ソコにあったのはクレーターだけだった。
ガッツリと浅めの丸い皿みたいに凹んで、だけど何にもない。
デカ犬ドモは、骨すら残さず塵になったのだ。
ふふん。あたしを食いたいんならもっと胃袋じょーぶにして来い!
スッキリしながら、あたしはストンと地面に降りる。金髪が刺したアンビシオンの真横に。
そして、剣を回収してメーレに向かう。
周りは固まったまま何も言わない。人も、魔物も。石化したみたいに固まったまま、目だけをあたしに向けてくる。
……ああ、そうそう。
「おい小物ドモ」
ぴたり、と脚を止めてちらんと流し見ると、古今東西、多種多様な魔物達がビクゥ!!と震え上がった。
そんなヤツ等に、あたしはすぅ、と右腕を上げ、森を指差す。
そして。
「Go Home!!」
イキナリ魔物達が動き出した。みんな近くにいた人なんて目も向けず、一目散に走って行く――――モチロン森に。
あまりに迅速なその撤退に、王子サマ含め皆さん唖然ボー然だ。
そんな魔物の後ろ姿と大口開けてる人達を見て。あたしは再びメーレの元へと向かう。
再び訪れたのは静寂。誰の視線にも、浮かぶのは恐怖と警戒。あたしの一挙一動に緊張して。
「メーレ」
「まっまぬ!!ごめん俺謝るから!!だからオヤツだけは!!オヤツだけは~!!」
…………あ。なんか緊張がドッと脱力に変わった。
「あーハイハイ。後でぷりん作ったげるから、猫に変化して」
「ほっ、ホントか!?」
「ホントホント」
「ホントのホントにホントか!?」
「はいはい、ホントですよ」
「ホントのホントの、ホンットーにホントか!?」
「もーえーわ」
「にぎゃ!?」
ずびしっ。脳天チョップかましたらすっげ痛そうに悶えました。そんな力入れてないのに大げさな。
取り敢えず首根っこ、とゆーか着けてた首輪を引っ掴み。強制的に猫の姿にさせてみる。
そして見下ろす。メーレがイキナリちっちゃくなって、背中から放り出されたお兄さんとコワモテさんと金髪を。
無様に落ちて尾てい骨強打した様に内心クケケ……いやいやいや。
「金髪」
短く呼ぶ。目の色は何時の間にか戻ってる。狂戦士化が解かれた証拠だろう。ぱちくり、と目を瞬かせてあたしを見上げる様は、年も性別も超越して何となくかわゆらしげふごふんっっ。
「金髪、おいで」
2度目の呼び掛けに、やっと金髪はハッとした様に立ち上がった。そして、小走りで近付いてくる。
「先ずは剣、回収させて貰うから」
「…………あ、ああ」
あたしの言葉に、困惑した様子で手にした剣を差し出してくる。サスガ、Sランクだけあって、刃毀れひとつ起こしてない。キレイなモンだ。
その双剣と一緒に、ついでに大鎌も腕輪にしまう。首根っこ掴んだままのメーレを肩に追い遣って。
「――――っ?マ、主?」
金髪が裏返った声を出した。そりゃそーか。イキナリ腰掴まれて引き寄せられたりなんかしたら。
だけどあたしはがっしりしっかり、金髪を抱き締めたまま。
「お兄さん」
「…………何だ?」
「はいコレ」
ぴっ、とお兄さんにあるモノを投げる。
お兄さんは訝しげに、危なげなくソレを受け止めて。
「コイツは…………、っっ!?!?」
「おれのギルドカード」
そう。あたしがお兄さんに投げたのは、あたしのギルドカード。
しかもドコも隠してない、上から下まで全部載ってる、正規状態な。
「ソレでおれが魔人族じゃないって証明にはなるっしょ?」
「……マジでか……いや、偽造……」
「本気で言ってる?カードの表示を管理してんのは『記録の神』よ?」
あ。絶句。
お兄さんの後ろから覗き込んだコワモテさんも、絶句。
「おいゲイザー、どうした、一体何だという、ん……」
ソロソロと近付いて来た王子サマも、お兄さんが手にしてるモノを見て目を見開いた。
その目が、あたしにギチギチと向けられる。王子サマだけでなく、お兄さんのも。コワモテさんのも。
そんな見るからにし・ん・じ・ら・れーん!!て顔は、次の瞬間、ハッとした表情になり。
「――――も、申し訳!!」
「はいストップ」
王子サマの出鼻を挫く様に、あたしはひらりと手を振った。モチロン、金髪を抱き寄せてない方の手だ。
「おれ面倒事ダイキライな人だから。いや人じゃないけど。ソレに、人の性質は良く知ってるつもりでね。だからコレまたあんまり好きじゃないんだ――――特に王族貴族なんてのは」
にぃっこり。余所行きの笑顔を張り付けて。
「ってワケでトンズラさせてもらうよ!あでゅー!!」
「えっ?あっ?はぁあ!?」
『やっぱ逃げんのかよ!?』
あっはっはっ当り前じゃないさそんなの。
ばっさり羽根を広げ、急上昇。
思わず、て感じに金髪がガッシリしがみ付く。
1分と経たずに雲を突き抜け、見下ろした街はジオラマよりもちっちゃく、人なんか黒い点にしか見えない。
…………調子乗り過ぎましたすみません。
たっか!!ココ高っっ!!
あ、何だか眩暈が。
『おいおいおいおいぃい!?シッカリしてくれよマヌ!!』
うんムリ。メーレ一旦元に戻って。
「しっかたねーなーもー」
あたしの肩から飛び降りて、ナニも無いのにあたしの目の前に着地したメーレが、ぐぐんと本来の姿を取り戻す。
あたしはその姿に近付いて、メーレの背中に金髪ごとよっこいしょっと座った。
「…………何で…………」
その金髪が、ぽつりと漏らす。
ん?ナニが何で?
「…………何故、オレを連れてきた?」
「え。だってお前おれの奴隷っしょ?」
そりゃ一緒に持ってくさ。
人しかいないど真ん中に、人から忌み嫌われてる魔人族を1人残すなんてそんなオッソロシイ事もやりたくないし。
ギルドカードと宿の荷物は諦めた。正体バレた以上、なんか細工してくるだろーし。最悪使えなくなるだろーし。宿に残してる荷物も部屋着用に置いてた数着だけだし。
あたしの返事を聞いて、金髪は押し黙ってしまった。何故。
「取り敢えずマヌ。俺はその羽根しまってくれる事を希望する」
「ん?ああごめんごめん」
俯いた顔を覗き込んでやろうとして、けどメーレに言われて出してた羽根をナイナイする。
そして、取ってたピアスを耳に着けた。取り敢えず右側10個だけ。
「んで、コレからどーすんの?おばちゃんトコには戻んねぇんだろ?」
「うんまあ。取り敢えずアソコの山にでも身を潜めようか」
指差したのはシュリスタリアの南側。小物ドモがゾロゾロ這い出て来た森。の更に先。
暫くは、人気の無いトコロに隠れる必要があるだろう。
幸い、目標にしたあの山は大きくて、人里からは程遠いっぽい。
「あーあ。俺まだ食ってないの色々あったんだけどなー」
「おまいがあんな大声で言わなきゃまだ誤魔化し様もあったんじゃないか」
「…………ゴメンナサイ」
しゅーん、と項垂れたメーレが、ちろんとあたしを見る。
そんなメーレの頭をウリウリとかき混ぜて。
「取り敢えず行こう。イイ加減地面が恋しくなってきた」
「うーい」
あたしの言葉に、メーレがてっくてっく歩き出す。
モチロンココは空中で、足の踏み場になる様なモノはない。
「…………あ、の…………」
「うん?」
そろり、と掛けられた声に、目をやった。
…………ををう。ナゼナニどーして上目遣い。
「…………その、お前…………お前は、本当、に…………?」
あ。なんか何が聞きたいのか解った。
てゆーかアレを見てまだ納得しないのか。
「ま、疑うのも仕方ないかもだけどね」
ちろちろとあたしを窺って、聞くか聞くまいか躊躇してる金髪。
そんな彼に、あたしは笑って。
「コレでもちゃんとした、歌って踊れる異界の神様モドキだよ」
答えを返した。
1章おわし。しばらく充電します……多分ひと月くらい。