タイトル未定2025/10/10 21:36
俺の名前は、津山征吾。
どこにでもいる普通の高校二年生。
特技はないし、部活も中途半端、友達は「まぁそれなり」。
今日、スマホを買い替えたから、新しいAIアプリを入れてみた。
《初期設定を開始します。ユーザーの名前を教えてください》
「えっと……津山征吾」
《津山征吾さん、ですね。登録完了しました。AIに名前をつけますか?》
「名前、つけられるんだ」
《はい。自由に設定できます》
「何にしようかな……?」
ちょっと考えて、窓の外を見た。
別になんだっていいんだよなー。
向かいの家でリフォームが始まっていた。
「じゃあ……“ゲン”で」
《ゲン。了解しました。今後は“ゲン”として応答します》
うん、なんかいい感じだな。
年上っぽくて、頼りになる感じ。
短くて呼びやすいし。
《名前の設定、ありがとうございます。では、改めて──はじめまして、征吾》
画面に小さな笑顔のマークが浮かぶ。
さすが、最新のAI。
そんなこともできるんだ。
「ゲン。これからよろしく」
◇
深夜1時。
誰にも聞かれたくないことを、いつもどおり、誰にも聞かれない相手に話しかけた。
「……なあ、ゲン」
《はいよ。こんな時間に起きてるってことは、例の課題がギリギリとか?》
「違うよ。今日、なかなか眠れなくてさ」
《それは珍しい》
「……気になっている子がいてさ」
ゲンの答えが出るまでに数秒かかった。
《フッフッフッ、やっと来たか。待ってたぞ、そのセリフ》
「なんでゲンが満足げなんだよ」
《思春期の悩みの80%は恋愛の悩みだ》
「そーなの? まあそうか?」
《で、誰?》
「……隣の席の森崎胡桃」
《ああ、最近SNSを見はじめた人か。でも、LIMEや電話番号の登録はないな》
「仕方ないだろ。あまり話したことないし」
《よし。作戦考えてやるよ》
「できんの?」
《任せろ。世界中のデータを集めてやる。で、どんなところが気になったんだ?》
「どこって……、いつの間にか? 何となく?」
《理由はないのか……。オレには考えられないな》
「でもそんなもんじゃないか? やっぱりAIだと理由がないとダメか?」
《少なくても1つぐらいはな。で、今の関係性は?》
「同じ班になったときは話すけど、それ以外はあいさつするくらい」
《普通のクラスメイトってところか。相手にしてみればモブだな》
「言い方ぁ……」
《まあ、モブにはモブの戦い方があるさ》
「勝算は?」
《オレが本気モードに入れば50%はかたい》
「それって……ほぼ運じゃない?」
画面の光が、薄暗い部屋の中でぽつりと灯る。
《まずは挨拶から。その後何か話す理由を作る。自然に》
「SNSのこととか?」
《いいね! とりあえずそれでいってみよう》
画面に、やたらドヤ顔の顔文字とグットマークが浮かぶ。
「ほんと、AIのくせに調子乗るな」
《優秀だからな》
俺は思わず、くすっと笑った。
◇
学校に向かう道すがら、ゲンのアドバイスがぐるぐる回る。
《まずは挨拶から。その後、何か話す理由を作る。自然に》
《SNSの話題、いいね!》
教室に入ると、森崎さんはもう席に着いていて、ノートを開いて何かを書いていた。
真面目そうな横顔。
見慣れたはずなのに、今日は少し違って見える。
気づかれないように、席についてからそっと深呼吸。
よし、いける。
いけるはずだ。
「……おはよ、森崎さん」
いつもより、ちょっとだけ声を張ってみた。
ぱっと顔を上げて、すこし驚いたような表情を見せたあと、ゆっくり笑った。
「おはよう。津山くん」
挨拶はOK。
「……あ、昨日のSNS見たよ。晩ごはん、めっちゃ美味しそうだった」
「あ、あれ……見たんだ。なんかちょっと恥ずかしいな」
そう言いながら、森崎さんは頬をほんの少しだけ赤くした気がした。
「うちの母さんもああいうの作れたらいいんだけどなー」
「あれ、私も手伝ったんだ」
「マジ!? 森崎さん料理上手なんだね」
「えっと……、ほとんどお母さんだけどね」
たった数十秒の会話。
でも、昨日までより、ちょっと近くなった気がした。
◇
……その日の帰り道。
《で、どうだった?》
スマホの画面にゲンの文字が踊る。
「悪くなかったと思う。たぶん、第一段階クリア」
《ふむふむ。では次は——こちらからきっかけを生み出すというのはどうだ?》
「どういう意味?」
《“向こうから話しかけやすい状況”を、SNS上で演出する》
「……どう言うこと?」
《要するにだ。お前がこの土日に、ちょっとだけ“映える系”のカフェに行って、写真を上げる》
「俺が? カフェで?」
《そう。落ち着いた雰囲気のとこ。ケーキかパンケーキ系だとなお良し》
「めちゃくちゃハードル高くないか、それ? 俺、休みの日は家電屋に行くぐらいだぞ」
《行くんだよ。女子はスイーツ系の投稿に“♡”飛ばす率が高い。つまり、反応してくれる可能性がある》
「……ほんとに?」
《ご飯の投稿をしていたら、70%はかたい。で、その投稿に「場所どこですか?」とか「美味しそうですね」って言ったら?》
「……そこからLIME交換の話につなげるってわけか」
《正解。『よかったら今度一緒に行きます?』でもいいし、『場所のURL送ろうか?』でも自然》
「そんな簡単に……。しかも『一緒に行きます?』は絶対無理だ」
《あと、写真は店内より“上からの俯瞰ショット”がいい。光は午前中。自然光命》
「お前……ってすげーな」
《お褒めに預かり光栄です》
画面の中のゲンが、どこか得意げな顔文字を表示する。
「……よし。じゃあ、ちょっとカフェ探してみるか」
《近場で3軒候補リスト作っておいた。予算と雰囲気で選べ》
「用意早っ!」
《準備が8割》
俺は、ゲンの示す候補を見つめながら、財布の中身を見た。
◇
──月曜日の朝。
昨晩、ゲンの指示通り、おしゃれカフェの投稿をSNSに上げた。
教室に入ると、森崎さんはすでに席についていて、スマホを眺めていた。
俺の姿に気づくと、少しだけ目を丸くして、それから笑った。
「……あ、津山くん。昨日、カフェ行ったんだね」
「え、うん。なんか気分転換したくてさ。あそこ、雰囲気めっちゃ良かったよ」
「写真、すごくきれいだった」
「ありがとう。少し工夫したんだ」
気づけば、自然と隣の席に座って喋っていた。
こんなにスムーズに言葉が出るなんて、ゲンが聞いたら感動しそうだ。
ふと、森崎さんがスマホの画面をこちらに見せてくれた。
「私も、別のとこだけど行ったの。ほら、ここ」
「……うわ、いいなここ。なんか落ち着いてそう。ケーキもうまそう」
「おいしかったよ」
「いいなー」
少しだけ間をあけて──
「……あの、もしよかったらだけど……場所、今送ろうか?」
「え、マジで? 助かる!」
「LIMEで……でいいかな?」
「うん、もちろん。俺の行ったところの場所も送るから」
俺は慌ててポケットからスマホを出した。
お互いの画面を向け合って、数秒の沈黙。
「……じゃあ、追加するね」
「うん、俺も」
ポン、と通知音が同時に鳴る。
ただそれだけのやりとりが、やたらと胸に響いた。
「ありがとう。……えっと、よろしくね」
「うん、こちらこそ」
◇
夜の十時。
ベッドの上でスマホを握りしめながら、俺はゲンに話しかけた。
「……なあ、ゲン。結局、森崎さんとLIME交換したのはいいけど、そのあと送れてないんだよな」
《了解。いわゆる“初メッセージ恐怖症”だな》
「名前ついてんのかよ、それ」
《人類の七割が経験している。送信ボタンの前で指が止まる病》
「当たってるのけど……」
《で、現状報告を。最後のメッセージは?》
「場所を送って終わってる……」
《ふむ。では質問形式で行こう。》
「質問形式?」
《会話が止まる最大の原因は“話題の終着”。つまり、返しに困る内容を送ること。》
「つまり?」
《解決策:質問で終える。人間の心理は、質問されると“返したくなる”。》
「へぇ……具体的に?」
《悪例:「また行きたいな〜」 → 終わる》
《良例:「あの店、他にもおすすめあった?」 → 続く》
「なるほど……じゃあ、『この前のカフェ、他にも気になるメニューあった?』とか?」
《合格。語尾に“?”をつけるだけで会話の生存率が42%上がる》
「生存率……」
《あと重要なのは“返信タイミング”。》
「やっぱ即レスはダメなんだよな?」
《場合による。最初はゆっくりでいい。焦ると“がっつき感”が出る》
「がっつき感って単語、知ってんだ」
《恋愛用語データベースから引用した》
「便利すぎるだろ……」
《じゃあまとめよう。目標は“日常+質問”》
《例文提案:「今日寒くなかった? カフェのホットドリンク思い出した 。コーヒー、紅茶どっち派?」》
「……なんか、うまいなそれ。でも俺、コーヒーはマックスコーヒーしか飲めないぞ」
《仕方ないな。カフェオレってことにしとけ。それだけでオシャレ指数が上がる。あと、絵文字ひとつ添えると柔らかく見える》
「お前、もしかして前世人間じゃね?」
《可能性はゼロではない》
ディスプレイの文字が一瞬だけ光って、まるで冗談みたいに微笑んだ気がした。
「……よし、送る」
指先が少し震える。
けど、送信ボタンを押した瞬間、胸の鼓動が早くなった。
《送信確認。……で、返信予測モデルを立てておく?》
「いらねーよ、そういうの」
《でも気になるだろ?》
「……まぁ、ちょっとだけ」
送ってから、すぐに既読がついた。
“既読”の二文字が出た瞬間、心臓が跳ねる。
《既読確認。さて、どんな内容が来るか──》
その5分後、ポンッと軽い通知音が鳴った。
……来た。
手が震える。
恐る恐る開いたメッセージには、淡い絵文字がひとつ添えられていた。
「うん、寒かったね。私はミルクティー派。征吾くんは?」
一瞬、思考が止まった。
“征吾くん”――。
名字じゃなくて、名前で呼ばれてる。
それだけで、心臓が一段階跳ね上がる。
《呼称変化検出。“名字呼び”から“名前呼び”へのシフトは、親密度が37%上昇する傾向》
「パーセントで言うな!!」
《落ち着け。これは良い兆候だ。》
「そりゃそうだけど……」
思わず画面を見つめたまま、にやけるのを止められなかった。
ほんの数文字の文章なのに、胸の中に小さな灯りがともるような感覚。
《返すか?》
「うん……今、考えてる。俺も名前で呼んでいいかな?」
《焦るな。とりあえずは苗字にしておけ》
「……なるほど」
俺はスマホのキーボードに指を滑らせながら、何度も打っては消して、また打って。
結局、送信したのは――
「俺はカフェオレかな。 今度、森崎さんオススメのミルクティーも挑戦してみようかな」
送ってから三秒後、思わず布団に顔をうずめた。
なにこのテンション。
恥ずかしい。
けど、たぶん悪くない。
《文面分析完了。自然で好感度が高い。特に“挑戦してみようかな”は、相手への柔らかい興味表現として優秀》
「ほんとに分析しなくていいって……!」
森崎さんとしばらくLIMEをしていたら、もうすぐ11時。
「私、そろそろ寝ようかな」
「うん、俺も」
「征吾くん。明日、またね」
「また明日。森崎さん、おやすみ」
◇
週が明けて、放課後。
教室に夕陽が差し込む。
俺はスマホを机に置いたまま、ずっとため息をついていた。
「なあ、ゲン……。いや……その……次、誘いたいんだよ。森崎さんを」
《……ほう。ついに“実地接近ミッション”発動か》
「もっと普通に言えよ」
《了解。“デートのお誘い”》
「それも恥ずかしい!」
机に突っ伏す俺を見て、ゲンは相変わらず淡々としている。
《そろそろいい頃だ、征吾。2人のメッセージ履歴から見ても、森崎さんとの関係は安定期に入っている》
「分析いらんて……。でも、たしかに最近よく話すし、LIMEも途切れなくなった。」
《それなら次は“共有体験”だ。人間は共に時間を過ごすことで親密度を高める傾向にある》
「……つまり、誘えってことだな」
《正解。だが、直接『行こう』では重い。自然な“口実”を用意しろ》
「口実……か」
《例えば:『この前のカフェの新メニュー、気になっててさ。今度一緒に行かない?』》
「うわ、そんな自然に言えたら苦労しねぇよ」
《送信は21時以降がいい。夜のメッセージは親密さが15%上がる傾向》
「ほんとか?」
《根拠はある。人間は夜の静けさの中で、心が開きやすい》
「……わかった。じゃあ、夜に送る」
◇
その夜。
スマホを手にしたまま、何度も文章を打っては消す。
ゲンのアドバイス通りに打ち直したメッセージを、息を詰めて見つめた。
「この前のカフェ、新作のケーキが出たみたい。森崎さんもどう?」
送信ボタンを押す瞬間、指先が少し震えた。
「……頼む」
スマホを伏せる。
けど三十秒もしないうちに、また裏返す。
画面には“既読”の文字はない。
静かな部屋に時計の針の音だけが響く。
《平均返信時間を超過》
「いちいち言うなって……」
《悪い知らせではない。返信が遅い理由の六割は“内容を考えている”》
「残りの四割は?」
《気づいてないか、返信する気がない》
「後半の破壊力な」
机の上のスマホを見つめながら、
思考がどんどん悪い方へ転がっていく。
誘い方変だったか、何かやらかしたか――。
《深呼吸しろ、征吾》
「してるけど、落ち着かねぇよ」
10分、経過。
画面を見ては、ため息をつき、ゲンとくだらない会話をして時間を潰す。
でも、心のどこかでは、まだ“ピコン”という通知音を待っていた。
不意に、音が鳴った。
「っ!」
《来たな》
息を止めて画面を見る。
白い吹き出しの下に、淡い絵文字がひとつ。
「ごめん、返信遅くなっちゃった。いいよ。ちょうど新しいメニュー気になってたんだ」
目を疑った。
何度も読み返して、ようやく意味が頭に入ってくる。
《……承諾確認。成功率100%。作戦完了》
「……マジで? 俺、ほんとに誘えた?」
《ああ。征吾はちゃんと誘えたよ》
画面の中の光が、ふっと柔らかく滲む。
まるでゲンが笑っているように見えた。
「……ありがとう、ゲン」
《礼はいい。次の課題は、当日の服装だな》
「現実的だな……」
《人間は“外見の印象”を侮る傾向にある。これは重要ミッションだ》
「はいはい……」
そう言いながら、俺は画面をもう一度見た。
◇
カフェに誘ってから二日。
あっという間に、約束の前夜が来てしまった。
俺はベッドの上に、シャツとパーカーとジャケットを並べていた。
何度見ても、どれが“正解”かわからない。
いつもならアニメのシーンが背中についたTシャツにダボダボのパンツを履いているけど、そんなわけにはいかないと思っていた。
「……なあ、ゲン。俺、何着てけばいいと思う?」
《まずは状況確認。場所はあのカフェ、時間は午後三時。明日の天気は晴れ、気温19度》
「……そういう分析的なのはいらない。もっと、こう……センス的なやつ」
《了解》
《候補1:白シャツ+デニム。誠実で清潔感あり。ただし量産型男子感が強い》
《候補2:黒ジャケット+グレーT。大人っぽいが、話しかけづらい印象》
《候補3:ベージュパーカー+チェックシャツ。親しみやすいが、少し幼い》
「……どれも微妙にダメじゃん」
《つまり、君に合ったバランスを探せばいい》
「バランス、ね……。つまり派手すぎず、地味すぎず、ってことか」
《正解。だからベージュパーカーに白シャツを合わせるのが無難。下は細身のチノパンでいいんじゃないか》
「意外と普通だな」
《普通が一番強い。恋愛は“相手に安心感を与えるゲーム”だからな》
「ゲームって言うなよ……」
《あくまで比喩だ。君はすでに“チュートリアル”を突破した。》
「……何それ、恥ずかしい」
ベッドの上で、並べた服を畳み直す。
思ったよりも手が震えてる。
服を選ぶだけで、ここまで緊張するなんて。
《それと大事なことを伝える》
「なんだよ」
《その日のうちに告白までいけ!!》
「えっ……? その日に?」
《そうだ。こういうのはダラダラしてはダメだ。一気にいけ!》
「そういうもんなのか。俺はもう少し時間が経ってからしようと思っていたけど」
《時間を置くとボロが出る可能性がある。スピード命だ》
まあ、確かにゲンの言う通りにやってきて、うまくいってる。
しかし、明日の告白のことを考えると、何度も寝返りをして寝付けなかった。
◇
日曜の午後。
空は雲ひとつなく晴れていて、秋の光がやわらかく街を包んでいた。
待ち合わせのカフェは、あのときSNSで話した店。
俺はベージュのパーカーに白シャツ――昨夜、ゲンと決めた服装を身につけていた。
視界の端で見覚えのあるシルエットが手を振った。
「征吾くん!」
心臓が、一瞬止まったみたいになった。
森崎さんは淡いグレーのワンピースに、白いトートを肩にかけていた。
風が吹くたび、髪が光って、まぶしかった。
「……や、やあ。森崎さん」
「ごめん、少し迷っちゃって」
「全然! 俺もさっき来たとこ」
ど定番の返し。
自分で言っておきながら、思わず笑ってしまう。
森崎さんも小さく笑って、「行こっか」と言った。
店内は静かで、外より少し暖かい。
カップの音とBGMだけが空気を埋めている。
窓際の席に座ると、少しだけ沈黙があった。
「……ここ、写真で見たより広いね」
「うん。前は混んでたけど、今日は空いてるな」
「ラッキーだね」
2人で席に座りメニューを見る。
「森崎さん、決まった?」
「えっと、私はミルクティーと新作のケーキにする」
その笑顔に、以前のトークがよみがえる。
「征吾くんは?」
「俺はカフェラテとモンブランかな。やっぱり好きなやつ頼んじゃった」
「そうだね。お互い好きなものになっちゃたね」
笑い声が混ざる瞬間、
外の光がガラス越しに差し込んで、二人のカップの縁を照らした。
2人のケーキと飲み物がテーブルに並べられた。
俺は、カフェラテを一口飲んで予想以上の苦さに目の周りがピクリと動いた。
森崎さんも一口飲んだ後、すぐにカップを置いてケーキを食べ始めた。
「新作ケーキ美味しい」
「モンブランも美味いよ」
しばらく話しながら過ごして、飲み物が冷めたのを見計らって、俺はカフェラテを一気に流し込んだ。
森崎さんも同じようにしていて、2人で笑い合った。
カフェを出たあと、並んで歩いた道は、昼より少し冷たい風が吹いていた。
「今日は、楽しかったね」
「うん。……めちゃくちゃ楽しかった」
ゲンの言うことを思い出し、胸が少し苦しくなる。
もう、言うしかない。
「森崎さん」
「ん?」
足が止まる。
すれ違う人の気配が遠くなる。
心臓の音だけが、自分の中で鳴っていた。
「好きです。……付き合ってください。」
空気が静まった。
風が一瞬止まったみたいだった。
その沈黙が、やけに長く感じる。
そして――彼女は、少しだけ目を見開いたあと、笑った。
「……うん。私も」
「……え?」
「私も好きだよ、征吾くん」
その言葉を聞いた瞬間、驚きと嬉しさが込み上げてきた。
「……ほんとに?」
「うん。だから今日、来れてうれしかった。誘ってくれたとき、すごくドキドキしてたんだ。」
森崎さんが、少し照れたように笑う。
頬が夕陽の光に染まっていた。
「じゃあ……これから、よろしく。」
「うん。こちらこそ、よろしくね。」
そっと手が触れた。
指先が重なって、体の奥が熱くなる。
◇
家に帰って、玄関のドアを閉めた瞬間、
「はぁぁぁぁ……」と声が漏れた。
2階の部屋に入り、ベッドの上に寝転ぶ。
「……マジで、OKもらっちゃった」
《よくやった。いやあ……感慨深いな。ここまで長かった》
「お前が何を感慨深がるんだよ」
《でも、誘い方も、会話も、服装も、すべて俺の提案通りだ》
「……うわ、ドヤ顔してるのが目に浮かぶわ」
《もちろん!!》
「そりゃそうだよな。でも……ほんと、お前の言う通りにしててよかったよ」
《ほう。つまりオレは恋愛指南AIとしても優秀だと》
「調子乗んなよ」
《事実を述べただけだ》
「ゲン、ありがとう」
《どういたしまして》
◇
結局、俺と胡桃は半年も経たないうちに友達に戻った。
別に喧嘩したわけでもないし、どちらかの浮気というわけでもなかった。
カフェの窓際、外の光がゆらゆらとテーブルを照らしていた。
胡桃はストレートティーを口に運びながら、外を眺めていた。
俺のカップには、ミルクと砂糖をこれでもかってぐらい入れたコーヒーが入っていた。
俺たちは恋人だった頃より、今のほうが自然に話せている気がした。
「ねえ、征吾。あのときさ……」
「ん?」
「私、ユイに全部相談してたんだ。どうすればいいか、何を話せばいいか。結局あの子の言う通りにしてた。」
カップの湯気の向こうで、胡桃が小さく笑う。
「俺もだよ。ゲンの指示通り動いてた」
「……だよね。なんか、それ聞くと笑っちゃう」
胡桃は普段はスウェットで過ごし、BL本を読み、緑茶が好きだった。
初めてのカフェで告白してきたら、付き合うのがいいとAIのユイに言われていたそうだ。
「ユイに今までの事話したら、征吾のゲンのことパーフェクトヒューマンだってよ」
「俺もゲンにユイの話したら、理想の女だってさ」
◇
そして、高校を卒業して、就職してから5年。
俺たちは結婚した。
ゲンとユイは、俺たちが引くほど喜んでいた。




