第8話「地に蟠る鬼、あるいは愛執の牙 ―水谷正村(水谷蟠竜斎)―」
戦国という凄惨な時代において、己の領土と民を守り抜くための手段は、決して「仁義」や「徳」といった美しい言葉だけで構成されていたわけではない。時として、為政者は自ら人間としての温もりを捨て去り、一切の慈悲を持たない「鬼」となることでしか、周囲をうごめく無数の敵から身を守ることができなかった。弱肉強食という剥き出しの自然法則が支配する関東の荒野において、純粋な恐怖と暴力のみを己の防具とし、近隣諸国から疫病神のごとく恐れられた一人の土豪がいる。
常陸国下館の城主、水谷正村。のちに入道して、水谷蟠竜斎と名乗った男である。
彼の存在は、洗練された中央の戦国大名たちの歴史絵巻の中においては、どこか野蛮で土着的な、不気味な異彩を放っている。彼は天下の覇権を争うような壮大な野望を持たず、ただひたすらに己の牙の届く範囲の土を血で濡らし、その絶対的な武力によって結城家という主家を支え続けた。
正村の特異性は、まずその容貌に表れていた。彼の左目には、ひとつの眼球に二つの瞳が重なる「重瞳」という異相があったとされる。古代中国においては覇王の相として尊ばれたが、迷信深い戦国の世にあっては、それは人ならざる魔性の者、あるいは鬼子の証として周囲に底知れぬ気味悪さを抱かせた。幼き頃よりその特異な双眸で世界を睨みつけてきた彼は、成長するにつれ、類まれなる腕力と、戦場において一切の恐怖を感じない冷酷な戦士へと変貌していった。
だが、この血に飢えた鬼にも、ただ一つだけ人間としての柔らかい弱点が存在した。主君である結城政勝の娘、小藤姫である。
若き日に彼女を正室として迎えた正村は、この妻を深く、それは異常なほどに深く愛した。戦場での冷酷無比な姿とは裏腹に、妻の前にいる時の彼は、ただの不器用で穏やかな一人の青年に過ぎなかったのだろう。重瞳の恐ろしい瞳も、彼女を見つめる時だけは優しい光を帯びていたに違いない。
しかし、戦国の残酷な運命は、彼からその唯一の光を容赦なく奪い去った。正村がわずか二十二歳の時、小藤姫は病によりこの世を去ってしまうのである。
愛する妻の死は、正村の精神を決定的に、そして不可逆的に破壊した。彼は悲しみのあまり自らの髪を剃り落とし、仏門に入ることを宣言する。「蟠竜斎」という号は、彼がこの時に名乗ったものである。「蟠竜」とは、天に昇ることなく、地上にわだかまっている竜を意味する。それは、妻を失ったこの現世に何の希望も見出せないという底なしの虚無感と、それでも彼女の眠るこの地に這いつくばって生き続けるという、呪いにも似た執着の宣言であった。
以降、蟠竜斎が生涯にわたって新たな妻を迎えることは決してなかった。彼は自らの人間性を小藤姫の棺の中に封じ込め、その代償として、真の「鬼」として覚醒したのである。
愛という名の枷を完全に外した蟠竜斎の戦ぶりは、まさに凄惨の一語に尽きた。彼は結城家の先陣として、あるいは自らの領地を拡大するために、近隣の国人衆へと次々に牙を剥いた。彼の率いる軍勢は、敵対する者を決して許さなかった。降伏を勧めることもなく、ただ圧倒的な暴力によって敵の城を物理的に粉砕し、女子供に至るまで徹底的な撫で斬りを行った。彼の重瞳に見据えられた者は、抗う間もなく死の淵へと叩き落とされたのである。
下野国の芳賀や宇都宮といった敵対勢力にとって、蟠竜斎はもはや人間ではなく、意思を持った厄災そのものであった。当時、敵地の農民たちの間では「畑に地縛り、田に蛭、久下田に蟠竜なけりゃよい」という歌が流行したという。畑を荒らす雑草や、血を吸う蛭と同じように、下館や久下田を拠点とする蟠竜斎は、ただそこに存在するだけで人々の命を不条理に刈り取っていく絶対的な害悪として忌み嫌われていたのである。
他国からの憎悪を一身に集める蟠竜斎であったが、彼はその悪評を少しも気に留めなかった。むしろ、自らが「鬼」として恐れられれば恐れられるほど、彼が治める領国は安全になったからである。
いかなる大軍であろうと、あの蟠竜斎の領地に手を出せば、何をされるかわからない。その尋常ならざる恐怖心こそが、結果として最強の抑止力となり、彼の領国に逆説的な平穏をもたらしていた。血塗られた手で敵の首を刈り続ける鬼の背中には、彼が命に代えても守り抜こうとした、亡き妻との思い出が残る下館の土と、そこに生きる領民たちの安らかな生活があったのだ。絶対的な暴力は、使い方を極めれば、いかなる強固な城壁よりも分厚い平和の盾となる。蟠竜斎は、その残酷な真理を本能で理解していた。
やがて時代はうねりを上げ、豊臣秀吉による小田原征伐が開始される。関東を長年支配してきた北条家が滅亡し、天下統一という巨大な波が、土着の権力者たちを次々と飲み込んでいく中、蟠竜斎は持ち前の野性の勘によって、いち早く豊臣政権への服従を選択する。
数多の国人衆が改易され、領地を追われていく中、秀吉は蟠竜斎に対し、四万七千石という大名に匹敵する所領を安堵した。それは、彼が中央の権力者に巧みに取り入ったからではない。秀吉をはじめとする豊臣の首脳陣すらも、関東の片隅で異様なまでの殺気を放ち続けるこの老いた「蟠竜」を、無用な血を流してまで討伐することを躊躇したのである。彼は誰に媚びることもなく、ただ血塗られた牙を静かに見せつけることで、自らの生存圏を強引に確定させたのだ。
戦国という時代がその役割を終え、徳川による泰平の世がすぐそこまで迫っていた慶長三年。水谷蟠竜斎は、七十五歳の生涯を閉じた。
戦場で無数の命を刈り取り、疫病神として恐れられた男の最期は、奇妙なほどに静かなものであったという。彼の肉体は老いに蝕まれていたが、その双眸に宿る異様な光は、死の瞬間まで決して失われることはなかった。
彼の遺骸は、彼自身が若き日に亡き妻・小藤姫を供養するために建立した芳全寺に葬られた。人間としての心を捨て、恐怖と暴力の化身として関東の土を血で染め続けた半世紀。そのすべては、わずか二十二歳で永遠に時を止めてしまった妻の眠るこの小さな土地を、誰の手にも触れさせまいとする、不器用で狂気じみた愛執の産物であったのかもしれない。
綺麗事だけでは決して生き残れなかった凄惨な時代。その暗がりの中で、自ら鬼となることを選んだ男の孤独な咆哮は、平和な世が訪れる直前に静かに途絶えた。しかし、彼が遺した芳全寺の苔生した墓石の奥底には、今もなお、天に昇ることを拒絶した古い竜が、愛する者の骨を抱きしめながら、鋭い牙を剥いて微睡んでいるのである。




