対峙
吹き荒ぶ魔力の風が頬を切りつけるように掠めていく。ロダン・アイの故郷、ルタール地方は解放された魔力溜まりに隣接しており、汚染された地には俺以外の姿はない。一週間前まで人の営みがあったとは思えないほど街並みは風化していた。石畳は黒くひび割れて、歩くたび粉が舞った。高濃度の魔力に晒され続けて、崩壊し始めているのだ。
きっとロダンはここに戻ってくる。国王陛下と聖女さまの意見に、俺も同感だった。
だってほら。歩み進めた道の先に、黒いローブをはためかせながらロダンは蜃気楼のように現れた。
「待っていましたよ、勇者様」
初めてきちんと見た顔の印象は幼い、につきた。タレ目で柔和な顔立ちを見れば、誰も彼が封印石を壊した凶悪犯とは思わないだろう。そして、その目の奥で苛烈に燃える憎しみがきっと彼をここまで突き動かしてきた。
「ねぇ勇者様。少し話をしませんか」
無言を肯定ととったのか、彼は小さくありがとうございますと呟いた。
「たとえば……もし過去に戻ることができるとしたら、過去の私をどうしますか?」
動揺で口が乾いた。それを悟らせないように殊更ゆっくり唾を飲み込んで彼を見据える。
「残念だが、君のしたことは到底一個人で責任を負えるものではない。罪を犯す前に殺すよ」
「そう、ですか……この道をまだ歩んでもいない“過去の僕”を?」
「この未来を知ってしまったからには」
「未来……ね。未来とは確定していないもの。なら、まだ何も罪を犯していない“過去の僕”を殺すのは、無辜の民を殺すのと何が違うのでしょう?」
痛いところを突くなぁ。この分だと、勇者としての洗礼の誓いも、時を戻す魔法の事も知っているんじゃないか?
俺は苦く笑う。
「そうだな、きっとなにも違わない。俺は、世界を救うためと言って個を切り捨てる、ありきたりで平凡な勇者なんだ」
ずるい答えだ。でも彼はいっそ、慈愛に似た表情をした。
「すばらしい」
「それで? この問答はなんなんだ」
「うーん……ただの興味本位です」
読めない。本心とも取れるし、知っていてしらばっくれているようにも見える。
「だって、このお喋りが終われば殺し合うだけでしょう? 憧れの勇者様とお話しできて光栄でした」
言うなり風の矢が眼前まで迫っていた。大きく首を逸らし回避すると、足を地に縫い付けるように間髪入れずに矢が飛んでくる。片腕を軸に後方へ飛ぶ最中、剣を抜いて構えると束の間の静寂が訪れた。
「ごめんなさい。だって正面から戦ったら、凡庸な私に勝ち目はありませんから」
「構わないさ。卑怯な相手と戦うのは慣れてるんだ」
ロダンが使うのは主に風魔法。威力、コントロール共に近衛兵にひけをとらないレベルだ。
剣を持つ手と、時差で背後からも矢が飛んできた。どちらかを避ければどちらかが当たる。問題ないな。
「どちらも叩き落とせばいい話だ」
「はは」
風の魔力を纏わせて剣を横に薙ぎ払う。生じた、体の周りを覆うような旋風がロダンの風の矢を霧散させた。
「本当に、すごい」
ロダンは空中を撫でるように魔法陣を次々展開していく。その数、十以上。俺は剣を構え直した。
「君もなかなかすごいよ」
すべての魔法陣から速度も威力もばらばらな矢が放たれる。
「でも同じ攻撃じゃ芸がないんじゃないかな?」
数が増えてもさっきと同じだ。より大きな魔力を持って制すればいい。そうして剣を薙いだ瞬間、訪れる違和感と焦燥。俺は“なにか間違えた”。すでに放った旋風にチリリと火がつく音。飛びすさろうもするも燃え上がる方が早かった。自身の風魔法の威力が仇となる。
一瞬にして体が炎に包まれた。
「くっ」
幸い装備はあらゆる魔法属性の耐性がある。しかし肌が晒されている部分、顔と首と手、それらが焼きつく。剣を地面に突き立てて、水魔法で相殺を試みた。少し上回った水が髪からしたたる隙間、ロダンの手のひらが視界のほとんどを覆う。
「助言、感謝します」
炎の熱さを感じたのと爆発音を聞いたのは同時だった。
次回更新は明日12時になります




