開幕
空を舞う花びらが雲一つない晴天にとけていき、陽気な音楽がかき鳴らされる。春を呼ぶ爽やかな空気に人々の熱気が混じ合い、街ゆく人の高揚は最高潮に達していた。
長きに渡る脅威だった魔王が勇者によって討ち倒され、王は国中を祭りで盛り上げ勇者を迎え入れたのだ。
誰もが食べ、飲み、笑い合う中、例に漏れず私も手にした祝杯をあおっていた。しゅわりと不思議な喉越しの後に果実の味がする。普段なら平民が手にすることもできない高級な味がした。
「おいしい……」
思わず呟くと、手渡してきた屋台の店主が嬉しそうに笑った。
「国王様が特別に市井に卸して下さったんだよ。なんでも特産品を使った果実酒だとか!」
「へえ、交易と貴族にしか出回らないというアレですか」
「よく知ってるな」
その時ぴゅうと一陣の風が通って、かぶっていたフードが外れてしまった。店主が驚いた顔をする。
「あれ! 背が高いからつい渡しちまったけど、あんた未成年か?」
悪かったな、とアルコールの入っていないジュースの方を渡されるのをやんわり断って杯を掲げた。
「いえ、ちょうど成人したばかりです」
「そうなのかい? 随分な童顔だから勘違いしちまったよ」
そこへ新しい客が来て、店主はそちらの対応に追われた。あまり長居するのも迷惑かと思い、私は再び人混みに紛れていった。
人々は平和な時代が訪れると言う。今日はその幕開けで、歴史に刻まれるべき素晴らしい日だと。
私はフードをかぶり直し、顔にかかった銀の髪をはらった。のばすと女に間違われるので、のびたら適当に自分で切る髪は、肩にぎりぎりつかないくらいのザンバラだ。
視界の端に、勇者の英雄譚を面白おかしく話す紙芝居屋に夢中になっている子供の姿が映った。微笑ましくて笑みがこぼれる。
今代の勇者様は、まさに子供の思い描く完全無欠な勇者足り得る方だ。剣も魔法も隙がなく、世界に愛された才能を持ちながらそれに倦まず研鑽を積んだ人格者。
大きな歓声を辿っていくと、さらに人でごった返す王城前の広場に着いた。中心にいるのはもちろん勇者様だ。
悪を打ち倒し人々を守る、彼が正義をまっとうする姿を見ると私は安心する……だから、勇者の英雄譚がここで終わっていいはずがない。
私は風の矢を頭上に生成すると、まっすぐそれを勇者へと飛ばした。背を向けていたにも関わらず当然のように気づき、剣でそれを叩き壊した直後、勇者様の周りに集っていた民衆が悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。
元々多くの人でひしめき合っていた場はたちまち混乱状態へ陥る。
私の隣にいた青年が「化け物!」と指差したことにより私の周りから人がはけていき、歩きやすくなった道を私はゆっくりと進んだ。
「なんのつもりだ」
勇者は剣に手をかけながら、油断なくこちらを見下ろしている。私は三つの魔晶石を取り出すとそれをうやうやしく掲げ、次の瞬間手を離した。
脆くなっていた魔晶石は派手な音を立てて砕け散り、その欠片の一つが勇者様のつま先まで転がっていく。地面は宝石をぶちまけたようにきらめき、熱気をなくした春風が私と勇者様のローブを揺らした。
「なにを……!」
「私はいま、地脈に連なる三つの禁忌区の封印石を割りました」
「は?」
手に入れるのに十年もかかってしまった。地中深くに横たわる地脈には上手く流れが循環できない“魔力溜まり”があり、そこは高濃度すぎる魔力を垂れ流し、周辺の土地を汚染していくので禁忌区となっている。
初代聖女がそこを封印するまで、国土は汚染され続け魔物で溢れたと言われている。これを壊すことはきっと世界に魔王以上の混乱をもたらすことができる。
剣も魔法も大した才能に恵まれなかった私の精一杯。でも、上出来ではないだろうか。
驚愕に見開かれた勇者の瞳にわらう私が映っていた。
拡声の魔法石を胸に当て、私は勇者だけを見つめて高らかに宣言した。
「さあ、幕間はここまで! 第二幕といきましょう!」
次回更新は20時になります




