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勇者の剣

 

 日が翳ってきた。一度上がりきった気温が停滞し始め、じめじめとした湿気を含んだ空気に一日の終わりを感じる。


 勇者の剣をぼうっと眺めながら、これからのことを考えていた。言い伝え曰く、時を戻す魔法は聖女さまが展開した魔法陣で時間軸の座標を固定し、この剣で対象を指定して発動するもの。故にこの剣が世界の危機の元凶を斬ったと判定すれば、俺は元の時間軸に戻ると考えられる。

 実行は早い方がいい。

 

 剣全体を十字架として見た時、ちょうど交わるところにはめられた黄金の魔晶石に額をくっつけた。少し魔力を込めると、石が青い光を帯びてキラキラと光の粒が降り注ぐ。それらはゆっくりと触れたところから傷を癒していった。


 すべて治し終えて目を開けると、扉の隙間から覗く瞳と目が合った。


「ロダン! いつの間に。あれ、もしかして見ちゃった……?」


 いくら治療に集中いたとはいえ、これはない。

 背中に剣を隠しながらどう言い訳するか考えるが、口が回らない。しどろもどろな俺を置いて、ロダンは目を輝かせた。


「すごい、やっぱり勇者様だったんだ」


 どこまでも憧れに満ちた熱っぽい声色だった。


「いやでもこの時代の俺ーーじゃなくて勇者ってまだ洗礼を受けたばかりくらいだろ? 俺が勇者なわけがないよ」

「そんなことない! だってお兄さんは僕を助けてくれた、僕にとっての勇者様だ。すっごくかっこよかった!」


 純粋に嬉しいなぁ、と思った。剣を立てかけてしゃがみ、ロダンと目線を合わせる。


「それで、どうしたの?」

「そうだ、あのね、これを見て欲しいんだ」


 ロダンはポケットの中から指輪ほどの小石を取り出した。いや、違う。


「見て! 綺麗でしょ?」

「封印石……」


 思わず目の前の肩を掴んだ。「いたいっ」という声が漏れるのも耳に入らない。


「どこでこれを!?」

「え……っと、その。ごめん、いたいよお兄さん」

「! ごめん」


 ようやく痛がるロダンの姿が目に入った。落ち着くために何度か深呼吸をする。


「本当にごめん。でもこれはすごく危ない物なんだ。教えてくれないか?」


 ロダンは躊躇い、意を決したように魔晶石を両手で握りしめた。


「お兄さんと会った、森の中。僕、危ない物だって知らなくてずっと宝箱に入れてたの。それでお兄さんにお礼にあげたくて……綺麗だったから」


 胸が痛くなった。俺はこの子の優しさに触れるたび、ずっと猜疑心を持っていたことに気づかされたからだ。

 未来のロダン・アイとこの子は切り離せない。それでも笑い方や喋り方、似ていないところを見つけるたび安心していた。酷い矛盾だ。


「お兄さん……?」


 急に黙り込んだ俺をロダンが心配している。


「どうしたの? 痛いって言ったから怒ったの? もう大丈夫だよ、本当だよ」

「……無理だ」


 殺せないよ。子供の頃のロダンは勇者に憧れてたんだろ? ならこの子が勇者と認めてくれた俺がずっと一緒にいて、これから来る偽物の勇者からロダンを、家族を守れば未来を変えられるんじゃないか。

 そうだ、何故こんな簡単なことに気づかなかったんだ。元凶を殺すだけが解決策じゃない。俺は、勇者なんだから。


 その瞬間、勇者の剣がかたん、と音を立てた。わかった、というみたいに。


「あ」


 ふらりと立ち上がると勇者の剣に手が伸びる。そしてゆっくりと剣身を抜いた。一連の動作がまるで操られているようだった。


「なんで」


 体の自由が効かない。まるで洗礼時の誓約を破ろうとした時に、強制的に思考が中断されるみたいに頭がぼうっとする。

 でもなにか最悪のことが起ころうとしている、それだけがはっきりわかる。


「にげて。おねがい、ロダン」


 ロダンは剣身をむき出しにして迫ってくる男を不思議そうに見上げている。どこまでいってもその瞳には優しくて残酷な信頼しかない。


「おねがい」


「あら、どうしましたの?」


 異変を感じとったロダンのお母さんが入ってくる。剣を構える俺を視界に入れた瞬間、息を呑みロダンに覆い被さった。


「え」

「きゃあぁああ!」


 勇者の剣は二つの誓約の中で迷っていた。無辜の民を傷つけるか、過去の元凶を殺すか。結果として、俺のロダンを殺したくないという思いが、“未来の危機の元凶の生みの親を殺す”という抜け道を作った。

 剣は殺したくないという俺の意志を尊重しただけ。ただ、それだけのことだった。


 鮮血が舞って、ロダンのお母さんがぐったりと倒れ込む。時を戻ってきた時と同様の浮遊感が俺を襲った。


 自身の母親の血で汚れたロダンが呆然と俺を見ていた。

次回更新は明日20時になります


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