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第9話・転生したら歴史上の有名人だった件

「お気を落とされませぬよう」

 殿様は、宮殿から帰ってきて「疲れた」と言うなり倒れて、帰らぬ人となったそうだ。


 葬儀は、この家の執事のような「爺」が全てを仕切ってくれた。

 庭に「喪屋」という仮設部屋を作って柩を置き、死者の霊魂を慰めるもがりのようなことをする。息子である僕は、その間、外出してはならない。毎日、喪屋で祈りを捧げ、弔問に来る人たちに応対する。

 そして埋葬の準備が整った七日後、野辺送りのようなことをして墓に埋葬した。晩秋の冷たい空気が肌を刺し、山の紅葉が悲しいほど美しかった。


 二十一世紀の世界の僕は、身内の死を経験したことがなかった。父方の祖父は僕が生まれる前に他界しているが、祖母と、母方の祖父母は健在だ。初めての身内の葬式ということになる。

 僕は不思議な気がした。

 短い期間とはいえ、家族として過ごしてきたし、学んだことも多かった。僕はこの世界で、この人が父親で良かったと思っていた。でも、本当の父親とは違う。悲しいという感情はほとんど湧いてこない。それでもこの喪失感は何だろうか。


 爺によると、しばらくの間、僕は服忌しなければならないらしい。

 服忌とは、喪に服し、いくつかの制限がある生活をする。一定期間が過ぎるまで仕事をしてはならない、弓矢や剣を持ってはいけない、獣肉を食べてはいけない、祝い事や神事もしてはならない、とかだ。


「お母上の時のことを覚えておられますか」

 僕は首を横に振った。覚えているも何も、知らない。

「あの時は悲しみが大きすぎて、何をどうしたか記憶にない」ということにした。

「ええ、そうでしょう。ずっと泣いておられましたからね。心配いりません。爺の言う通りになさってください」

「はい」

「まず若様は喪服を着て、しばらくの間は外出してはなりません。仕事もしてはなりません」

「しばらくの間というとどのくらい」

「十四日が過ぎるまでです。十四日が過ぎたら外出も仕事もしてよいです。ただ五十日が過ぎるまでは天皇の宮へは上がれません。五十日が過ぎたら天皇に忌明けの挨拶をいたしまして、同時に中臣家を継ぐ許可をいただきます」


 五十日間は、弓矢や剣を持ってはいけない、獣肉を食べてはいけない、とかの制約があるらしいが、その後はいよいよ僕が中臣家を継ぐのだ。


「若様はおそらく天皇から新しい役職をいただけましょう。ただ、神祇伯は」

 爺は口を濁した。

「ん? 」

「いえ、それから、百日が過ぎるまで服忌します。来年の二月までは喪服を着て暮らし、祝い事や神事はしてはなりません。仕事はしてもよろしいのですよ。ただし、服忌中は神祇祭祀に関わってはなりませんので、中臣氏としての神祇の仕事はできないことになりますけどね」


 えっと、今、十月でしょ。百日間喪服を着て暮らすって、ちょっと意味わかんないんですけど? 


「とにかく若様は、喪に服してください。家のことはこの爺にまかせて」



 そうして殿様の埋葬が終わって七日、亡くなってからトータルで十四日が過ぎるまで、僕は外出を控え、殿様の遺品整理をしたり、本を読んだりして過ごした。


 十五日目の朝、トヨが身だしなみを整えてくれ、僕は外出を許された。

 まず僕がすべきことは、僕が病気から回復した時のように、みんなにお礼をする。ただ、天皇や皇子の宮へはまだ行くことはできない。


 早速、国子叔父がやってきた。

「仲郎はしばらくの間、神祇祭祀の仕事はできないから、俺と国足でやるから任せろ。大丈夫だ。新嘗祭ももう直だが準備はできている。いつまでだっけ? 忌明けは? 」

「来年の二月です」

「じゃあ、年末年始の行事は全部こっちでやるようだな。二月の祈念祭までは自粛しとくか? 」

「ええ、それがいいでしょう、若殿様」

 爺も同意した。

「はい。それでよろしくお願いします。あとは、僕に何かできる仕事は」

 流石に二月まで遊んで暮らすわけにはいかないだろう。僕はできるけど。

「あちこちから上がってきた物をまとめて資料作っといてくれや。俺は書物はあんまり得意じゃないから」

「はい、わかりました」


 国子叔父が帰った後、爺が憤慨していた。

「若殿様に指図するとは、偉くなったものよの」

 でも、年長者だし叔父さんだし、指示してくれて逆にありがたいけど。



 その後は家で仕事したり、筋トレしたり庭で乗馬の練習をしたり。あ、弓矢や剣の練習は服忌中はしちゃいけないのね。

 外出しても、薄墨色の喪服着てるから浮かれて遊んだりできない。飲み会も参加できないし、友人たちも気を利かせてるのか飲みにきてくれない。

 しょうがないから本を読んだり「軽皇子を天皇にする作戦」を考えよう。



 そうしてなんとか五十日過ぎ、年の瀬が迫る五十一日目の朝、僕は、それまで住んでいた離れの部屋から母家の殿様用の部屋に引っ越した。


 引越しを終えると爺が言った。

「亡き殿様が、かねてより若様が家を継ぐ際はこの名を名乗れと、これを」

 え……? 

 爺が差し出した紙には、大きく「鎌足」という文字が書いてあった。


「……かま、たり? 」

「ええ、殿様がお考えになりました、良いお名前です」


 ちょちょちょっと待ってえええ〜。

 まさかの僕が中臣鎌足? まさかの転生したら歴史上の有名人だった件。

 まじですか、まじですか、ま・じ・で・す・か? 

 もう、天皇が舒明天皇かどうかなんて、大した問題じゃない。

 どうする? そんな有名人になっちゃって。

 えっと、待って。中臣鎌足って、何した人だっけ。確か、大化の改新に関係あるんだよね? 


「飛鳥時代最大のクーデター」

 窪田先生の楽しそうな顔が思い出される。

「クーデター? 」

「乙巳の変、聞いたことない? 中大兄皇子と中臣鎌足らが共謀して、蘇我入鹿を殺しちゃう事件」

 あー、あー、あー。

 その後、窪田先生がいろいろ話してくれたはずなんけれど、酒の席だし、もう忘れてしまった。ただ、蘇我入鹿の首が飛んで、とか、結構グロい話だったような。

「飛鳥奈良時代はクーデターが多くて面白いぞお」って窪田先生は楽しそうに言ってたんだ。 

 研究するには面白いかもしれないけど、自分がそのクーデターに巻き込まれるのって全然面白くないんですけど? それ、僕がやらなきゃだめですかね? 


「これから天皇に忌明けの挨拶をいたし、中臣鎌足と改名し中臣の家を継ぐ許可をいただきます」

「え、許可をもらうの」

「許可と言っても形式だけのものだから、否認されることはまずありませんので、爺の教える通りになされば大丈夫です」

「はい。じゃあ、許可もらいましょうか」

「ところが天皇はまだ伊予の湯から戻られないそうです」


 新嘗祭が終わった後、天皇は伊予の湯(道後温泉)に出かけたそうだ。昨年のようにそのまま伊予で年を越すらしい。


「昨年の有馬の時は三月ほどでしたが、今度はどうでしょうね。どちらにしても、戻ってこられてからの挨拶となりましょう」

「じゃあ、どうしたら? 」

「とりあえず、文を送りましょう。ご挨拶は戻られてからということで」

「はい」


 天皇に送った「中臣鎌足と改名し中臣の家を継ぐ許可をもらう」という手紙の返事は年末ギリギリに来た。

 僕の新しい殿様用の部屋で、爺がかしこまって座ると文を差し出した。


 なんのことはない。「これからは中臣鎌足と名乗って励め(意訳)」だ。とにかく天皇の返事が来て、一区切りついた。


 僕が読み終わると、爺がかしこまったままで言った。

「鎌足様、これから我が殿様として仕えさせていただきます。この爺めになんでもご相談くださいませ」

 僕がこの家の主人になったのを認めた宣言みたいな? いちいち形式ぶるのが好きだな、この時代の人は。

「頼りにしています、爺。これからも私と、この家をよろしく頼みます」

「はっ」

 時代劇を演じてるみたいで吹き出しそうになった。大仰だけど、でもまあ、自分が殿様役なら悪くない。


「で、僕はこれから何をすればいい」

「それですが……」

 爺が暗い顔をした。

「神祇伯にはおそらく国子様が任命されると思われます」

 は? 僕じゃないの? 

 僕のキョトンとした顔を見て爺が言う。

「若殿様、いえ、殿様はまだお若くあられます。今はまだはっきりと言えませんが、まず経験を積んでから、国子様の後になられると思います」

 えーと、どういうことかな? 

「仕方がありません。若い人間が、年長者の叔父を差し置いて神祇伯になったら、道理をわかっていないと世の民から顰蹙を買いますから」

 年功序列ですか、そうですか。じゃあ、僕はどうなるの。叔父が死ぬまで待てってことなの。

「そうは言っても、うかうかしていると国子様のほうが本流となってしまいます。よいですか、殿。喪が明けたら、国子様が会議に出られるときや神祇の祭祀を行なうときは必ず一緒にお行きなさい。呼ばれなくともです。よろしいですか」

 中臣本家を国子叔父に乗っ取られるなってことか。シビアな世界。



 新しい自分の部屋で、僕は、ゴロンと寝転がった。

「殿様」

 年配の小間使いが咎めるような口調で言う。


 僕が「殿様」になってからは僕の世話係は殿様担当だった年配の小間使いが担当し、トヨが僕の部屋に来ることは少なくなっていた。せめてトヨだったら愚痴のひとつも言えたのに。

 あー、一気にやる気無くした。別に神祇伯になりたかったわけじゃないけどさ、あの叔父に取られるのは癪なわけ。


「どうだ、元気か」

 僕が部屋で寝転がってダラダラしていると、庭から石川麻呂が現れた。


 慌てて飛び起きると、石川麻呂は笑った。

「よい、よい、自分の家だ、どんな格好をするも自由だ」

 そう言って縁側に腰掛けた。

「あ、どうぞ、中へ。食事の準備をさせましょう」

「いや、気になさらず。そなたはまだ服忌中だから」

 そう言って僕の薄墨色の衣を見た。

「ちょっと変な話を聞いたから、寄ったまで。そなた、国子連のこと、聞いたか」

 国子叔父のことか。僕はブンブン首を横に振った。

「天皇が戻ったら国子連が神祇伯に正式に任命されるらしい」

 ああ、知ってましたが、本決まりですか。


 はあ、とついた僕のため息を、石川麻呂は聞き逃さなかった。

「気を落とすな。お互い、苦労するよな。全く」

 お互い……。


 そういえば、石川麻呂について人に聞いたことがある。

 石川麻呂の父親は、前大臣蘇我馬子の息子で、大臣蘇我毛人の弟なのだが、毛人は馬子の本妻の子、一方、石川麻呂の父親は馬子の妾の子。蘇我宗家は毛人が継ぎ、石川麻呂の父親は分家した。入鹿と石川麻呂は従兄弟なのだけど、本家の跡取りの家と、分家の妾の子の家では大きな差があるらしい。

 この場合、立場的には僕が宗家だから、石川麻呂は国子叔父側に近いのに、なぜか僕に肩入れする不思議。


「そなたのお父上は、実に心清い方だった。そなたのことをいつも言っておられた。仲郎は自分と違って頭がいいから将来は自分より偉くなるだろう、と」


 殿様がそんなことを言ってたのか。穏やかで善い人だったし、なんだか、もう少し長生きして欲しかったな。



 僕が服忌している間に年が明けた。

 僕は一応まだ服忌中だから、外出も仕事もしていいが、公的行事や神事、祭事、パーティーの類にはまだ出席してはならない。年末年始の挨拶も失礼させてもらった。

 今年の年賀の行事は、天皇が温泉旅行中なんで皇太子の古人大兄が代理で行なったらしいが、出席しない僕にはどうだっていいことだ。

 軽皇子にはしばらく宮を訪問しない旨を伝えてある。天皇や皇族、身分の高い人間は「死穢しえ」を特に嫌うからだ。服忌中の僕が、皇子の宮を訪問するのはタブーなのだ。

 僕はちょっと、神祇伯の話を軽皇子に話したかったのだが。まあ、皇子に頼んで地位をもらうとかは、さもしい考えだし借りも作ることになるし、今会ったらつい頼んでしまいそうだから、逆に会えない状況でよかったのだろう。


 石川麻呂や馬飼叔父、子麻呂、勝麻呂、網田らは相変わらず世間話をしにやってくる。


「この屋敷の主人が仲郎になったから、何も遠慮なく来られて楽だな」

 子麻呂が上着を脱いで言う。


 僕も気楽に来てもらえるのは嬉しい。ずっと、いろんな行事や飲み会に参加していないから、彼らから世間の情報をもらえてありがたい。

「仲郎じゃなくて鎌足になったんだよ」

「そうだった。鎌足」

「鎌足、子麻呂が結婚するんだよ」

「あ、勝麻呂、先に言っちゃうなよ」

「おお、それはよいな。どんな方だ? 」

「知らん。どうせ親が決めた結婚だし、一度も会ったことない。名前も聞いたけど忘れた」

 この時代の結婚事情か。

「いいなあ、結婚かあ」

「それはそうと、鎌足の叔父さん、すっかり神祇伯気取りだぜ」

 子麻呂が話を逸らせた。

「気取りって、神祇伯だけど」

「いや、御食子様の時と違うの。なんか偉そう。仲郎、じゃなくて、鎌足の代わりに神祇伯になっただけなのに」

「代わりじゃないし。それに僕、神祇伯なんかならないし、なりたくないし」

「何言ってんの、鎌足。神祇伯になれば一生いい暮らしができるんだよ。おまえも、子孫も」

「子麻呂、前は、家柄じゃなく実力で選ぶべきだって言ってたじゃない」

 僕は苦笑した。

「そりゃそうだけど、それは実力がないヤツの話。鎌足は俺なんかよりずっと頭いいんだから、もっと上に行ってもいい」

「もっと上って、大臣かよ」

「ああ、大臣になったら、俺らを引き立ててくれ」

「無茶言うな! 」

 大臣だと! でもさ、軽皇子が天皇になったら、それも夢じゃないよね。な〜んて。

 無茶言うな! 

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