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1 時空を超える力

 この日を、俺は七年間待ち続けていた。


「次。アルヴェイン公爵家、レオンハルト・アルヴェイン」


 大神殿の中央に置かれた水晶へ、一人の少年が手を触れる。俺より二歳年下の義弟、レオンハルトだ。


 水晶の中で金色の光が渦巻き、広間いっぱいに歓声が響いた。


【氏名】レオンハルト・アルヴェイン

【種族】人間

【天職】剣聖

【天職等級】S

【固有技能】《聖剣適合》《剣理看破》《限界突破》


「おお……! さすがはアルヴェイン公爵家の血筋だ!」


「剣聖とは! 百年に一人の天職ではないか!」


 神官も興奮を隠しきれない様子で告げた。


「レオンハルト・アルヴェイン殿。あなたに与えられた天職は《剣聖》。等級は最高位のSでございます!」


 レオンハルトは一瞬驚いた顔をしたあと、すぐに胸を張った。父上――グレゴール・アルヴェイン公爵も、普段は厳しい顔をわずかに緩めている。その隣に立つ公爵夫人は、涙を浮かべながら実の息子を抱きしめた。


 俺も義弟へ拍手を送る。


「おめでとう、レオン」


「ありがとうございます、兄上」


 レオンハルトは素直に頭を下げた。嫌な奴ではない。幼い頃から剣の稽古を欠かさず、座学にも真面目に取り組んできた。剣聖を与えられたのは、本人の努力もあってのことだろう。

 だが、広間に集まった貴族たちの視線は、次第に俺へ向かい始めた。


「次はいよいよ、あの異界人か」


「七年前、神託とともに現れた少年……」


「異界人には、既存の天職を超えた力が授けられるという」


「いったい、どれほどの天職が現れるのだろうな」


 期待に満ちた囁きを聞きながら、俺は小さく息を吐いた。


 七年前。当時十歳だった俺――橘湊は、学校からの帰り道に突然この世界へ飛ばされた。光に包まれたと思った次の瞬間、俺はアルヴェイン公爵領の森に立っていた。

 言葉も通じず、持っていたのは学校の鞄と、使いかけのスマートフォンだけ。森の魔物に襲われかけた俺を救ったのが、当時領地を視察していたグレゴール公爵だった。


 異世界から来た人間には、特別な天職が宿る。神殿からそう説明を受けた公爵は、行く当てのない俺を養子として迎えた。


 名目上、俺は公爵家の長男となった。衣食住を与えられ、教師を付けられ、貴族としての教育を受けた。元の世界へ戻る方法は見つからなかったが、俺はこの世界で生きることを決めた。


 期待には応えたつもりだ。剣術ではレオンハルトに及ばなかったが、座学の成績は常に上位だった。日本で学んだ知識を使い、領内の帳簿や倉庫管理について改善案も出した。

 父上は何度も言った。


『天職を得れば、お前はアルヴェイン家をさらに大きくするだろう』


 そして今日。十七歳を迎えた俺は、ようやく天職を授かる。


「ミナト・タチバナ・アルヴェイン。前へ」


「はい」


 神官に呼ばれ、俺は家族の前を通って水晶へ向かった。

 父上は何も言わなかった。だが、その目にはレオンハルトのとき以上の期待があるように見えた。義母も、婚約者のアリシアも、俺を見つめている。


「水晶へ手を」


 俺は右手を触れた。冷たい感触が掌に伝わり、水晶の奥に白い光が生まれる。


 頼む。

 剣聖でなくてもいい。魔術師でも、錬金術師でも、商人でもいい。

 俺がこの家にいる価値を証明できる力を。


【氏名】ミナト・タチバナ・アルヴェイン

【種族】異界人

【天職】記録士

【天職等級】E

【固有技能】《記録》


 広間に沈黙が落ちた。


「……え?」


 最初に声を出したのは俺自身だった。

 何かの間違いだと思った。だが、何度見直しても表示は変わらない。

 天職、記録士。等級、E。固有技能は《記録》一つだけ。


「記録士……ですか?」


 神官も困惑していた。


「どういう天職なのだ」


 父上の低い声が響く。


「は、はい。書類や物品の状態、過去に見聞きした情報などを正確に記録する天職でございます。主に書記官や図書管理官に適性を持つ者へ――」


「戦闘能力は」


「ほとんど、ございません」


「魔術適性は」


「天職による補正はありません」


「領地経営に役立つ特殊能力は」


「記憶違いや記載漏れを防ぐ程度かと……」


 広間のどこかで、誰かが吹き出した。


「異界人の天職が記録士?」


「しかもE等級だぞ」


「公爵家は七年間、書記官を育てていたのか」


「静粛に!」


 神官が制したが、一度広がったざわめきは収まらなかった。

 俺は父上を見る。先ほどまであった期待は消え、代わりに明確な失望が浮かんでいた。


「父上。まだ技能の詳しい効果は分かっていません」


「戻れ」


「ですが――」


「儀式の妨げになる。戻れと言っている」


「……はい」


 俺は水晶から手を離した。

 家族の列へ戻ろうとしたが、レオンハルトの横には既に義母が立っていた。俺が入る場所はない。


 婚約者のアリシアと目が合った。彼女は何も言わず、視線を逸らした。


     ◇


「本日をもって、お前をアルヴェイン家の嫡子から外す」


 その日の夜。公爵邸の執務室へ呼び出された俺へ、父上はそう告げた。

 部屋には父上のほかに、義母、レオンハルト、家令、そしてアリシアとその父親がいた。


「……天職が弱かっただけで、ですか」


「だけ、ではない」


 父上は机の上に一枚の書類を置いた。


「アルヴェイン家は北部の国境を守る武門だ。次期当主には、領民と兵を率いる力が必要になる」


「俺は七年間、当主になるための教育を受けてきました」


「教育だけで魔物は倒せん」


「領地経営は戦闘だけではありません」


「戦う力を持たぬ当主に、兵が命を預けると思うか」


 反論できなかった。

 この世界には魔物がいる。隣国との争いもあり、地位の高い貴族ほど自ら剣を取って戦場へ立つことを求められる。父上の言葉にも、一応の理屈はあった。


「レオンハルトを次期当主とする」


 義弟が驚いて顔を上げる。


「父上、しかし兄上は――」


「これは決定だ」


「……はい」


 レオンハルトは拳を握り、黙り込んだ。俺を嘲笑ってはいない。だが、自分が当主になることを拒みもしなかった。


「ミナト」


 アリシアの父親が口を開く。


「君と娘の婚約についても、白紙に戻させてもらいたい」


 予想はしていた。それでも胸が痛んだ。


「アリシアも、それを望んでいるんですか」


「……ごめんなさい、ミナト様」


 アリシアはうつむいたまま答えた。


「私は将来、公爵夫人としてアルヴェイン領を支えるために教育を受けてきました。レオンハルト様が次期当主となられるのであれば……」


「次は弟と婚約する、ということですか」


「それが両家にとって最良の形です」


 七年間の関係が、たった一日で終わった。

 あまりにも分かりやすくて、逆に笑いそうになった。

 天職が強ければ家族。弱ければ不要。


「今後の生活はどうなるんです」


「当面の生活費として金貨二十枚を与える」


「それだけ?」


「平民なら数年は暮らせる額だ」


「俺を屋敷から追い出すということですか」


「アルヴェインの名を名乗らせ続けることはできん」


 父上は俺の目をまっすぐに見た。


「お前は異界人だ。元々、この家の血を引いてはいない」


 その言葉で、何かが切れた。


「……分かりました」


 七年間、父親だと思っていた。義母を母親だと思おうとした。レオンハルトを弟だと思っていた。

 この世界で生きるため、家族になろうとしてきた。だが向こうは違ったらしい。


「明日の朝、屋敷を出ます」


「今夜中だ」


「は?」


「既に馬車を用意させている」


 義母が口元を扇で隠す。


「あなたが屋敷に残れば、使用人たちも接し方に困るでしょう。新しい当主候補のためにも、早い方がよいのです」


 最後まで、誰も俺を引き留めなかった。


     ◇


「七年間住んだ家を、夜中に追い出されるとはな」


 王都の安宿。一泊銀貨三枚の狭い部屋で、俺は一人つぶやいた。

 手元にあるのは、金貨二十枚と着替えが数着。公爵家から与えられた剣も、貴族用の服も、魔道具も取り上げられた。


 残されたのは、元の世界から持ってきた壊れたスマートフォンだけだった。電源は七年前に切れている。それでも捨てる気にはなれなかった。


「ステータス」


 俺の声に反応し、目の前へ半透明の板が現れる。


【氏名】ミナト・タチバナ

【種族】異界人

【天職】記録士

【天職等級】E

【レベル】1

【生命力】15

【魔力】21

【筋力】12

【耐久】11

【敏捷】13

【知力】38

【固有技能】《記録》


 公爵家の名は、もう消えていた。ずいぶん気が早いことだ。


「記録、ね」


 技能名へ意識を向ける。

【対象の状態を記録する】

 説明はそれだけだった。


「何をどう記録するんだよ」


 文字を書き写す技能なのか。一度見たものを忘れなくなるのか。少なくとも、戦闘には何の役にも立ちそうにない。

 腹立ち紛れに、机の上の木杯を手に取った。


「これでも記録してみるか」


 木杯を見つめ、《記録》と念じる。わずかに魔力が抜ける感覚がした。

【木杯の状態を記録しました】


「本当に表示されるだけかよ」


 俺は木杯を机へ戻そうとして、手を滑らせた。

 木杯が床へ落ち、乾いた音とともに取っ手が折れる。


「あ」


 弁償させられるだろうか。拾い上げた瞬間、頭の中に新たな感覚が浮かんだ。

 言葉にするなら――復元。


「まさか」


 俺は折れた木杯を机へ置いた。


「《復元》」


 木杯の輪郭が淡く光った。折れた取っ手が床から浮かび、元の位置へ戻っていく。亀裂が閉じ、数秒後には傷一つない木杯が置かれていた。


「……直った?」


 触れてみる。接着した跡もない。最初から壊れていなかったように、完全に元通りだ。俺はもう一度、木杯を床へ叩きつけた。今度は底が割れ、二つに分かれる。


「復元」


 光が走り、破片が戻って再び一つになる。


「は……?」


 心臓が速くなった。

 これは記憶力をよくするだけの技能ではない。記録した状態へ、物を戻せる。

 俺はポケットから銅貨を一枚取り出した。


「記録」


【銅貨の状態を記録しました】

 銅貨を机の引き出しへ入れ、閉じる。

 手のひらを開き、復元を使った。


「《復元》」


 光が集まり、手の中へ銅貨が現れた。

 慌てて引き出しを開ける。中にも銅貨が残っている。


「増えた……」


 記録した銅貨を復元した。だが、移動させた銅貨は消えていない。

 つまり、複製できる。

 俺は二枚の銅貨を見比べたあと、思わず口元を緩めた。悪戯を思いついた子供のような笑いが、自分でも止められなかった。


「銅貨でできるなら……」


 公爵家から渡された革袋を開き、金貨を一枚取り出す。

 記録して、袋へ戻し、復元する。掌の上へ新しい金貨が現れた。


「はは……」


 もう一度。

 さらにもう一度。

 金貨を袋へ入れては復元し、入れては復元する。最初は二枚だったものが四枚になり、十枚を超え、やがて机の上へ小さな山を作った。


 安宿の魔道灯を受けて、金貨の表面が眩しく輝いている。


「本当に、いくらでも増やせる……」


 希少な薬、魔石、武器、食料。一つでも手に入れれば、いくらでも復元できる。

 俺はそのまま部屋を飛び出した。


 王都の商業区には、夜でも開いている店がいくつもある。まず武器店で、刃のよく研がれた長剣を買った。次に革製の軽装鎧、頑丈なブーツ、冒険用の外套、回復薬、解毒薬、携帯食料、大型の鞄まで揃える。


「全部、ですか?」


 会計台の向こうで、店主が目を丸くした。


「はい。あと、この剣より一つ上の品も見せてもらえますか」


「もちろんですとも!」


 机の上へ金貨を置くたび、店主の態度が目に見えて丁寧になっていく。さっきまで俺の安い服を見ていた店員まで、急に荷物を運んでくれるようになった。

 武器店を出たあとには、安宿へ戻る気もなくなっていた。


 大通りに面した高級宿へ入り、一番広い部屋を頼む。宿の主人は突然現れた若い客に驚いていたが、金貨を見せるとすぐに笑顔になった。


 夕食には、分厚い肉料理と白いパン、香辛料の効いたスープを注文した。公爵家にいた頃なら当たり前だった食事だが、追い出された直後に自分の金で食べると、妙に気分がよかった。


「結局、金があれば何とでもなるんだな」


 食事を終え、装備を抱えて宿の階段を上っていると、廊下で一人の女性冒険者とすれ違った。

 赤茶色の髪を肩の辺りで束ね、軽い金属鎧を身につけている。二十歳くらいだろうか。整った顔立ちをした、かなり綺麗な女性だった。


 彼女は俺の新品の装備を見て、少し足を止めた。


「新人? ずいぶん良い装備ね」


「え、あ……はい。明日、初めて迷宮へ行こうと思って」


「一人で?」


「そのつもりです」


「無理はしない方がいいわよ。新品の鎧は、まだ身体に馴染んでないから」


 そう言って、女性は軽く笑った。


「じゃあね、新人さん」


 彼女が階段を下りていったあとも、俺はしばらくその場に立っていた。

 ただ忠告されただけだ。それくらいは分かっている。それでも、少しだけ顔が熱くなった。


 公爵家を追い出され、アリシアにも捨てられたばかりだというのに、今の俺には金も装備もある。もっと強くなれば、俺を馬鹿にする人間ばかりではなくなるのかもしれない。


「見てろよ」


 誰に言うでもなく、俺は呟いた。

 部屋へ戻り、買ってきた装備を並べる。たった数時間前まで、俺は金貨二十枚だけで放り出された無能だった。


 だが今は違う。力さえあれば、全部見返せる。

 俺は小さなナイフを抜き、左手の甲へ刃を当てた。

 少し怖かったが、浅く引く。


「痛っ……」


 皮膚が切れ、赤い血がにじむ。自分自身へ意識を向けた。


「記録」


【ミナト・タチバナの状態を記録しました】


「いや、傷を負ったあとに記録してどうする」


 俺は苦笑し、もう少し深くナイフを入れた。血が手首へ流れる。

 先ほど記録した状態へ復元する。そう念じた。


 光が左手を包み、傷が消えた。二本目の傷だけではない。最初につけた浅い傷まで残っていない。流れ出た血も消えていた。


「身体も戻せる……」


 怪我をしても治せる。

 毒を受けても、毒を受ける前へ戻せるかもしれない。

 戦いで腕を失っても。致命傷を負っても。死ぬ前に復元できれば、なかったことにできる。


「これのどこがE等級なんだよ」


 笑いが込み上げる。

 父上も、神官も、この技能の本当の力を知らなかった。

 記録士は、書類を書くための天職ではない。あらゆるものを記録し、望んだ状態へ復元する天職だ。


「もしかして……」


 物が記録できる。人間も記録できる。

 ならば、範囲を広げればどうなる。


 俺は部屋全体へ意識を向けた。

 机。椅子。ベッド。壁。床。空気。自分自身。


「記録」


 一気に魔力が抜け、膝が崩れかけた。


 それでも、今までとは比較にならない感覚が頭の中へ刻み込まれた。この部屋の状態が分かる。机の位置、椅子の傷、床板の軋み、部屋を照らす魔道灯の残り魔力。そのすべてが、一つの記録として存在している。


「範囲を……もっと広げられる」


 部屋。宿。通り。王都。

 意識を広げる。


 視界には見えないはずの街並みが、巨大な一枚の図面のように頭へ流れ込んでくる。そして、その奥に何かがあった。


 それはあまりにも大きい。

 都市や国という規模ではない。大地も海も、空も、そこに生きるすべての人間も含んだ巨大な対象。


 この世界そのもの。

 目の前のステータス画面が明滅する。


【技能の使用実績が規定値へ到達しました】

【固有技能記録の真名を確認】

【固有技能世界記録を獲得しました】

【記録可能対象が拡張されます】

【対象:《現在世界》】【世界状態を記録しますか?】


 俺はしばらく文字を見つめた。


「世界を……記録する?」


 物を記録すれば、壊れても戻せる。自分を記録すれば、傷を負っても戻せる。

 では、世界を記録すれば?


 失敗した選択をなかったことにできる。戦いに負けても、戦う前へ戻れる。商売に失敗しても、成功するまでやり直せる。相手が何をしてくるか、一度目で確認できる。死んでも、死ぬ前へ戻れる。


「記録する」


 言葉を発した瞬間、世界から音が消えた。

 宿の外を走っていた馬車。隣室の話し声。窓を揺らしていた風。

 すべてが一瞬だけ静止した。


 目に見えない何かが、俺を中心に世界全体へ広がっていく。大地の奥深くまで。空の彼方まで。数え切れない人間と、生物と、物質と、魔力を包み込む。

 次の瞬間、音が戻った。


【世界状態を記録しました】【復元地点を設定しました】


 俺はベッドへ座り込んだ。大量の汗が流れている。

 だが、疲労よりも興奮の方がはるかに大きかった。


「これで……何度でもやり直せる」


 レオンハルトは剣聖だ。一対一で戦えば、今の俺では絶対に勝てない。

 だが、一度目の戦いで攻撃を覚える。負けたら戻る。二度目も負ければ、また戻る。

 十回。百回。千回。

 勝てる未来へたどり着くまで、何度でも試せる。


「一度しか戦えない奴が、何度でも挑める俺に勝てるわけがない」


 父上は俺を追い出した。アリシアは弟を選んだ。使用人たちは俺を笑った。

 今はまだいい。俺がこの天職の本当の力を見せたとき、全員が間違いに気づく。

 必ず後悔させる。


「いや」


 俺は首を振った。


「復讐だけが目的じゃない」


 俺は自由に生きたいだけだ。家柄にも、天職の等級にも縛られず、自分の力で冒険したい。

 未知の迷宮へ潜り、秘宝を見つけ、信頼できる仲間と旅をする。

 それで結果的に、父上たちが俺を追い出したことを後悔するなら、それは仕方がない。


「まずは冒険者登録だ」


 王都の外には初心者向けの迷宮がある。第一階層には、ゴブリンや角兎程度しか出現しない。

 戦闘能力のない記録士でも、セーブとロードを使えば攻略できるはずだ。

 魔物を倒し、レベルを上げる。迷宮で得た魔石や宝箱を記録すれば、何度でも復元できる。金にも装備にも困らない。


「よし」


 新品の剣を手に取り、俺は笑った。

 明日から、この世界での本当の人生が始まる。


     ◇


 翌朝。


 冒険者ギルドで登録を済ませた俺は、王都東部にある初心者迷宮へ来ていた。

 冒険者証に刻まれた等級はF。受付嬢は俺の天職を見ると、露骨に心配そうな顔をした。


『記録士の方が、一人で迷宮へ入るのはおすすめできません』


『大丈夫です。危険だと思ったらすぐに戻りますから』


 受付嬢は意味を理解していなかった。

 当然だ。俺が世界そのものを戻せることなど、誰も知らない。


 迷宮の内部は薄暗く、壁に埋め込まれた発光石だけが足元を照らしていた。

 剣の扱いには自信がない。公爵家で最低限の稽古は受けたが、レオンハルトには一度も勝てなかった。


 それでも恐怖はなかった。


「記録」


 迷宮へ入ってすぐの場所で、世界状態を上書きする。

【世界状態を記録しました】【復元地点を更新しました】


 これで、何が起きてもここへ戻れる。

 十数分ほど進むと、通路の先から低い唸り声が聞こえた。

 緑色の肌。曲がった短剣。


 一体のゴブリンだ。

 ゴブリンはこちらに気づくと、短剣を構えて走ってきた。


「来い!」


 俺も剣を抜く。

 ゴブリンが右腕を振り上げた。上から来る。俺は剣で受けようとした。

 だが、直前で軌道が変わった。

 ゴブリンの短剣が俺の脇腹へ突き刺さる。


「ぐっ……!」


 想像以上の痛みだった。

 剣を振るが、簡単に避けられる。ゴブリンは短剣を引き抜き、今度は俺の右肩を深く切り裂いた。

 視界が赤く染まり、激痛から呼吸が荒くなる。身体から力が抜けていく。

 だが。


「復…元……」


 世界が反転した。


 痛みが消え、暗闇が光へ変わる。

 気づけば俺は、迷宮入口の近くに立っていた。

 傷はない。剣にも血は付いていない。だが、記憶だけは残っている。


「戻った……」


 本当に戻った。

 死ぬ寸前だった。それでも、すべてなかったことになった。

 俺は笑いながら、再び迷宮の奥へ向かった。


 同じ通路。同じ曲がり角。同じ位置にゴブリンがいる。

 今度もゴブリンは右腕を振り上げた。


 俺は剣を構えない。

 短剣の軌道が変わることを知っている。一歩下がり、脇腹を狙った突きを避ける。伸び切った腕へ剣を叩きつけた。


「ギャッ!」


 ゴブリンが短剣を落とす。

 その首へ、力いっぱい剣を振った。


 一撃では切断できなかった。

 二度、三度振り下ろし、ようやくゴブリンが倒れる。

 荒い息を吐きながら、俺は血の付いた剣を見つめた。


「勝った」


 一度目は手も足も出なかった。

 二度目は、ほとんど傷を負わずに倒せた。


「やっぱりだ」


 相手がどれほど強くても、最初の一回で動きを調べればいい。負けたら戻り、対策を考えて、もう一度戦う。

 それを繰り返せば、いつか必ず勝てる。

 ゴブリンの死体から、小さな魔石を取り出す。


「記録」


【ゴブリンの魔石を記録しました】


「復元」


 手の中に、同じ魔石がもう一つ現れる。


「ははっ……」


 金も。経験も。装備も。命さえも。

 俺には、もう失うものがない。


「剣聖が何だ」


 俺はステータス画面を開く。

【氏名】ミナト・タチバナ

【種族】異界人

【天職】世界記録者

【天職等級】測定不能

【レベル】2

【固有技能】《記録》《復元》《世界記録》


 天職の表示も変わっていた。もはや記録士ではない。

 世界記録者。等級は、測定不能。


「父上がこれを見たら、どんな顔をするだろうな」


 アリシアは。レオンハルトは。俺を笑った貴族たちは。

 いずれ全員が知る。

 無能だったのは俺ではない。俺の価値を見抜けなかった、あいつらの方だ。

 俺は迷宮の奥へ続く階段の前に立った。


 初心者迷宮には、まだ誰も見つけていない隠し階層があるという噂がある。死を恐れず、何度でも探索できる俺なら、必ず見つけられる。


 その先には、特別な宝が眠っているかもしれない。強力な魔法や、信頼できる仲間との出会いもあるだろう。

 昨夜の女性冒険者の笑顔が、ふと頭に浮かんだ。

 俺は慌てて首を振る。


「ここを新しい復元地点にする」


 《世界記録》を発動する。

 空気が静まり、俺の意識が世界へ広がる。

【現在の世界状態を記録しました】【復元地点を更新しました】


「これで準備は整った」


 一度で駄目なら十回。十回で駄目なら百回。

 何度死んでも、いや死なずとも、いつでも俺はここへ戻ってくる。


「俺を捨てた奴らが後悔する頃には、きっと俺はこの世界で最強の――」





意図せず、湊の言葉が途切れた。


 異変を認識したときには、既に冷たい刃が右肩から身体の内側へ入り込んでいた。


 それは剣で斬られたというより、突然、自分の身体へ斜めの亀裂を刻み込まれたような感覚だった。鎖骨が砕け、刃が肋骨を押し分けながら胸郭へ沈む。心臓だけを意図的に外した軌道が、右肺と太い血管を深く断ち切った。


 骨を断つ鈍い衝撃と、内臓を切り開かれる鋭い痛みが、ほとんど同時に脳へ届く。湊は息を吸おうとしたが、胸の内側へ入ってきたのは空気ではなく、自分の血だった。


「――ぁ?」


 口から漏れた声が、ひどく遠く聞こえた。膝から力が抜け、視界が下へ落ちる。つい先ほどまで自信に満ちて見下ろしていた石床が、急速に顔へ近づいてきた。両手をつくこともできず、湊は右肩から地面へ崩れ落ちた。


 何が起きたのかは分からない。だが、理解する必要はなかった。

 戻ればいい。


 ほんの数秒前に、この場所を復元地点として記録したばかりだ。背後に潜んでいた敵も、胸を断ち割った一撃も、そこから生じた恐怖も痛みも、記録以前には存在していなかった。


 世界を戻してしまえば、今の出来事は失敗ですらなくなる。

 湊は反射的に《世界記録》へ意識を向けた。


「復元……」


 血の混じった息が喉の奥で潰れ、まともな声にはならなかった。それでも能力は、言葉で命じなければ使えないものではない。戻りたいという意思さえあれば、世界は保存された状態を再現する。先ほどゴブリンに殺されかけたときも、それだけで時間は巻き戻った。


 ところが、何も起こらなかった。


 痛みは消えず、肺の中では血が泡立ち続けている。心臓は傷ついた身体へ無理に血液を送り出し、そのたび胸の裂け目から温かいものがあふれた。


 湊は何度か瞬きをした。能力が発動しなかったという事実を、脳が受け入れようとしない。


「戻れ……」


 もう一度、今度は明確に強く命じた。

 世界が微かに震えた。


 床へ散った血の一滴が、石の窪みからゆっくりと浮き上がる。それに続き、胸から流れ出した血が細い筋となって傷口へ向かい、切り開かれた皮膚が引き寄せられ、割れた鎖骨が肉の下で音を立てて動いた。


 戻る。


 そう確信した直後、胸の奥で湿った破裂音がした。


「がっ……!」


 喉から大量の血が噴き出す。体外へ流れた血液は、確かに身体へ戻ろうとしていた。だが、それを受け入れるはずの血管や肺は斬られた後の状態のままだった。行き場を失った血液が肺胞と細い血管を内側から破り、閉じかけていた傷口が再び開く。

 湊は身体を丸めようとしたが、右腕が動かなかった。砕けた骨が元の位置へ戻ろうとする動きと、現在の身体が崩れ落ちようとする動きが干渉し、肩から先が不自然に痙攣している。


 どうして。


 戻れと命じた。いつもと同じだった。違うことなど何もしていない。


 それなのに能力は、世界を記録地点へ戻すのではなく、湊が思い浮かべた断片だけを無理に以前の状態へ近づけようとしている。


「がっ……はぁッ…ぐ……」


 血を身体へ戻す。傷を閉じる。骨をつなぐ。その一つひとつは、確かに復元だった。だが、それらを同時に行えば、斬られる前の自分へ戻れるわけではない。


 何秒前へ戻すのか。自分の肉体だけを戻すのか、この迷宮も含めるのか。床へ落ちた血は自分の一部だとして、肺へ入っていた空気はどうなる。剣が身体へ与えた力はどこへ消える。自分を斬った者が見た光景や、石床へ伝わった振動まで以前の状態へ戻す必要があるのか。


 過ぎ去った時間は、そもそもどこに保存されている。

 湊は知らなかった。

 今まで一度も、そんなことを考えたことがなかった。


「ロード……しろ……」


 日本にいた頃に遊んだゲームの言葉が、無意識に口から漏れた。保存し、必要になれば読み込む。それは湊にとって、あまりにも自然な手順だった。


「保存、しただろ……! 戻せよ……!」


 能力へさらに力を注ぎ込んだ瞬間、迷宮の空気が低く軋んだ。壁へ埋め込まれた発光石の明滅が逆向きに走り、先ほど倒したゴブリンの死体が一瞬だけ身を起こす。取り出したはずの魔石が死骸の胸へ戻る一方で、複製されたもう一つの魔石は湊の腰袋に残っていた。


 互いに両立しない二つの状態が、同じ場所へ重なっている。


 湊の視界にも、自分自身の姿が映り込んだ。階段の前に立ち、これからの人生を思い描いている自分。胸を斬り裂かれ、血の中へ倒れている自分。二つの輪郭は半透明に重なり、どちらが現在なのかを決められないまま激しく震えていた。

 やがて、立っていた方の湊の顔が歪み、口を開いた。だが、声は現在の湊の喉から漏れた。


「戻れよ……俺の、能力だろ……」


「戻るって、一体どこにだよ?」


 背後から投げられた声に、湊は血に濡れた指を石床へ立てた。


 振り返ることはできなかった。倒れた身体を左腕だけで辛うじて支えてはいるが、それも四つん這いと呼べるような姿勢ではない。額はほとんど床へ触れ、呼吸のたびに口から血の泡が落ちていた。


 問いかけの意味など考えている余裕はない。つい先ほど、この階段の前を復元地点として記録した。ならば、そこへ戻ればいい。ただそれだけのはずだった。


「保存したんだ……ここで……さっき」


「ここって、ただの場所だろ。もういるじゃねえか」


 男の声には、威圧よりも呆れが混じっていた。靴音が血溜まりの向こうを移動し、男は湊の背後からゆっくりと回り込んで、その正面へ姿を現した。


 目元へかかる程度の黒髪と、黒に近い暗灰色の瞳。濃灰色の戦闘服に、身体へ密着する薄い装甲。胸元には通信器や小型の器具が隙間なく固定され、腰には片刃の長剣のほか、拳銃に似た武器や金属製の拘束具が並んでいる。


 肩から羽織った短い黒い外套だけが、かろうじてこの世界の冒険者らしい輪郭を与えていた。

 恐らく、騎士でも冒険者でもない。


 湊には、まるで異世界へ投入された特殊部隊員のように見えた。

 男は血の付着した長剣を片手に下げたまま、耳元の通信器へ触れる。


「ミナト・タチバナ、無力化完了。これよりゴミ捨て場へ送る」


『エレン。何度も言いますが、正式名称は廃棄世界です』


 若い女の声が、通信器から小さく返った。

 エレン。

 湊は霞み始めた意識の中で、その名前だけを拾った。

 暗灰色の目は無感情ではなかった。血に伏した湊の状態を冷静に観察しながら、その奥には隠しきれない疲れと呆れがある。


「どっちでもいいだろ」


『報告書では訂正してください』


「お前が直してくれ」


『嫌です』


 一体、さっきから何を話している。

 誰と話している。ゴミ捨て場とか、報告書とか、何のことだ。


 湊には何一つ分からなかった。分かったのは、目の前の男にとって、この襲撃も、能力がまともに動かなくなったことも、自分をどこかへ送ることも、最初から決められていた作業の一部らしいということだけだった。


「ふざ、けるな……!」


 湊は《世界記録》へ残った魔力を全力で流し込む。


「戻……れ!」


 床へ広がった血が震えた。石の溝を流れていた赤い筋が重力に逆らい、傷口へ向かって這い戻ってくる。裂けた皮膚が引き寄せられ、砕けた鎖骨が肉の内側で軋んだ。

 だが、戻ってきた血を受け入れる血管は未だ破れたままだった。胸腔へ押し込まれた血液が肺を圧迫し、湊は再び喉の奥から血の塊を吐き出す。ついに左腕からも力が抜け、顔面から石床へ崩れ落ちた。


 エレンはその様子を見て、心底うんざりしたように息を吐いた。


「はぁ。まだやるのかよ」


「ぐッ……黙れ……俺の、能力で……!」


「それで?」


 湊は顔だけをわずかに動かした。


 エレンは湊の腰袋を靴先で蹴る。開いた口から、全く同じ形をした二つのゴブリンの魔石が転がり出た。大きさも色も、表面に走る小さな亀裂まで完全に一致している。


「俺は多元世界管理局から、世界をぶっ壊す可能性があるお前を処理しに来た。ちなみに観測網が拾ったのは、お前が世界全体を保存した瞬間。そのあと痕跡を遡ったわけだが」


 エレンは湊の腰袋から転がり出た魔石を拾い、もう一つと並べた。表面に走る細い亀裂も、内部で揺れる魔力の癖も、見分けがつかないほど一致している。


「大量に金貨を作って、剣や鎧や薬を買い込んで高級宿に宿泊。んで最後に世界そのものをやり直した。能力に気づいてから、まだ一日も経ってないのに大盤振る舞いだ」


「俺の能力を……使えるか、確かめただけだ……」


「普通は、途中で一度くらい踏み止まるぞ」


 エレンは二つの魔石を指先で軽く打ち合わせた。硬質な音が迷宮の壁へ反響し、血の泡を吐く湊の呼吸へ重なった。


「原理も限界も分からない。誰が、何のためにお前へ持たせた力なのかもな。だがお前は、何も考えずに力を振るった」


 湊は眉を寄せた。酸素の足りない頭では、言葉の意味を追うだけでも時間がかかる。


「自分に都合のいい未来だけは、随分先まで想像してたみたいだが」


「俺が……手に入れた力だ。何に使うかは、俺の――」


「勝手?」


 息も絶え絶えにそう反論する湊に対し、エレンが鼻で笑った。


「お前が店へ渡した金貨は、もうお前の手元にはない。店主が商人へ渡し、商人が別の客へ渡す。そこで同じ鋳造痕の金貨が見つかれば、捕まるのはお前とは限らない。……偽造貨幣はどの世界でも重罪だからな。」


レンは、湊の腰に下がった革袋へ手を伸ばした。

 中から金貨を一枚取り出し、石床に並べられた二つの魔石の間へ置く。金貨も魔石も、外見だけならどこにでもある品だった。だが、そのうち一つは、この世界に本来存在しない。

 湊が《記録》によって増やしたものだ。


「目立たないように……使えば……」


途切れ途切れに漏れた声は、反論というより、自分へ言い聞かせるためのものに聞こえた。

 エレンは金貨を指先で押さえたまま、湊を見る。


「複製された金貨だと知らずに受け取った人間が、偽造を疑われたらどうなる。逮捕で済む保証もない。良くて拷問、下手をすれば、その場で殺されてもおかしくない世界だろ」


 湊はただ肩を震わせるだけで、何も答えられなかった。自分が金貨を増やせると知った瞬間、彼の意識にあったのは、もうお金に困らなくて済むということだけだった。

 エレンは金貨を袋へ戻し、二つの魔石だけを掌へ残す。


「戻せば……全部、元通りになる」


「ならない」


 湊が、縋るように魔石を見つめた。だがエレンの返答には、わずかな間もない。

その一言だけで、湊の顔から残っていた希望が薄れる。


「お前は過去へ戻ってるんじゃない。保存した状態に近い別の可能性を引っ張って、今の世界へ上書きしてるだけだ」


 湊の目がわずかに動いた。意味を理解できなかったのではない。理解したくなかったのだろう。

 エレンは二つの魔石を、目の高さまで持ち上げた。


「この石と同じだ。一つを過去から取り戻したんじゃない。別の可能性にあった同じ石を、ここへ重ねて増やした。世界を読み込むときは、それを世界全体でやってる」


「そんな……俺は、戻しただけで……」


「お前が勝手にそう思ってただけだ」


 エレンは片方の魔石を、もう片方の上へ重ねるように指で動かした。


「一度なら、世界が無理に辻褄を合わせる。だが二度、三度と繰り返せば、違う世界が同じ場所へ押し込まれる。選ばれた未来と、捨てられた未来がな。その全てが、同じ世界の場所を取り合うってわけだ」


 湊の呼吸が、浅く途切れた。何かを否定しようとしているのか、唇だけが微かに動く。だが、何も出てはこなかった。


「やがて世界同士が重なり、〝亀裂〟が広がる。最初は記憶の食い違い程度で済むが、次は人間や建物が重なり……最後には全てが滅びる。お前がやっていたのは、何度でもやり直せる巻き戻しじゃない。失敗するたび、別の世界を今の世界へ引きずり込む行為だ」


 湊はそれを聞いてただ茫然としていた。

しばらくして、かすれた声が落ちる。


「知らな、かった……」


「だろうな」


 エレンは二つの魔石を見下ろした。

 湊は、ほんの僅かに顔を上げた。救いを探すような目だったが、エレンの表情は変わらない。そこには責めるような響きも、慰めるような響きもなかった。


「だが、関係ない。俺はお前を処理しに来た」


「っ……」


 湊は反論しようとした。だが、酸素の足りない頭では言葉を組み立てられず、浮かんだ考えも形になる前に崩れていった。血に濡れた唇が僅かに動いただけで、声はもう出なかった。

 その湊の視界の端で、白い光が走る。


 迷宮の壁際に、いつの間にか黒い直方体が置かれている。片手で抱えられるほどの大きさしかなく、艶のない表面には髪の毛よりも細い溝が無数に刻まれていた。規則性があるようで、目で追おうとすると途中で繋がり方が分からなくなる奇妙な模様だ。


 溝の内部を、白い光が静かに走っている。


 そこから伸びた線は壁や床へ染み込み、この一帯を囲む巨大な図形を作っていた。目に見える壁が生まれたわけではない。風も通り、音も聞こえる。それでも、線の内側だけが世界から薄皮一枚分切り離されているように感じられた。

 エレンが湊の視線に気づき、顎で箱を示す。


「ああ、あれか。通称、〝黙らせ箱〟。次元隔離装置だ。この区画だけを、この世界から切り離した」


「俺の、能力を……封じたのか?」


「別に封じてない。力は残ってるぞ」


 エレンは、いまだ湊の胸へ戻ろうとして途中で床へ落ちていく血を見た。不完全ではあるが、能力が働いているおかげで湊はまだ命を繋いでいる。


「今のそれが、お前自身にできる限界だ。これまでは、足りない部分を世界が全部処理していた。つまり、今までお前は空中へバカみたいに『記録』とか『戻れ』とか言ってただけ」


「違う……これが、《記録士》が俺の天職なんだ」


「だったら、ほら。使ってみろよ」


 湊は歯を食いしばり、再び能力へ意識を向けた。

 斬られる前の自分へ戻す。ほんの数分前。傷のない身体へ。


 だが、「数分前」という時点をどう指定すればいいのか分からない。頭の中にある自分の姿はただの記憶であって、時間の座標ではない。

 それでも湊は、力任せに復元を命じた。


 右肩が大きく跳ね、現在の腕とは別に、斬られる前の位置へ半透明の腕が浮かび上がった。二本の骨格が同じ空間へ入り込もうとし、肩の肉が内側から膨れ上がる。


「あああああッ!」


 破裂するような痛みに、湊の絶叫が迷宮へ反響した。


「戻れ! 元に戻れよ!」


「だから、元って何だよ。身体か、意識か。時間はどう指定する。地面も星も動いてる。何を基準に固定する。今のお前の記憶は残すのか。残すなら、保存した時点のお前の意識はどこへやるんだ」


「そんなの……」


 湊の声が止まった。


「知らない」


 絞り出した答えは、ひどく弱々しかった。湊は自分自身の情けなさと激痛に、目に涙が滲んだ。


「でも、さっきまでは使えたんだ。俺が戻れと思えば、勝手に世界が――」


「勝手に、か」


 エレンはもう一度、呆れたように息を吐いた。


「お前ら、本当にそこだけは疑わないよな」


「お前、ら……?」


 湊の疑問を無視し、エレンは長剣を鞘へ収めた。それから胸元の装具へ手を伸ばし、三十センチほどの黒い棒を引き抜く。


『対象次元廃棄転送器、動作状態に異常ありません』


「まだ聞いてたのかよ、ミラ」


『任務通信ですから』


 通信器から再び女の声が届いた。どうやらミラという名前らしい。湊はまったくもって場違いにも、鈴の音が鳴るようなきれいな声だ、と心の中で思った。


「というか、長いんだよその名前。〝ゴミ出し棒〟でいいだろ」


『だめです。その呼称は正式記録には使用しないでください』


「使ってない。口で言ってるだけだ」


 エレンが握り込むと、短い金属音とともに黒い棒が警棒ほどの長さへ伸びた。表面には装飾も文字もなく、先端の鈍い発光部だけが、この世界の武器にはない冷たい光沢を帯びている。

 用途は分からない。それでも湊は、不吉な予感を覚えずにはいられなかった。


「何を……する気だ」


「今言っただろ。ゴミ出しだ。ただ、その前に」


 エレンは腰から注射器を取り出し、湊の首筋へ突き立てた。透明な薬液が押し込まれると、胸から流れ出す血の勢いが弱まり、痛みが急速に遠のいていく。


「殺さ、ないのか……?」


「〝黙らせ箱〟だけでこのざまだからな。ま、もう少し暴れたら殺してた」


 あまりにも当然のように殺害を口にする。だが、その声音に嗜虐性はなかった。湊を殺したいのではない。必要なら殺す。ただ、それだけなのだ。


「それに、向こうへ着く前に死なれると書類が増える」


 エレンは注射器を引き抜き、空になった容器を腰の回収袋へ放り込んだ。湊の胸から流れ出していた血は目に見えて減っていたが、傷そのものが消えたわけではない。

痛みとともに身体の感覚が遠のき、石床へ伏したまま指一本動かすことさえ難しくなっていく。


「向こうって……どこだ」


 掠れた問いに、エレンはきょとんとしながらも胸元の黒い棒を肩に軽く担ぎ、答えた。


「ゴミ出しなんだから、当然ゴミ捨て場だ」


『廃棄世界です、エレン』


 通信器から、間を置かずミラの訂正が入る。


「はいはい」


 どうやらこの男にとっては、呼び方が違うだけの話らしい。

 だが湊には、その言葉が何を意味するのか分からなかった。廃棄世界。少なくとも、まともな場所ではない。薬で鈍っていたはずの恐怖だけが、胸の奥から急速にせり上がってきた。


「ま、待ってくれ……」


 湊は残った力を左腕へ集め、エレンの足元へ手を伸ばした。指先は血に濡れた石床を数センチ滑っただけで止まる。それでも、必死に声を絞り出した。


「もう力は使わない。金も増やさない。世界も戻さない。もっとよく注意して――」


「向こうでやれ」


 エレンは湊の言葉を最後まで聞かなかった。怒鳴りもしなければ、責めるような口調でもない。ただ、既に決まった処理を変更する理由がないという声音だった。


「そんな……俺はこの世界で生きてきたんだ。家も、父親も……」


「昨日追い出されただろ」


 あまりにも淡々と返され、湊は一瞬言葉を失った。


 確かに屋敷からは追放された。父からは家名を名乗ることすら許されず、婚約も一方的に解消された。

 それでも、街の景色も、王都へ続く道も、幼い頃から暮らした屋敷も、この世界で積み重ねてきた七年間も、消えたわけではない。


「それでも、俺の世界だった!」


 湊は喉に残った血を吐きながら叫んだ。


「これからだったんだ!」


 能力さえあれば、すべてを取り戻せるはずだった。

 自分を見捨てた父を後悔させ、弟を追い越し、失った地位も名誉も手に入れる。追放された昨日までではなく、ようやく今日から、自分の人生が始まると思っていた。

 その叫びを聞き、エレンは少しだけ眉を上げた。


「他人の世界は何度でも捨てるのに、自分が捨てられるのは嫌なのか?」


 湊の口がパクパクと開閉する。だが、反論は出てこなかった。

 自分が巻き戻したと思った時間の中にも、人間がいた。そのことは、つい先ほど聞かされたばかりだった。今までの軽率な自分の行為が、今度はそのまま自分へ返ってきているのだ。


「っ………」


 石床を掴もうとした指が、力なく緩んだ。

 エレンはゴミ出し棒の先端を、懇願する湊の胸へ軽く触れさせた。刺したわけでも、強く突いたわけでもない。子供の肩を指で押すほどの、ごく小さな接触だった。

 先端が淡く発光する。


「誰も助けてくれない場所で、自分が本当に何を持ってるのか確かめてこい」


 棒が触れた場所から、湊の身体が淡い光の塵へ変わっていった。


「ま、待って……!」


 最初に消えたのは胸の輪郭だった。それから服と肉体の境界が曖昧になり、光の粒子が腕、首、顔へ広がっていく。

 湊は手を伸ばそうとした。しかし指先まで力を伝えるより先に、その腕も光の塵へ変わった。肉体も、衣服も、身につけていた装備も、すべてが淡く発光しながら消失する。

 粒子は床へ落ちず、空中で薄く溶けるように消えていった。

 迷宮には、血の跡と二つの魔石だけが残される。


『対象、廃棄世界第十九区域へ到着。生命反応は安定しています』


「よし」


 エレンは対象次元廃棄転送機……通称〝ゴミ出し棒〟を縮め、胸元のホルダーへ戻した。


『……少し、可哀想だったのでは?』


「生きてるだけ感謝してほしいね」


『本人には、命を奪われるより、自分の物語を奪われた感覚でしょう。その方が辛い可能性もあります』


「だったら、向こうで続きを書けばいい」


 エレンは二つの魔石を証拠袋へ入れ、壁際の次元隔離装置へ歩み寄った。側面へ指を触れると、無数の溝を走っていた光が順に消え、壁と床へ広がっていた線も、端から解けるように失われていく。


 切り離されていた空間が、元の世界へ接続された。

 迷宮の奥から魔物の咆哮が届き、冷たい風が外套の裾を揺らす。


「次の対象は?」


『帰還後に説明します。ゲートを開くので戻ってください』


「次は、能力を手に入れたその日のうちに世界を壊そうとしない奴にしてくれ」


『希望として記録しておきます』


「はっ、絶対に叶わないやつだな」


 エレンは黒い箱を回収し、外套の内側へ固定した。空中に青白い光が集まり、渦を巻くように円形の門を形作る。


「それじゃ、帰投する」


 エレンは迷いなく、その中へ踏み込んだ。


     ◆


転送の瞬間には、いつも身体の内側だけが半歩遅れてついてくるような感覚があった。 迷宮の冷たい風が途切れ、代わりに乾燥した空気と消毒薬の臭いが鼻へ入る。


エレンが目を開けたとき、足元にあったのは血に濡れた石床ではなく、鈍い光沢を帯びた灰色の金属板だった。


「相変わらず白すぎるな、ここは」 


円形の帰還区画を囲むように、同じ形の転送門が十基並んでいる。そのうち三基が稼働中で、青白い膜の向こうから制服姿の局員たちが次々に戻ってきていた。 


担架へ横たえられた負傷者。封印容器を抱えた回収班。両腕を拘束された、頭部に角を持つ男。


異なる世界から持ち帰られた人間と物品が、同じ白い照明の下で機械的に仕分けられている。 帰還した職員は全員、灰褐色の共通制服を着ていた。胸元には階級章、腰には規格化された装備。防具の形まで統一されている。 


その中で、黒い外套と血の付着した戦闘服を身につけたエレンだけが、別の組織から紛れ込んだように浮いていた。


「帰還者、識別を」


 転送区画の外で待機していた女性職員が、手にした端末をエレンへ向けた。灰褐色の制服は襟元まで隙なく整えられ、胸元には帰還管理を示す銀色の徽章が付いている。


「多元世界管理局 境界保全部・特別班。エレン・ヴァレル」


 端末から伸びた細い光が、顔、虹彩、体温、装備品を順番に走査していく。数秒後、女性職員の手元へ検査結果が並んだ。


「同行者なし。回収物二点。衣服および装備から、複数名分の血液を検出しています」


「ほとんど対象のだ」


「あなた自身の血液も含まれています。右脇腹に裂傷あり」


 言われてから、エレンは防具の継ぎ目を見下ろした。黒い戦闘服の上では分かりにくいが、石片に切られた部分だけ布地が浅く裂けている。

どうやら橘湊が能力を行使した際、無意識の内にエレンへ攻撃を加えようとしたらしい。


「少しは俺のだったか。……あいつ意外と見込みあったのかもな」


「除染後、医療検査を受けてください」


「もう塞がってる」


「前回も同じ申告でした」


 女性職員は反論を待たず、隣の回収台を示した。

 エレンは外套の内側へ手を入れ、黒い直方体を取り出した。片手で容易に扱える大きさしかないが、艶のない表面を覆う無数の溝は、光を失った今も見る角度によって形を変えているように見える。


 回収台へ置くと、職員が端末を近づけた。


「局所次元隔離装置一基。稼働記録は正常に送信されています」


「〝黙らせ箱〟も異常なし」


「正式名称で申告してください」


「今、そっちが言っただろ」


 職員は一度だけエレンの顔を見たが、無駄だと判断したらしい。端末へ何かを入力し、黒い箱を回収枠へ滑らせた。


「対象次元廃棄転送器を」


「はいはい、〝ゴミ出し棒〟ね」


 エレンは胸元のホルダーから短い黒棒を抜き、台へ置いた。

 職員は安全装置が作動していることを確認し、黒棒を専用容器へ収めた。手際がよく、ここでは対象を別世界へ移送するための、日常的な業務であることが伺える。


「医療検査の後、一時間以内に任務報告を提出してください」


「まったく、面倒な部分だけ手動なんだな」


 職員は返答の代わりに、除染区画への通路を示した。


     ◆


 簡易検査の結果、やはり脇腹の傷は石片が皮膚を浅く切っただけで、その他の異常はなかった。


「今回は申告どおりだな」


 検査担当者から返事はなかった。エレンが過去に何度同じことを言ったのか、記録を確認しているらしい。

 除染用の薬液を浴びたあと、隣接する個室のシャワーへ入る。熱い湯が髪と皮膚へ付着した血を洗い落とし、白い床へ赤い筋を作った。


 壁一面の鏡には、古い火傷や無数の切開痕が残る身体が映っている。背中には、肩甲骨から腰にかけて黒い手術痕が幾重にも走っていた。人間の身体へ本来存在しない組織を移植し、定着しなかった部分を切り取り、また別のものを入れ直した痕跡だった。


「相変わらずひどい縫い目だ。……まぁ見ようによっては男らしい」


 管理局の医療班なら、表面上の傷跡だけは消せると言っていた。エレンが断っているのは、傷に何か特別な意味を感じているからではない。数時間も検査台へ固定される方が面倒だった。


 湯を止めると、個室から水音が消え、自分の呼吸だけが残る。

 湊の顔を思い返す必要はない。発言も、表情も、能力を使用した回数も、すべて任務通信へ記録されている。


 それでも、最後に口にした言葉だけは耳へ残っていた。


 ――それでも、俺の世界だった。


「その割には、自分で滅ぼすところだったけどな」


 鏡の中の自分へ言い、濡れた髪をタオルで乱暴に拭いた。

 更衣区画のロッカーには、二種類の衣服が収められている。一つは身体へ合わせて調整された濃灰色の戦闘服。もう一つは、管理局の職員が着用する灰褐色の制服だった。

 支給された日の折り目が、まだ袖に残っている。


 エレンは迷わず戦闘服へ腕を通した。薄型装甲を固定し、注射器、拘束具、通信機を所定の位置へ収める。長剣を腰へ戻し、新しい外套を肩へ掛けた。黒い箱と転送器は検査中のため、二か所の装備枠だけが空いている。


 廊下へ出ると、正面から四人の制服職員が歩いてきた。隊列は整っていたが、エレンに気づくと、通路の中央へわずかな空間が作られた。


「お疲れさまです」


 先頭の職員が形式的に声を掛ける。


「そっちもな」


 敬礼も、露骨な敵意もない。ただ、必要以上には踏み込まないという距離感だけが、訓練された態度の中へ残っていた。

 エレンも足を止めず、その間を通り抜けた。


     ◆


 特別班へ割り当てられたブリーフィングルームは、通常部隊の部屋よりも横幅が広い。

 所属人数のためではない。人間用の椅子に座れず、立ち上がるだけで照明を隠してしまう隊員が一名いるためだった。


 扉の向こうから、包装材の擦れる音と、腹の底に響くような低い唸り声が聞こえている。


「グルルゥ……」


 エレンは扉を開けた。


「グルン。袋ごと噛むな。中身まで潰れるぞ」


 壁際の床へ座っていた巨大な爬虫類が、黄色い縦長の瞳孔をエレンへ向けた。


 黒褐色の鱗に覆われた太い腕で、小さな銀色の包装袋を挟んでいる。鋭い爪で封を切ろうとしていたらしいが、表面に細かな穴が増えているだけで、上端は閉じたままだった。

 グルンは袋を牙へ運びかけた姿勢で止まり、鼻先を持ち上げた。


「グァッ」


 どうやら血の臭いを嗅ぎ取ったらしい。すぐに立ち上がり、二歩でエレンとの距離を詰める。二・四メートル近い身体が伸伸びると、天井の照明が広い肩の影へ隠れた。

 グルンはエレンの戦闘服へ鼻先を寄せ、胸元から脇腹まで臭いを辿った。裂傷の位置を太い指で示し、喉の奥を低く震わせる。


「浅い傷だ。検査も受けた」


「ルルルル……」


「骨も内臓も無事だし、もう治ったよ」


 エレンの顔をしばらく見つめたあと、グルンはようやく一歩離れた。完全に納得したようには見えなかったが、少なくとも今すぐ医療区画へ引きずっていくつもりはないらしい。


「通信記録を読む限り、即時殺害でも不自然ではありませんね」


 机の向こうから、落ち着いた少年の声がした。


 白いシャツの上に軽量防護具を着た少年が、薄い端末へ目を落としている。画面には先ほどの任務通信だけでなく、湊が能力を使用した際の出力変化や、隔離装置の稼働記録まで時系列順に並んでいた。


 その年齢も、細い体格も、管理局より学校の教室にいる方が自然に見える。だが、視線が追っているのは会話の内容ではない。発言と能力反応の時間差、復元範囲の変化、エレンが接近した時点で残っていた危険性まで、既に一通り確認しているようだった。


「透真。勝手に通信記録を読むな」


 十七歳の少年ーー久世透真は顔を上げずに答えた。


「いいじゃないですか別に。閲覧権限の範囲内です」


「誰が与えた」


「グレン本部長です。取り消しを申請される場合は、先に今回の任務報告書を提出してください」


「毎回毎回報告書って。いい加減省略させてくれ」


「――遅いですよ、エレン」


 部屋の正面からミラが声を掛けた。

 すらっとした体型に肩までの銀灰色の髪を後ろで一つにまとめた、顔立ちが整った女性だ。左目には透明な解析端末を重ねている。エレンの医療検査結果には既に目を通したらしく、脇腹の傷へ一度だけ視線を向ける。


「傷は特に問題ないみたいなので、報告に移りましょう」


「へいへい。……その前に」


 エレンはグルンの前へしゃがみ、巨大な爪に挟まれていた包装袋を受け取った。上端を指で切って返すと、グルンは短く喉を鳴らし、乾燥肉を硬い骨でも砕くような音を立てて噛み始める。


「グル……」


「買ったのは透真だ。礼ならそっちへ言え」


 グルンは透真を見て低く鳴いたあと、すぐに机の端へ置かれた二袋目へ視線を移した。


「礼より、追加の要求に見えますね」


「俺にもそう見える」


「グルン、食べるのは報告のあとです」


ミラが大型表示盤へ指を走らせた。

 室内の照明がわずかに落ち、さきほどの迷宮の立体図が空中へ展開される。石造りの通路、階段、隔離装置の設置位置、湊が倒れていた場所。その周囲には、薄い硝子へ無数の傷を入れたような亀裂が広がっていた。


 現地の人間には見えない。壁が割れているわけでも、空間に穴が開いているわけでもない。

 それでも亀裂の一つひとつは、この世界と、本来なら接触しない別の世界とが一時的につながった痕跡だった。


「この亀裂――正式名称は世界孔と呼びますが」


 ミラが亀裂の一つを拡大した。

 湊が壊れた木杯を復元した瞬間、針先ほどの細い接続が生まれる。壊れていない木杯が存在する別の可能性から、その状態だけが現在の世界へ引き寄せられていた。


 続いて銅貨、金貨、傷を負う前の肉体が表示される。復元する対象が複雑になるほど、接続痕も太く、長くなっていった。


「対象は過去を再現しているつもりでした。しかし、実際には保存状態に近い別の可能性世界を探し、その一部を現在へ重ねていました」


「時間操作ではなく、大規模な空間歪曲に近い能力だったわけですね」 


「ええ、その通りです」


 迷いなく結論を口にした透真にそう返し、ミラは端末の表示を進める。

 湊が世界全体を記録した瞬間、それまで点在していた細い接続が一斉に枝分かれした。一本の世界へ、無数の異なる可能性が集中し、迷宮の周囲から王都、海、空へ網のように広がっている。


「木のコップや銅貨、金貨などの小規模な復元は、観測網の検出精度を下回っていました。世界全体を記録した時点で負荷が閾値を超え、管理局が初めて異常を捕捉しています。それ以前の行動は、検出後に残留痕から再構成しました」


「相変わらず、すげー追跡力だな」


エレンはミラの言葉にそう反応した。

 透真は無言のまま、重なり合う接続経路を追った。説明を待つというより、表示された結果が自分の推測と一致しているかを確認している。


 画面上で、二つの王都がわずかにずれた位置へ重ねられた。

 一方では崩れている建物が、もう一方では無傷のまま残っている。同じ顔を持つ住民が同じ通りへ現れ、一方の記憶では生きている者が、もう一方では既に死んでいた。


「復元を繰り返せば、異なる歴史が同じ座標へ蓄積します。最初は記憶や物体の不一致として現れ、次に建物や人間そのものが重複する。接続がさらに拡大すれば、複数の世界が互いを押し潰す形で衝突します」


 映像の中で二つの都市が食い込み、輪郭を失っていく。最後には黒い亀裂だけが残り、その周囲から地形が崩れ落ちた。


「対象が能力を使い続けていれば、周辺世界を巻き込む規模へ拡大したと考えられます」


 ミラが説明を終えると、透真は端末を伏せ、エレンへ視線を向けた。


「それなら、なおさら現地で殺害してもよかったんじゃないですか?」


 透真の口調は穏やかだったが、問いの内容に遠慮はなかった。


「隔離装置が想定どおりに機能しなければ、世界単位の復元を再度実行された可能性があります。移送を優先する必要があったとは思えません」


「まぁ〝黙らせ箱〟が効かなければ、殺してたな」


 エレンは壁へ肩を預けた。


「時空間系の能力者は、ほとんどの場合〝黙らせ箱〟で力が使えなくなる。あいつらは時間とか空間が何かも知らずに、簡単に使おうとするからな。……今回も案の定、世界側の補助が切れたら、何も出来なかった。殺すまでもなかったよ」


「しかし、接近する必要もありませんでした」


「そこは否定しない」


 エレンが即座に認めたため、透真はわずかに眉を上げた。


「だが殺す方が早くても、送れる奴まで斬ってたらただの殺し屋だろ。今回は〝ゴミ出し〟で済んだ。それだけだ」


「エレンさんらしいですね。……ただちょっと心配してただけなので、気にしないでください」


 透真は端末を再び手に取った。


「次回からは、気をつけてくださいね。エレンさんがいなくなったら困りますので」


「はいはい。……ミラ、今の内容は報告書に書くなよ」


「既に記録されています」


 ミラは二人の会話を止めず、廃棄世界側の到着記録を表示した。湊の生命反応と現在位置が簡潔に示されている。


「その後対象は廃棄世界第十九区域へ到着。生命反応は安定しています。外部世界との接続は遮断されており、現時点で有効な復元反応はありません」


 それだけ確認すると、ミラは記録を閉じた。

 廃棄世界へ送られた対象が、その後どのように生きるかは別の問題だった。監視網が拾うほどの越境異常を起こさない限り、管理局が日々の行動へ介入することもない。


「グァ」


 グルンが不意に短く鳴いた。三人の視線が集まる。


 グルンは自分の胸を太い指で二度叩き、続いてエレンを指した。そのあと、何かを掴んで自分の側へ引き寄せるように腕を動かす。


「次は自分も同行させろ、と言っています」


 透真が訳すと、グルンは低く喉を鳴らし、自分の胸をもう一度叩いた。黄色い眼はエレンから逸らさない。その巨体がエレンを見下ろす。


「残念だが、次は潜入任務だ。お前は目立ちすぎる」


 グルンの瞳が細くなった。

 牙の奥で硬い音が鳴り、太い尾が床へ叩きつけられる。鈍い衝撃が部屋全体を揺らし、金属製の机がわずかに浮いた。机上の端末が滑り、乾燥肉の包装袋が床へ落ちる。

 グルンは落ちた包装袋にも目を向けず、鼻先が触れそうな距離までエレンへ顔を寄せた。牙の隙間から低い唸りが漏れ、湿った息が前髪を揺らす。


 エレンはその鼻先を片手で押し返しながら、ミラへ目を向けた。


「そういえば、お節介ヒーローはまだ戻ってないのか? あと、優男と剣術バカ」


「マヤさんは任務を終えて帰還中です。到着予定は三時間後です」


 マヤの名を聞いた途端、グルンの尾が止まった。自分の突進を正面から受け止められる数少ない相手として、よく覚えているらしい。


「ドユンさんは通常部隊の救助任務へ応援派遣中。沈秋白シェン・チウバイさんも、別世界で越境対象を追跡しています」


「全員出払ってるのか。どうりで静かなわけだ」


 エレンはグルンの鼻先から手を離した。


「じゃあ、マヤが戻るまで待て。暴れ足りないなら、あいつに付き合ってもらえ」


「その時は、出来たらここじゃなくて外でお願いしますね」


エレンに続き、透真もそう口にする。

 グルンはエレンを睨んだまま、しばらく動かなかった。

 やがて不満そうに鼻を鳴らし、床へ落ちた乾燥肉の包装袋を爪で拾い上げる。完全に納得したわけではなさそうだが、ひとまず同行の要求は引っ込めたらしい。


「済んだようなので、次の任務の説明に移ります」


 ミラが表示盤を切り替えた。


 迷宮と亀裂の映像が薄れ、代わりに華やかな学院の全景が空中へ浮かび上がる。白い石造りの校舎を囲む庭園には季節の花が咲き、広い中庭では、仕立てのよい制服を着た少年少女たちが談笑していた。尖塔を持つ礼拝堂や、王家の紋章が掲げられた講堂まで、いかにも物語の舞台として整いすぎている。


「世界名は《セレスティア》。対象地点は、王都にある王立学院です」


 学院の景色へ、一人の少女の肖像が重なった。

 柔らかく波打つ金色の髪に、紅の瞳。赤いドレスを身につけ、貴族令嬢として隙のない微笑を浮かべている。顔立ちはややきつい印象があるが、傲慢さや冷酷さは感じられず、柔和な性格が垣間見える。


「対象は日本からの転生者。前世の名前は佐倉美咲。死亡時二十八歳。現在はエレオノーラ・フォン・ローゼンベルク。十五の時に対象の肉体へ憑依、現在十七歳です。公爵家の長女であり、第一王子の婚約者でもあります。……肉体の本来の持ち主の生死は不明です」


「また異世界からの渡航者か。しかし、体を乗っ取るとはな」


 エレンは少女の肖像を一瞥し、その周囲に表示された亀裂へ目を移した。

 湊の案件で見たものより一本一本は遥かに細い。だが学院だけでなく、王城、公爵邸、商業区にまで広く散らばり、長い時間をかけて土地全体へ染み込んでいるように見えた。


「この亀裂の数は……一体何したんだ?こいつは」


「本人による意図的な能力使用は確認されていませんが、対象の言動のたびに、現実の因果が僅かに修正されているようです」


ローゼンベルク公爵邸、王宮、王立学院。三つの施設を結ぶように、大小の赤い光点が散らばっている。

 ミラが表示させたのは、過去の映像ではない。二年間に観測された境界亀裂の発生地点と、その時刻、強度をまとめた記録だった。


「最初の反応は、佐倉美咲の意識が越境した直後です」


 公爵邸の一室が拡大される。

 当時十五歳だったエレオノーラ・フォン・ローゼンベルクの寝室。そこに最初の亀裂が生じ、その後の四日間で、食堂や応接室、使用人区画にも小さな反応が続いていた。

 いずれも単独では警報基準に届かないほど微弱だったが、発生地点はエレオノーラの生活範囲とほぼ一致している。


「その四日間に何があった?」


 エレンが尋ねた。


「分かりません」


 ミラは即答した。


「観測できるのは、亀裂が生じた位置と時刻、強度、それに付近にいた人物や、物です。その場で交わされた会話までは取得できません」


 記録が進み、王宮の訓練場に新たな光が灯った。


 越境から六日後。付近にいた人物として、エレオノーラと第一王子の名が表示される。それまでの反応より規模が大きく、以降は王子の居室や学院内でも、両者の接触前後に亀裂が確認されていた。

 透真は無言で資料をめくり、人物ごとの反応数を照合した。


「両親、専属侍女、第一王子。それからリリアという生徒。この四人の周辺に、反応が集中していますね」


「はい。ただし、彼らと対象の間に何が起きたのかは不明です」


 地図だけを見れば、越境当日から公爵家の内部で何らかの変化が始まり、数日後には王子との関係にも影響が及んだことになる。


 だが、家族が人格の急変をどう受け止めたのか。長年エレオノーラを嫌っていた王子が、なぜ態度を変えたのか。リリアだけが対立を続けている理由も、観測記録からは読み取れない。


「つまり、異常が起きた場所と関係者までは絞れる。だが、こいつがどう能力を発揮し、影響を与えたのかは現地で調べるしかないわけか」


「そのとおりです」

 

エレンの言葉にミラは首肯する。

 透真は、公爵邸に集中した最初の反応へ目を留めた。


「まず、佐倉美咲さんがエレオノーラ嬢の身体へ入った当日から、何が変わったのかを確認します。両親と使用人の証言を比較すれば、人格の変化を周囲がどう処理したのかは見えてくるでしょう」


 続いて、王宮の訓練場へ視線を移す。


「次に第一王子です。以前までの関係と、六日後に起きた変化を調べます。彼が自然に考えを改めたのか、それとも対象を受け入れる方向へ判断を補われたのか」


 ミラが地図を縮小すると、二年間分の赤い光が再び全体へ広がった。

 一件ごとなら、偶然や心変わりで説明できる程度の異常だった。

 だが、それが一人の少女を中心に積み重なり、今では世界から安全に切り離せないほどの接続を作っている。

 ミラは淡々と告げた。


「佐倉美咲を中心としたこの亀裂が、どのような因果関係によって維持されているのか。それを特定することが、今回の調査目的です」


「透真、お前向きだな」


「そうかもしれません」


 透真は否定も肯定もせず、既に接触する順番を組み始めていた。

 その横で、ミラが表示盤へ触れる。複雑な人物相関図が端へ縮小され、代わりに学院の見取り図と、二人分の潜入用身分記録が並んだ。


「これが、学院でのあなた達の設定です。任務開始までに頭に入れておいてください」


 透真の欄には、東方諸国から招かれた短期留学生としての経歴が記されている。家系、推薦状、これまでに在籍していた教育機関まで用意されており、現地で確認されても不自然にならない程度に細部が埋められていた。


 その隣には、エレンの偽装身分が表示されている。


 身分は透真付きの護衛兼従者。戦闘経験はあるが、出自についてはほとんど記録がない。口数が少なく、貴族社会の作法にも疎いという人物設定まで、普段のエレンに合わせて作られていた。


「透真は東方諸国から来た短期留学生。エレンは、その護衛兼従者として学院へ入ります」


 エレンは表示された自分の肩書きを眺め、片方の眉を上げた。


「俺やグルンが愛想を振りまくよりは自然だな」


「グルンを学院へ入れる案は、最初からありません」


 ミラは即座に否定した。

 壁際では、二袋目の乾燥肉へ爪を掛けていたグルンが、自分の名に反応して顔を上げている。会話の意味まで理解したのか、黄色い眼がミラとエレンの間をゆっくり往復した。


「本人には言うなよ」


 エレンが声を落とすと、グルンの喉から不満そうな低い音が漏れた。どうやら遅かったらしい。

 ミラはそれ以上取り合わず、潜入資料を二人の端末へ送信した。エレンの胸元と、透真の手元で短い通知音が鳴る。


 透真はすぐに資料を開き、学院内の規則や主要人物の配置へ目を通し始めた。一方、エレンは端末を一度確認しただけで閉じ、表示盤へ残った出発予定時刻を見た。


「出発は?」


「二時間後です」


 エレンは壁の時計へ視線を移した。


 装備の再調整と現地衣装への着替えを考えれば、余裕があるとは言いにくい。しかも、まだ一つ仕事が残っている。


「報告書もそれまでに?」


「当然です」


 ミラの返答には、交渉の余地が一切なかった。

 エレンは天井を仰ぎ、短く息を吐く。


「世界を救った直後ぐらい、免除してくれよ」


「あなたが行ったのは、対象一名の移送です」


 ミラは湊の世界に残された亀裂の修復状況を、表示盤の隅へ小さく呼び出した。複数の班が現地へ入り、迷宮や王都周辺に残った歪みを一つずつ閉じている。


「世界の修復は、通常部隊が現在も継続しています」


「まったく夢がないな」


 エレンのぼやきを無視し、ミラは次の資料を開いた。

 表示盤へ、王立学院の制服と礼装が大きく映し出される。


 その中には、護衛兼従者用として用意された、襟元まで隙なく締まった黒い正装も含まれていた。


 エレンは数秒間それを見つめたあと、露骨に顔をしかめた。



 ◇


 「本当によくお似合いです、エレオノーラ様!」


「そう? 少し派手すぎないかしら?」


「何をおっしゃいます! むしろ、これほど華やかなドレスを着こなせるのは、お嬢様くらいです!」


 専属侍女のアンナが、なぜか自分のことのように胸を張る。

 ちょっと褒めすぎでは?

 鏡に映る私は、淡い青のドレスに身を包んでいた。金色の髪は丁寧に結い上げられ、胸元には小さな宝石が散りばめられている。


 うん。

 たしかに、悪くない。

 というか、かなり可愛いのでは?


「三日後の卒業舞踏会では、きっと皆様の目を奪ってしまいますね!」


「目立ちすぎるのも困るのだけれど……」


 そう言いながらも、口元が緩むのを止められなかった。

 エレオノーラ・フォン・ローゼンベルク。


 公爵家の一人娘にして、第一王子の婚約者。

 そして本来なら、三日後の卒業舞踏会で婚約を破棄され、悪役令嬢として破滅するはずの少女。


 もっとも、今その身体にいるのは、本来のエレオノーラではない。

 二年前まで、私は日本で暮らす二十八歳の会社員――佐倉美咲だった。

 仕事を終えて家へ帰る途中、確かに私は死んだはずだった。


 それなのに次に目を覚ましたときには、十五歳のエレオノーラになっていたのだ。

 しかも、この世界には見覚えがあった。

 前に遊んだ乙女ゲームと、登場人物も、国の名前も、学院の構造もよく似ていたのである。


 その事実に気づいたときは、本当に目の前が真っ暗になった。


 よりにもよって悪役令嬢!?

 しかも物語が始まる直前!?

 このまま何もしなければ、婚約破棄からの国外追放。展開によっては修道院送り。最悪の場合は処刑まである。


 冗談ではない。

 二度目の人生まで、そんな終わり方をしてたまるものですか!


 それからの二年間、私は必死だった。

 使用人に当たり散らすのをやめた。

 婚約者である王子を束縛するのもやめた。


 ゲームの主人公であるリリアにも、(かなり嫌なこともされたが!)できる限り親切に接した。

 とにかく、悪役令嬢らしい行動を一つずつ潰していったのだ。


 その甲斐もあって、王子との関係は以前とは比べものにならないほど良くなった。学院でも多くの友人ができ、先生方からの評判も悪くない。


 リリアとは……まあ、少しだけ難しいところもあるけれど。

 それでも、破滅の未来はほとんど回避できたはずだ。


 たぶん。

 きっと。


 ここまで来て、三日後に突然婚約破棄なんてことはない……わよね?

 鏡台の横には、王子から贈られた白い花が飾られている。

 私は念のためそれを見つめ、心を落ち着かせた。


「ふぅ……」


 大丈夫。

 最近の殿下は、とても優しいもの。

 これはもう、完全に好感度は足りているはず!


「それに本日は、東方から留学生の方がいらっしゃるのでしょう??きっとお嬢様に見とれてしまいますね!」


「そうなのよ!」


 アンナの言葉に、私は思わず鏡へ身を乗り出した。見とれる、の部分はあえて無視した。


「しかも、この時期に編入ですって。卒業舞踏会まで三日しかないのに、わざわざ遠い東方からよ?」


「それほど珍しいことなのですか?」


「珍しいなんてものではないわ!」


 この学院へ留学生が来ること自体はある。

 けれど、卒業直前に、それも東方の国から突然やって来る人物なんて、ゲームには登場しなかった。

 そもそも東方諸国は、設定資料の片隅に名前が出てくるだけの地域だったはずだ。攻略対象はもちろん、重要人物すら一人もいない。


 そんな場所から、突然の留学生。


 名前は、クゼ・トウマ。

 しかも護衛まで連れているらしい。


 これはもう――。

 新キャラクター?

 それとも隠しイベント?

 まさか、知らないうちに追加ルートへ入ってしまったとか!?


 いやいや、待って。

 私はもう、悪役令嬢としての破滅を回避している。

 ここで新しい攻略対象が現れたとしても、私には王子という婚約者がいるのだ。余計なイベントへ首を突っ込む必要はない。


 ない、のだけれど。


「クゼ・トウマ様は、大変聡明な方だと伺っております」


「聡明な東方出身の留学生……」


「ただ、少し近寄りがたい雰囲気の方だとか」


「近寄りがたい雰囲気……!」


 何それ。

 ますます隠し攻略対象っぽい!

 無口で冷静な異国の少年。普段は他人を寄せつけないけれど、心を許した相手にだけ過去を語ってくれる――。

 ありそう。

 ものすごくありそう!


「お嬢様?」


「はっ」


 気づけば、アンナが不思議そうに私の顔を覗き込んでいた。


「な、何でもないわ」


「では、ご挨拶には向かわれませんか?」


「もちろん行くわ!」


 反射的に答えてから、少しだけ声を落とす。


「……留学生の方が困っていたら、放っておけないでしょう?」


「さすがお嬢様です!」


 アンナは目を輝かせ、心の底から感動したように頷いた。


「身分や出身に関係なく、初めて学院へ来られる方を気遣われるなんて。本当にお優しいです!」


「そ、そういう大げさな話ではないわ」


 ただ、ゲームにはいなかった人物が気になるだけ。

 とは、さすがに言えない。

 私は鏡台に飾られた白い花へ指先で触れ、もう一度鏡の中の自分を見つめた。


 卒業舞踏会まで、あと三日。

 破滅の未来は、もう避けた。

 あとは何事もなく卒業し、王子と幸せな未来へ進むだけ。

 そのはずなのだけれど――。


「ゲームにはなかった、新しいイベントなのかしら」


 胸の奥が、期待で少しだけ弾んだ。


「楽しみね」

3万文字近くなってしまいました

気が乗ったら続き書きます!

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