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因果


 内臓を掻き回されるような浮遊感も徐々に五感が戻ってくる感覚も、すべてがどこか他人事だった。頭の中を占めるのはロダンの母親を斬った感触、生暖かい血の温度。


「あ、あぁ」

 平衡感覚が狂って膝をつく。


「勇者様!」


 聖女さまがこちらに駆けてくる。左右を近衛兵で囲まれているとはいえ危ない。止めなくては。そう思うのに声を出すことはおろか、剣を握ることもできない。


「勇者様、どうされたのですか!」


 聖女さまは俺に癒しの魔法を使いながら、しきりに様子がおかしいことを気にしている。かけられる言葉から時を戻す魔法が失敗したと思われているようだ。


「いいえ、いいえ違います。魔法は成功しました。これ以上なく」

「しかし……ならば何故まだロダンがここに?」


 俺はわらった。そもそも因果関係は逆だったのだ。時を戻したからロダンは今ここにいる。


「どうして貴方がそんな顔をするのですか」


 いつの間にか拘束から抜け出したロダンが、静かに俺を睨んでいた。ついさっきまで一緒にいた彼とは当然ながらまるで違う雰囲気だ。もうここは過去じゃない。現代いまに戻ってきたんだ。

 何も言わない俺に焦れたロダンが風の矢を構える。


「魔法陣は発動した痕跡があるのに、白く光った以外は特に何もありませんでしたし、反撃ってことでいいんですよね?」


 多分、その時俺たちはお互いしか見えていなかった。だから本来なら避けれたはずのそれを直前まで気づくことができなかった。


「あ? かはっ」


 ロダンの腹から白刃が生えて、吐血する。風の矢が霧散した。振り向くより早く剣が抜かれて、驚いた表情のロダンがたたらを踏んで膝をついた。


「このっ悪党が! 勇者様に何をした!」


 近衛兵の一人が息を荒げながら叫んだ。握られた剣には赤黒い血がべったり付いている。それを見て、ようやくロダンが刺されたことを認識した。


「勇者様が殺せないというのなら、オレが殺してやるッ!」


 振り上げられた剣はロダンの生成した風魔法によりうまく軌道を逸らされ、空を切って地面に突き刺さる。

 魔法発動のために上げていた手が力なく下されると、ロダンは体を震わせた。


「は、あはははは!」


 突如笑い出したロダンに、近衛兵のみならずこの場にいる誰もが息を呑んだ。聖女さまなど小さく悲鳴を漏らして怯えている。


「ははは……結局、私は勇者の剣で終わらせるまでもない、その程度の悪党だったのですね」


 自虐のように笑いながらロダンはそれでも体を引きずって、俺を見た。


「勇者様、たとえその程度の悪党でも貴方(勇者)は許せなかったのでしょう? ずっと、あの日からずっと考え続けてきました。何故母は貴方に斬られねばならなかったのか!」


 ロダンの血に塗れた手が俺へと伸びる。


「わからなかった! 私を助けてくださったその手で母を斬った貴方が! 勇者は洗礼で無辜の民を傷つけることはできなくなると聞きました。ならば私の母を斬るに足る理由があったのでしょう!?」


 幽鬼のように立ち上がったロダンが自身の胸に手を当てた。



「たとえば、世界の反逆者を生み出した罪……とか」

「っ!」

 お待たせしました。次回最終話になります。

更新は今夜20時の予定です。

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