20・誰だって大事なモノが壊されたりなんかしたら怒ると思う
顔が引き攣っても仕方ないと思う。
魔獣って、魔獣……うん、ふつーは、アレが魔獣なんだろーなぁ。
イイ感じ、どころかかーなーり、イっちゃってるんですけど。
アレ無理。近付きたくない。
見れば王子サマも騎士も兵士もランカーもみんなみんな、瘴気というか邪気というかに押されてる。
しかも見た目すっごいインパクト。
おかーさまよりデカイんじゃなかろーか。5メートルは悠に超えてるよ多分。
なのにばばっちくてガリガリで、なっがい爪に紅い4つの目がコッチを見てる。あ、2匹だから8個か。
本能を手放して狂った魔物達すら恐怖に呑み込まれて動けなくなるホド、威圧はドス黒くて重い。
しかも1匹の魔力がかなりヤバいんだけど。
あたしの魔力のみを糧にしてて全力を出せない『今の』メーレじゃ勝てないし、封印のピアスを着けまくった『今の』あたしでも確実に下回る。
ついでにこの世界、魔術師の数は限られてる上に戦闘で使えるのはほんの一握り。
しかも威力が高ければ高いホド、媒介は複雑怪奇で時間が掛かるから、魔術部隊の皆さんがデカイのブチ込むまでに前衛さん達が時間稼げなかったら、その時点でゲームアウトだ。
そしてそもそも、この北門に魔術部隊は配置されてない。
『けどマヌ、コトアイツに限っては、時間稼ぎ出来たとしてもアウトだぞ』
え。何で。
『アイツ魔術も食うんだよ。属性取っ払って魔力だけにして。そーゆー特質持ちなんだ。だから効かねぇドコロかパワーアップすんの』
…………なんて悪食。
『しかも魔獣って、俺等も含めて毛皮に魔力帯びんのがデフォだからさ。ふつーの武器じゃ傷も付かねぇぞ』
………………おかーさま。どーやってそんなのを完膚なきまでに叩き潰せと。
1匹だけならどーにか、手数の多さにモノ言わせてボコりまくれば何とかなったかもしれない。
だけど目の前の、視界に入れたくもないのに無理矢理入ってくる巨体は2匹。
コレは詰みですかそーですか。
「……むっ、無理だあんなヤツ……」
恐々とした兵士さんの声が震える。
確か魔獣はSランクを軽く超えて、最上級のSSSだっけ。
自然災害とおんなじレベル。確かにふつーの人ならそーなる。どーやって人に止めろと。
「……ちっ、甘く見ていたな」
思わずゲッソリしてたら、近くで苦々しい舌打ちが聞こえた。
って王子サマ、何時の間にこんな近くに。下がらなくていーの相手は魔獣よ?
って言っても聞く耳なさげだから言わないけど。代わりに。
「――――増援ってさ。望める?」
「……ああ、さっき伝令を走らせた。直に父上の白光騎士団と母上の魔術部隊が来る筈だ……だが、ソレまで我等が保つか如何か……」
ふぬ。援軍要請は済み、っと。
「…………1匹だけなら、何とか足止め出来る?」
「…………まあ、此方の被害も大きいだろうが、恐らくは。だが2匹同時となると、無理だな」
うーん。やっぱ数の暴力でも2匹は無理か。
なら、やっぱり。こーなったら、気は進まないけど。
「…………解った、1匹はおれが止める」
「………………………………は?」
ばっ!!とあたしを見た王子様の視線がイタイ。
突っ込まないでもうソレ以上はお願いあたしコレでもノミの心臓なんです。
「ちょ、待て、おま」
「初っ端から全力で……行かせてもらうよ!!」
飛び出す。
ターゲットは右側のデカ犬。
釣られて動き出した小物共には目もくれず、ただただ一直線に。
「っ、無謀だ!!」
コワモテさんの咎める様な声がしたけど無視だムシ!!
「喰らいな!!」
無数の火炎の球を生み出して、一気に、嗾ける!!
『って、うをいマヌっ!?』
だいじょーぶ!!ちゃんと考えてる!!
取り敢えずまずは1対1の状況に持ってくのが先決よっ!!
この程度で倒れるなんて思っちゃいないがけっこーな目晦ましにはなるっしょ!!
そして透かさず走りながらブン!!と思いっきり輪刀を投げ付ける。弧を描く刃は、デカ犬の首目掛けて飛んで行く。
ついでにコレでその首切り落とせれば尚良し!!
――――…………と、思ったけど。
ばくん!!と1番最初に着弾しそうだった火炎球を食べられた。
やっぱ食べられた!!
その後ドゴンガゴン!!て他の球が着弾したけど、デカ犬は毛の1本すら燃える事なく。
もうもうと上がる爆煙。ソレを斬る様に、輪刀が突っ込む!!
がぎぃん!!
『止められた!!』
予想範囲内!!――――そして、まだまだだ!!
「降り注げ!!」
突っ込んでこうとした脚を急停止。
大気中の水分を幾重もの針状の氷にし、広範囲に降り注がせる!!
オマケだ!!コレで終わると思うなよ!?
「絡め取れ!!」
地表を蔦の様に這う氷が、コッチに突進してこようとしたデカ犬の足を凍らせ地面に縫い付けた。
しばらくソコ動くな駄犬!!
止めていた脚を再び動かす。凍った足にもがく、近い方のデカ犬目掛けて、新たに出した大鎌を振り上げる。
――――降ろす先は、太い頸!!
「グルァアアアァァアア!!」
「っ!?降りろ!!」
光の盾構築間一髪!!
つか火ぃ吐くのかコイツ!!ってそーいや初っ端から火の球投げて来たっけ!!
てゆーか縄張りでもないクセにこの威力ってどんだけ!!
しかもバキン!!って、ああっ、氷砕けた!!
「っくぅっ!!」
『マヌ!!』
振り上げられた爪が、豆腐でも切るみたいにサックリと光の盾を引き裂く。
仰け反らせた頭。前髪が何本か舞い。顎のスレスレに鋭い軌跡が通って。
大きくバク転、更にバックステップで大きく距離を取った。
さっきチクチク氷で刺されてたデカ犬は、ぎろん、とあたしに目を向ける。
…………うっわ。間近で見たらホントに生理的嫌悪感。
おんなじ魔獣なのに何故メーレとこーも違う。
『…………ま、まぬ…………』
んあ?何さメーレ。
『……あ、あのな……』
だから何っ。ちゃちゃっと言ってっ。
『お、落ち着いて、聞いてくれよ?』
だからっ、何がよ!?
『か、髪と目、く、黒に、戻って、んだ、けど?』
……………………………………………………え?
ぱ。胸元に手を当てた。
ぱたぱた。
…………うん。破れてる。
更にぱたぱた、ぱた。
………………うん。ネックレス無くなってるよ。
ぎぎぃ。辺りを見回してみた。
魔物はどーだか解んないが、王子サマやお兄さんやおっさんやコワモテさんや金髪。他の兵士やランカーまでも、あたしに気付いた人はみんな唖然としてあたしを見てる。
ぎぎぃ。さっき斬り付けにいったデカ犬に目を戻した。
その、あたしに振り上げられた爪の先に。何やらキラリと光る物体。
……………………見る影も無く、キレーにひしゃげてる。アレは、紛れも無く。
――――ぷっちーん。
「…………………………ふ、ふふ、ふふふ」
『…………ま、まぬ?』
「うふふふふふふふふ」
『ひいっ!?マヌが壊れた!?』
「うふふふふ…………ごらテメ何ってコトしてくれやがったこんの駄犬んんんぁぁぁああああ!!!!」
ぐわしぃ!!とメーレの胴体を掴む。
そして大きく振りかぶり……
『…………ま、まさか、ちょ、マヌ、止め』
「アレひとつ作るのにっ、どんだけの時間が掛かったとぉぉぉおおお!!」
あたしのっ、あたしの血と涙と汗の結晶うをををおぉぉぉおおお!!!!
『ぎゃーーーーっっっ!!』
「何やってんだお前はーーーーっっ!?」
きゅーん!!と飛んでく白いまふまふ。
あたしはおっさんの素っ頓狂な声にハタと我に返った。
――――そして投げられたメーレはといえば。
見事に叩き落とされた。ハエ叩きみたいにぺちっと。
しかもぷちって踏まれた。あ、ぐりって捻り入れられた。
美味しそうじゃなかったそーですよ良かったねメーレ。
「お前っ!?猫を投げてどうす」
「……ぃいっつまでも汚ねぇ足乗っけてんじゃっっ、ぬぇーーーーっっ!!!!」
「「「なっ!?!?」」」
踏んだデカ犬の足の下から、ぐぐぐと銀の塊が盛り上がってデカ犬を転がした。
周囲はイキナリ増えた新種の魔獣に唖然ボー然。
そんな中、メーレはタタンと軽やかにデカ犬から距離を取って、がるるとあたしを睨み付ける。ちょっと涙目だ。
「うぉいコラてめマヌ!!いきなり投げんなよ鬼かよお前!?」
「おれが許可する!!思う存分暴れてその駄犬ギッタンギッタンのメッタメタにしちゃいなさいメーレ!!」
「聞けよをいっ!?」
「斃せたら今日の夕食にお菓子一品追加ぁ!!」
「ぐっ!!だっだまされねぇぞ!!」
「モチロンおれの手作りだあ!!」
「うぉらソコの飢餓犬ドモ!!俺が相手だ纏めてブッ潰してやる!!掛かって来いやぁ!!」
ふっ、ちょろ甘ですね。
って、おっと危ない何処ぞの陰険メガネの口癖が映った。
「…………アレって、アレも魔獣だよな…………?」
「…………最上位の魔族が、手作りお菓子って…………」
聞こえない!!あたしは何にも聞こえない!!
「メーレ!!取り敢えず1匹だけに集中!!確実に足止めするんだよ、良いね!!」
「お菓子はっ!!」
「生きてたら5品作ったげる!!」
「うおおマヌ太っ腹ーあ!!」
「とゆーワケで!!左の1匹はアンタ等で頼むよ!!コッチもソレ程余力はないからね!!」
「ちょっ貴様待っ」
待ちません。
あたし達がこーしてる間にも、デカ犬共はのっそのっそと。動きは鈍いけど街に向かおうとしてるんだ。
今現在のあたしの魔力は、縄張りにいた時のおかーさまの半分。
更にメーレに半分流して、縄張りにいた時のお子様達よりも少ない。
デカ犬の魔力をかなり下回ってて、時間が経てば経つホドあたしとメーレは不利になる。
そっこーで大打撃を与えなきゃならない。
背後から飛ぶ制止の声を右から左に流して。
あたしは右の耳朶、ふたつのリング型ピアスに指を這わせた。
~・~・~・~・~
走る。
メーレが1匹を、王子サマ達がもう1匹を牽制してる間、恐慌状態から脱した小物ドモの間を縦横無尽に。
走るたびに振り上げ横薙ぎにした大鎌が、魔物の首を胴を跳ね飛ばす。
そんなあたしを包むのは赤い光。展開された魔方陣。
紡ぐ、詩の魔法。
「マヌっ、まだか!?」
――――もーちょっと!!
きぃん、と耳元で耳鳴りにも似た音。淡く赤く発光し出したひとつ目のピアスに、指を掛け。
ぴんっ、と。軽やかに外れた。
瞬間、ドンッと跳ね上がる潜在魔力。
「まずひとおつ!!コレでどーだいメーレ!!」
「ムリ!!まだ足んねー!!」
うんまー解ってたけどねっっ!!
封印具ひとつ。ホントならコレでおかーさまと同等な魔力。
だけど半分メーレに持ってかれてるから、おかーさまをちょこっと下回るだけのデカ犬相手に、足りないのはトーゼン。
せめて後ひとつ。余裕を持って、ふたつは外したい。
…………なのに何であたしこの封印ピアス外す条件、詩魔法を一言一句一切の間違え無しのカンゼン熱唱にしたんだろう…………
ふたつ目の詩を紡ぎ出す。魔方陣が一回り大きくなって、色が赤から淡い紫に変わる。
歌ってる間は他の魔法なんて使えないし、リズムを狂わさない程度の集中は必要。一回でも噛んだら最初からやり直し。
しかも小物はコッチの状況お構いムシで突っ込んでくる。
いや、歌いながら戦うのってキツいわマジで。
足を止めて、鎌を振り回す。振り回しながら、謡う。魔方陣の色が徐々に濃くなっていく。
兵士さんランカーさん達は、あたしが何かでっかい魔術を使う、とでも思ってるんだろう。巻き込まれちゃ適わん、ってばかりに遠巻きなトコで小物狩ってる。
おっさんとかコワモテさんとか、あと金髪なんかは近付きたそーにしてたけど、小物よりもデカ犬の方で手いっぱい。
きん、魔方陣と一緒に何時しか紫に発光してたピアスが、軽やかな音を立てた。
――――よし!!あとひとつ!!
「っ!!マヌ!!ってコラ待て駄犬てめぇ!!」
メーレの怒号が聞こえた。慌てて振り返ってみれば……げげっっ!!バカ犬一匹コッチに突進してくるじゃああーりませんか!?
「ちょっ、メーレちゃんと足止めしとけっつったでしょー!?」
思わず背中から羽根バッサリ出して、空に逃げた。
あっぶな……もお少しで掠るトコだった。
「んな事いったってアイツ無理!!マジあり得ねぇ!!魔力全っ部喰われる!!どんだけ飢えてんだ!?」
「無理もヘチマもないっ!!とにかく今おれに近付けんなってのッうおお!?!?」
火の球!!
直径1メートルはありそなソレが飛んできて、思わず羽根でブロック!!
「マヌっっ!?!?」
「~~~~っっ!!なっ……めんなぁ!!」
魔力にモノ言わせて気合一発。ぜーぜー荒い息を繰り返しながらチランと見たら……うあ、見るんじゃなかった。もー見事なくらいに片羽根がズタボロになってる。
飛び続ける事も出来なくなって、ヨロヨロと地面に着地……とか思ったら、またもや飛んでくる火の塊!!
「阻め風!!」
間一髪で風の壁を形成、火の塊のイキオイを反らして空に打ち上げる!!
って、何で目の前で大口開けたデカ犬!?
「俺の契約者にっ、ナニしやがんだーーーーっっ!!」
そのデカ犬の横っ腹に、頭突きかまして吹っ飛ばすメーレ。バチバチと毛が放電してます。
だけど吹っ飛ばされたデカ犬は、メーレになんか興味アリマセンって感じで。あたしを見据えてダラダラ涎を垂らす。
ちょっとあたしもしかしてターゲットロックオンされてる!?
思わず口元がヒキッと引き攣って、背中なんて冷や汗ダラダラ。
遠方で、チマチマと王子サマ率いる騎士さん達やお兄さん率いるランカーさん達が相手にしてたもう一匹も、何故かあたしに向かって突進体制入ってる。
「……臭ウ、臭ウゾ……良質ナ魔力ノ臭イ……」
「……極上ノ魂ノ匂イ……神域ノ御霊ノ匂イ……」
「喰ワセロ!!ソノ血ヲ肉ヲ魔力ヲ魂ヲォォオオ!!」
「喰ワセロ魔ノ宰ァァアアア!!」
ひぃっ!!餌認定されてる!!
しかも何気に神様ってバレてる!?
「主!!許可を!!」
っ、金髪!?
おまっ、魔獣に単身突っ込むって正気!?
「狂戦士化の許可を!!」
しかもスゴい事言った!!
あたしに突進して来ようとしたデカ犬2匹に横槍入れて、メーレと並んで牽制する金髪が一瞬だけあたしに視線を投げる。
狂戦士化って、言ったって!
「もしお前が狂ってっ、その後正気を取り戻す確率はっ!!」
「7割だ!!」
出来れば100%とかって言葉が欲しかったっ。
だけど0よりはマシっ。
「許す!!」
「承知!!――――猫、頼む!!」
「ネコじゃねぇっっ!!俺は銀天琥だっっ!!」
そんなの今はどーだってイイでしょーが!!
戦線を離脱した金髪が軽く目を閉じ、すう、と呼吸を整える。
モチロンそんな無防備な姿を、放っておくホド間抜けな魔物は小物にもいず。
「大地よ!!」
「させるかよ!!っと!!」
あたしが魔法で金髪の足元から土の槍を出したと同時。
金髪に飛び掛かって来た小物を薙ぎ倒したのは、お兄さん。
「強い強いとは思っちゃいたが、お前等魔人だったんか!!」
「っ、金髪は確かにそーだけどっ、おれは違うよ!!」
「だったら何だ!!お前さっき髪も目も黒になったろーが!!」
「そーゆー細々した話は後にしてよ!!今どんな状況か解ってる!?」
「そーいやそーだな!!コイツの事は任せろ!!イスター!!てめぇも来い!!」
「ありがとお兄さん!!」
「礼は良い!!後でキッチリ聞いてやる!!逃げんじゃねーぞ!!」
…………あっはっはっそんなん逃げるに決まってるっしょ。
金髪を傭兵兄弟に任せて羽根をしまう。
そして大鎌をチキリと構え直し。
「王子サマ!!路線変更!!デカ犬ドモの狙いはおれ1人に絞られた!!オタク等は小物ドモの殲滅宜しく!!」
「――――っっ、聞けん!!このまま周囲の魔物を蹴散らしつつ、魔獣を追撃!!白光騎士団と魔術部隊が増援に来るまで、何としてでも持ち堪えろ!!」
っておいコラちょっと待てぇい。
「デカ犬ドモはおれ等で引き受けるっつってんの!!」
「魔人の言う事など信じられるか!!大体っ、コイツ等が襲って来たのも貴様の手引じゃないのか!?」
――――かっっ、ちぃーんっっ。
「…………ヨシ解った」
ざんっっ。向かって来た緑の巨人を無造作に一刀両断。
「おれ等はおれ等の自由にさせてもらう」
ばさり。再び出した羽根で空へ上昇。
「――――巻き込まれても、文句は言うなよ?」
あたしは、据わった目で王子サマを流し見た。