19・ヤらなきゃいけない時くらいあたしだって解ってるっての
夜が明ける。
空がゆるやかに白く染まっていき、そして徐々に鮮やかな青に移り変わっていく。
ひそひそがやがや。興奮と緊張を孕んでじっと時を待つ戦士達。
兵やランカーは、全ての門に配置された。その中でも最も多いのが、魔物達が現れるであろう森を正面に据える、この東門。
1番の激戦予定地だ。ソレ故に、腕の立つランカーや騎士が多い。
「B以上のランカーは前に出て魔物の数を減らす。ソレ以外のヤツ等は、俺等が獲り零した魔物の掃除だ。良いか、必ず複数で確実に息の根を止めろ。間違ってもバリケード突破させんじゃねぇ」
その中でも左翼に展開する事になったランカー達の前で。お兄さんがキビキビと言い放つ。
殆んどのランカーは血の気が多くて何でお前の言う事聞かにゃならんのだ、ってなってたけど。お兄さんが『黄昏の鋼』団長さんって聞いて沈黙した。
何でもお兄さん、パーティでロックドラゴンってのを倒した事のある、世界でたった2人しかいないっていうSSランカーだそうで。そりゃあ逆らえんわな。
…………てゆーかあたしGランクなんだけど。何だって前衛組に組み込まれてるんですか。
『仕方ないんじゃね?マヌだし』
いやだから何故。
「よう!色男!」
うをう?
すっこーん、て後頭部に当たるくらいおっきな声に、あたしは後ろを振り返った。
隣にいた金髪も、眉をひそめてあたしに倣う。
「…………誰だ?」
「……あー、おれが予選で負かしたAランカー」
「………………A?」
だかだかと近付いてくるおっさんを見ながら、こそっと金髪に言って。
「お前もココの配属になったんか」
「……そーゆーおっさんも?」
「おっさ……止めてくれよ俺ぁコレでもまだ27だぞ?」
うん。んな事言われても見た目が熊だから解らんし20過ぎたら子供にとったらみんなおっさんおばちゃんだ。
「まあ、何かあったら宜しく頼むぜ?――――トコロでそっちのは色男のお仲間か?」
「いんや、奴隷」
『ついこないだ買ったんだよなー』
「そうか奴隷かー…………は?」
あら。おっさん何故固まるのかしら?
「いやいやいや。女なら解るが何故に男を」
「んー、なりゆき?」
『しょうどー?』
そして何故そんな呆れた顔であたしを見る。
ソレから金髪。お前はそんなこれ見よがしに溜息吐くな。
「…………まあ、色男がソッチもイけるなんざ俺にゃ関係ねぇが。何でんなトコにまで奴隷連れて来てんだ?」
ちょっと待てソッチもイけるって何。確かにイけるけど。
ってゆーかそーよね。コイツココにいたって邪魔よね。ついこないだまで重傷人だったし。
「金髪。お前宿に戻っててイイよ?」
ちろん、と後ろを見やる。
「…………いや、一緒にいる」
「…………お前病み上がりっしょ?」
ココがドコで今から何するか。尚且つ敵の規模なんかも、大バカでも無い限り把握してるハズ。
なのに一緒にいる?
お前ついこないだまでボロボロだったの忘れたの?
ココ数日でマトモな食生活になったからって、今もまだ骨が浮きそうなくらいに細いのに。
「…………戦える」
「得物は?確か剣だったよね?」
「戦える」
うわぁ。言い切ったコイツ。
「何だ、お前戦奴か……って、ホントに何でこいつ買ったんだ色男?お前そもそも強ぇからいらねんじゃね?」
だから成り行きって言ってるでしょーに。
「まあ、剣が使えるって知ったのは買った後だけど。いんじゃない?1人で出来る事にも限度ってのがあるし」
「……前から思ってたがお前けっこー能天気だよなぁ」
む。そんな事ないよコレでもイロイロ考えてんだよ?
『すぐメンドくせーって投げるけどなー』
そしてメーレお前はイチイチ一言多い。
「けどよ、戦奴なのに何の装備も武器もねぇってのはどーなんよ」
そうは言うけどね。金髪が着てるのはあたしの練成した服だ。普段着用だから付加は付けてないけど、あたしの魔力が籠ってる分下手な防具よりは頑丈よ?
まあでも、武器が無いのは確かにアレですな。
「…………無手でも、ある程度は戦える」
おいおい。コイツホントに戦う気満々だな。
『コイツバトルマニアっぽいからなぁ。止めても無駄だと思うぞマヌ?』
……みたいですねー。
「…………剣って、何使ってた?ロング?ショート?幅広のバスター?」
「…………お前の、腰にあるのと同じくらいの長さの、普通の片手剣だ」
「ふぅん」
なら、アレかしら。
右手をポーチに突っ込んで、腕輪を発動させる。
そして、ずるりと引き出したのは、サーベルみたいな柄に蒼い刀身の、一本の剣。
某ゲームであたしが良く主人公に持たせてた武器ソノイチだ。S・A・B・Cある4段階ランクのウチの、Aランク。
おっさんと金髪が息を呑んだ。まあ解らなくもない。
あたしはぺいっと、その剣を金髪に投げた。
「アンビシオン。貸してあげる」
「…………っ」
慌てて抱き抱えた金髪に、ふ、と笑い。
「ポーチ型のワンダーバッグなんざ初めて見たぞおい。ドコで買ったんだ?」
「きぎょーひみつです」
自分で作ったなんて言いませんよ、ええ。
「伝令!!シュトラの森より敵影を目視で確認!!各自戦闘に備えよ!!繰り返す!!――――」
……っと。
とうとう、来たみたいだ。
伝令役らしい兵士さんが叫びながら走って行くのを横目に、おっさんや金髪、他のランカー達の顔つきも変わった。
緊張が膨れ上がる。ざわめきが、静かに凪いでいく。
――――今からココは、戦場になる。
『…………なあ、マヌ』
うん?何だいメーレ。
『……準S級、ってさ。数百匹くらいって、言ってた、よな?』
うん。らしーですが。
『どー見繕っても千以上いんぞ?』
「はぁあ!?!?」
思わずぐりんっ!!と森を見た。
大声上げたあたしに、おっさん金髪含む、周囲のみんながビックリする。
そんなのを無視して、最前線中の最前線、ランカーの列から走ってポッと数歩抜け出した。
「よお!!どーしたよマヌ!?」
聞こえてたらしい、お兄さんからの声に、だけどあたしは森を凝視したまま。
…………うん。ホントにいるよ千以上。
まさかコレってアレか!?ゲームに良くある!!
「お兄さんヤバい!!おれ等目測誤った!!」
「ああ!?何の目測だ!!」
「数百じゃない!!軽く千超えてる!!チェーンだ!!」
「はあ!?千!?つかチェーンって何だ!?」
「狂った魔物に他の魔物が触発されて一緒に暴走する現象の事だよ!!」
「んな!?」
怒鳴り合うあたし達の目の前で、森の中を蠢いてた影が徐々に輪郭を形作っていく。
その中には、話にあったグレイドッグだけじゃなく。
「…………オーガにダグベア…………」
「…………ベクドスまでいやがる…………」
「…………ジーザス…………」
戦々恐々。そんな感じの声が、そこかしこから上がった。
……ヤバい。中にはパーティでAランク、つまり単体でSランクなヤツもいる。
そんな、中。
「――――引くな!!怯むな!!恐れるな!!」
びぃん、と。とても良く通る声が木霊した。
「誇り高きファルガスの戦士達よ!!自由を愛する気高き冒険者達よ!!今こそその武勇を振るい見せ付ける時!!」
振り向けば。陣を組んだ隊列よりも一歩前へ出て。白い馬に跨りスラリと剣を天へ抜き放つ、赤銅色の鎧姿。
「見誤るな!!たかが千!!獣如き、常に己を鍛え続けて来た我等の敵では無い!!」
ソレはまるで英雄だ。
おとぎ話の中に出てくる、人々を纏め導いて、苦難を乗り越える。
誰もが彼の姿に目を向けた。真っ直ぐ前を見据え、皆を鼓舞する様は、正しく。
「勝利は我等の手にある!!――――全軍、前進――――!!」
『雄雄雄雄雄雄雄雄雄ッッッ!!!!』
掲げられた剣が振り下ろされる。
同時に起こった鬨の声は、大地を震わせた。
~・~・~・~・~
ドレだけ時間が経ったんだろう。
あたしは魔物を斬って斬って斬りまくってた。
ざしゃあ、と。縦真っ二つに割られた緑の巨人が、崩れ落ちる。
あたしはそのまま瞬時にバックステップして、背後から飛び掛かってきた犬モドキを、振り向きざまに薙ぎ倒し。
『マヌ!次うしろだ!!』
「おうさ!!」
再び軸足でくるりん、下段から袈裟掛けに刀を振り上げる!!
「おい色男!!突出すんな!!囲まれんぞ!?」
後ろからおっさんの声がして、噛み付こうと迫ってきてた角付き兎(確かボーンラビットとかって名前だった)を2匹いっぺんに切り捨てながら振り向けば、前衛部隊からは悠に10数メートル離れてた。
をを。お兄さんもコワモテさんもサスガ。
あの赤銅鎧もナカナカ……でも何と王子様らしい。いーのか一国の王子がこんな最前線に出て。
意外といえば意外なのかな。金髪がSクラスの魔物とタイマン張れるくらい戦えるとは思ってもみなかったけど。
「……ちっ、やっぱ多いね」
小物大物含め、魔物はまだまだ森から出てくる。
ランカーさん達も兵士さん達も善戦してるけど、こりゃあちょっと、ヤバい。
魔物はどいつもコイツも、狂気に侵された濁った赤い目だ。元々本能で生きてるのに更にそんな感じだから、足吹っ飛ばされようが目貫かれようがお構いなしで向かってくる。
痛みも死も恐れない。そんなの相手にしてたら、疲労が溜まる。通常よりも早く精神的に。
しかもまだまだ湧いて出てくる。押し寄せてくる津波みたく。
そんな魔物の群れに向かう戦士達は、いつか呑まれて崩れる防波堤、にしか見えない。
その津波を止めるには?
――――もっと高くて強い壁がいる。
『うげっ!マヌっ、厄介なのがいる!!あのでっけーサイもどき!!赤鎧んトコ!!』
ぬぁんですと!?
ざんっ!!と、もじゃもじゃな半人半馬もどきを叩き斬って、ぐるんっと振り返って見れば、ソコにいたのは鈍色な軽4トラックくらいのでかさのサイもどき。
……アイツ動きは鈍いけど皮が鉄並に硬くて魔法も効き難いんだよねっ!!
そのお陰でホンットにトラックどころかブルドーザーみたく目の前のモン押して潰してすんだよねっっ!!
襲って来た緑のでっかい鶏もどきを切り捨て、特攻。
駆け抜けざまに数匹の魔物を蹴り倒し吹き飛ばしながら、刀を下段に構え……ええいっ、うざっ!!飛び付くな駄犬!!
掛かって来た犬もどきの牙を、咄嗟に刀で受け止め――――
ばきんっ。
『あっ!!』
げっ折れた!!
「おい!?」
「っ危ない!!」
金髪の焦った声と、王子サマの声に、あたしは瞬時に折れた刀を『鞘』でなく『腕輪』に戻し。
「…………伏虎、」
『うげげっ?』
四方八方から、飛び付いて来ようとする魔物ドモ。
メーレが慌ててあたしの肩から胸元、服の中に無理矢理入る。
あたしは気にせず、ほんの少し腰を落として。
――――その体制から、『違う』柄を掴んで薙ぎ振るう!!
「跳撃!!」
剣の重みを利用して、風圧作って浮かせた上に魔物達を斬り付ける。何度も何度も、あたし中心に円を描きながら。
某チョコボ頭の大剣に、某死の恐怖の技だ。さて効果は如何程かっ!?
斬られた魔物達は小さくなっていく。前脚を飛ばし、首を飛ばし、胴を飛ばして尻尾まで斬られて。
見事に細切れにしてくれました!!
一通り振り回して地面に着地した時には、あたしを中心に丸く赤い残骸がばら撒かれて。
うわっ自分でやっといて何だけどすっごい悲惨!!でも気にしない!!
『ちょっとは抑えてくれよマヌ!!俺落ちるかと思ったじゃんか!!』
「はっはっはっ気にするな」
『気にしろって!!』
さぁて獲物はまだまだいます。ターゲットろっくおん!!まずはあのデカい図体!!
ぐるん、と大剣を頭の上で回し、ギチリと構え――――
「秘奥儀!!」
地面を蹴る。邪魔が入る前に切迫。気付いてのろりとコチラに向こうとする巨体。けど、遅い!!
「重・装・甲・破ぁ!!」
頭上に飛び上がって、空中から剣を連続で叩き着けた!!
「オマケだっ!!貫け光ぃい!!」
『ちょっ待てソレオマケじゃねぇだろぉおおっっ!?』
地面に減り込んだサイもどきの足元、巨体をすっぽり包むくらいの白い魔方陣が浮かんだ。
と同時に、8本もの光の槍がサイもどきを囲み刺し貫く!!
「ギュウゥゥゥウウアアァァァアアアアア!!」
断末魔。
光の槍に、地面に縫い付けられたサイもどきは、しばらくうごうごと蠢き――――完全沈黙。
「よっし次ぃ!!」
『次ぃ!!じゃねーよ!!最上級魔術がオマケってナニ!?てゆーか魔法使わないってゆってたじゃんマヌ!!』
「コト今回のコレに関しては出し惜しみしない事に決めた!!」
いくらあたしが事なかれ主義の平和主義者だからって、コレはダメ。絶対。
ライラさんもリチアちゃんも、トマさん串焼きのおっちゃん果物屋のおばちゃん。
みんなみんな、死んで欲しくない。
ソレにイメージだけで詠唱も『力有る呪』もナシの低威力バージョンだからあんなのオマケでじゅーぶんだっ!!
『ひ、開き直った!?』
ニヤリとメーレに意地悪く笑いながら、あたしはダッシュ。
目指すのは、出来るだけ人から離れたトコロ、だっ。
飛び掛かってくる魔物ドモを蹴倒し切り捨て半径50メートル内は誰もいないトコまで。
「おっ、おいお前!?」
「ソコのランカー!!戻れ!!」
「孤立するぞ!?」
――――あたしはその孤立を狙ってんのさ!!
ざしゅっ、と噛み付きに来た駄犬の首を落とし、右手をポーチに突っ込む。
そして取り出したのはひとつの小瓶!!
『げっソレっ』
メーレが何か顔からザァッと血の気引かせた様な気がしたけど無視だムシ。
使う気は無かったけど使わせてもらおうあたし特製ダークボトル!!
きゅっ、と歯で蓋を取ってぶちまける。
同時に掛かって来た兎もどきを胴体真っ二つにして。
あたしの周りにきらきらと、黒い粒子が舞う。
その匂いだか何だかに惹かれて、その場にいた全ての魔物達があたしに向いた。
………………うんやっぱり使わなきゃ良かったかも!!
だけどコレで他の人達が相手にする魔物は減るでせう!!
飛び掛かってくる魔物共を切り倒し薙ぎ倒し――――ああもうっ、滅多に使わない大剣ってやりづらいな!!
しかも何かすっごいイヤな気配!!森の中からコッチに近付いて来てる!!
――――もう直ぐ、来る!!
使い難い大剣を一旦腕輪に戻し、左足を軸に、新しい『柄』を掴みながらぐるん、一回転。
そして、遠心力にモノ言わせて新しく出した『ソレ』を投げ付けた!!
すぱぱぱぱんっっ!!とイキオイ良く飛んでいくソレに、憐れ見事に断ち割られていく魔物達。
そしてギュルンとブーメランみたく手元に戻って来たソレを危な気なく受け止めて、ちきり、円を描いて構えてみせた。
うふふ。一度使ってみたかったのよね。某日輪大好きなオクラ様の輪刀。
思った以上に広範囲殲滅と相性がイイわ。コレでサクサク行くわよっっ。
『悦入ってるバアイじゃねーぞマヌ!火が来る!!』
「っ!――――集え、水!!」
メーレの言葉に、あたしは咄嗟に目の前に魔法陣を展開、周囲の大気を水へと変え。
――――瞬間。
じゅうっっ!!と大量の水が蒸発。
飛んで来たのは火炎の塊。飛んできた先は――――森!!
「…………ハラ、ヘッタ…………」
「…………ヘッタ、ヘッタゾ、ハラガ…………」
「……エサハドコダハラガヘッタゾヘッタゾハラガハラガヘッタハラガハラグワァァァアアアァァア!!」
咆哮。
耳障りな。
生理的嫌悪感を催す。
ネト付く様な。
「………………うーわーぁ………………」
『………………いーいカンジにイっちゃってんなぁ………………』
メーレと2人(?)、揃って盛大に顔をしかめる。
のそり、と木の陰から出てくる脚。随分と汚れた、みすぼらしい灰色。
その足でぐしゃりと逃げる犬を潰して、喰らい付く大きな口。
「…………魔獣、だ…………」
「…………魔獣が出た…………灰餓犬だ…………」
「魔獣だ!!魔獣が出たぞ――――!!」
気付いた誰かの悲鳴にも似た叫びは。
人々に僅かに残っていた平常心を木っ端微塵に吹き飛ばし、恐怖へと追い込んだ。