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読書感想文〜檸檬〜

作者: mhkzmtkmym
掲載日:2026/10/24

重ねた教科書の上に、レモンの替わりにゆずを置いてみた。想像力を高めようと数分かけて粘ったが、ゆずはゆずのままだった。



長男の中学校では毎年も読書感想文の課題が出る。「書を読み感じ想い文にする」事が求められている。大変遺憾である。


長男は本を読めない。自慢にもならないが、常日頃から「ドラえもんと絵本しか読めない」と豪語している。アニメや動画で予備知識を得た上で漫画を読むことは辛うじてなくもないが、よほど気に入って流行っていてなおかつ目の前にある漫画だけ。文章を読むことは基本的に苦痛なのだ。自発的に読むのはプロ野球年鑑くらいだ。



教科書を読むことも苦痛だし、教科書は読んでいるだろうと問うと「読んでない」答える。

わからないことがあれば辞書を引けと言われても引く気は一切ないし、親が調べて開いたページを見せても読もうとはしない。


読書感想文を書くためには「書を読み感じ想い文にする」前に、「書を選ぶ」作業が発生する。声を大にして問いたい。「書を読む」ことすら困難な人間がどうやって「書を選ぶ」ことができるのかと。



なるべく短く、感想を書きやすい本で、家にあるとなお良い。「走れメロス」は去年書かせた。「檸檬」「幸福の王子」「クリスマスカロル」あたりが候補だろうか。


短さ勝負で「檸檬」にしたらしい。「檸檬」には前後があるので結局丸々一冊になるとアドバイスしたが、前後は読まずに勝負するらしい。



夏休み最終日に一度は読もうとチャレンジしていたが、さっぱり意味がわからないらしい。文章を追いかけようと目を凝らすが、紙の上を目が滑ってしまい何も頭に入らないと言う。わからなさすぎて「感じ想う」ものなど出てこないと怒っている。


決して得意ではないが、親なりにヒントを出してみる。


主人公がやたら周囲を冷静に観察しながら歩く様は、遅刻して通勤通学ラッシュの喧騒が過ぎた後、妙に少し静かになった道をゆっくりと当校する自分に似てはいないか。


何かしなければならない事から離れてしまった時に、どうでもいいことが妙にゆっくり目に入ってくる。急がなければならない時に現れる、スローな世界。定期試験中の帰り道もきっとこんな感じだ。



しかし、「檸檬」が爆弾になることだけはどうしても納得させられない。なんとなく、辛うじて、意味はわからないことかもしれない気がするかもしれない?!程度で、親としても実感はないのだ。何か行く宛のない焦りや苛立ちを爆発を想像することで発散させるのだろう、と考えつくだけ。



やってみたら本当に発散できるのだろうか。


本当に盗んだバイクで走り出すのではなくただ歌うだけで、相手を殴るのではなくウサギのぬいぐるみを殴るだけで、「檸檬」が爆発する想像をするだけで。

いま自分を追いたてる様々な物事から逃れられるなら、どんなにすっきりできるだろう。



わからないので一緒にやってみることにした。


台所に行ったがレモンはなく、冷蔵庫にあるのはレモン汁とゆずだけ。

ゆずを持って部屋に行き、散らばった教科書を重ねて置き、その上にそっとゆずを載せた。

目を閉じて、一緒にゆずが爆弾になる想像をしてみよう、と声をかける。


何分たっても、私たちのゆずは爆弾にならなかった。レモンじゃないからなのか。いや、違う。

冷蔵庫にあるレモン汁も、将来買うかもしれないレモンも、ゆずもすだちも小夏も文旦も山北みかんも、決して爆弾にはならない。



「レモン」を「檸檬」にできるのは、おそらく常日頃から「書を読む」人達だけだ。「書を読む」ことを苦にせず、当然と行い、楽しむ人達。「書を読む」ことに苦痛を感じる長男や「書を読む」が消費するだけの親には、理解できない世界。


妬ましいような妬ましくないような、不思議な気分に囚われた。


長男に宿題の感想文を書かせるのが、大変だった話。

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