モラハラ婚約者が解釈違いを押し付けてくるのですが
――それは学園のカフェテリアでの出来事だった。
婚約者のリーガンと昼食をいただいていたときに、骨付きチキンをたべようと口を開いた瞬間。
「あのさぁ、ロレッタ。何で骨付きチキンなんて食べてるわけ?」
「はい?」
チキンを口に入れる前に、そんなことを言われて唖然とする。
「……なにか、問題でも?」
「別に。ただロレッタには、そんなの食べて欲しくないだけ。サラダとか小さなサンドイッチとかパンケーキとか……とにかく、お前には可愛くて女の子らしい物だけを食べてて欲しいんだよ。骨付きチキンなんかを食べるロレッタは、解釈違いだ」
まーた、出ました。お得意の『解釈違い』。
リーガンは事あるごとに、これを口にする。
――人気の、推理小説を読んでいたときも。
「え……そんな本を読むのか? ミステリーって……ロレッタには、人が死ぬような話を読んで欲しくない。お前は、ロマンス小説だけ読んでいればいいんだよ。ミステリーなんかを読むのは、解釈違いだ!」
――初めて、二人でお出かけしたときも。
「え⋯⋯お前の私服って、そんな感じなの⋯⋯? 何ていうか、地味だし一緒に居たくないな⋯⋯。そんな修道女みたいな服より、流行りの可愛い服を着てほしい。可愛くない服を着ているロレッタは、解釈違いだ」
他にも、クラスの男子生徒と話をしていただけで……。
「他の男と、イチャイチャしているロレッタは解釈違いだ!」
家に招いたときに、紅茶を出しただけで……。
「俺、珈琲派なんだけど? 婚約者なのに、そんなことも知らないわけ? 俺に理解がないとか、解釈違いなんだけど?」
この有り様だ。
なぜ好きな物を食べているだけで、解釈違いなどと言われなくては、ならないのか……面倒になって溜め息を吐く。
これにカチンと来たのか、リーガンが口を歪める。
「ねぇなんで、そんな不機嫌そうにするわけ? 俺が悪いの? 俺、ロレッタには常ににこにこと嫌な顔せずに、笑ってて欲しいんだけど? 解釈違いだなぁ」
嫌になってきた。そろそろ限界かもしれない……。
「あの、リーガン⋯⋯」
「それ!」
「はい?」
「なんで俺のこと呼び捨てなの? 確かに俺たちの家柄は同等なのかもしれないけど、俺のこと立てて〝様〟くらい付けてよ。婚約者であるロレッタに呼び捨てにされるとか、解釈違いなんだけど」
あ〜〜さすがに、もう無理かも。
こんな人と、一生一緒なんて地獄はご免だと考えていたとき――。
「――ずっと気になっていたのだけれど、君はなぜ彼女に自分の考えを押し付けているんだい?」
突如降って来た涼やかな声に、私とリーガンは顔を上げる。
さらりと靡く金糸の髪に、神秘的な菫色の目。背筋の伸びた、しなやかな肢体……美しい、その方は――。
「――ユリウス殿下?」
この国の第二王子だ。
ユリウス殿下は、リーガンを見てにこりと微笑む。
「君は頻繁に『解釈違い』という言葉を口にしているけれど、それって彼女にそうあって欲しいという君のワガママだよね? 君の理想を彼女に強いるのは、どうなんだろうね?」
「は、はあ? なんですか、急に……っ!」
「君の好物を否定されたら? 君の趣向や考えを否定されたら? 自分がされて不快になることを、他人には強いるのかい?」
リーガンの顔が、カッと赤くなる。
「いきなり入って来て何なんですか!? あなたには関係ないでしょう!? これは、俺たちの問題だ、外野は黙っていてくれ!」
声を荒らげるリーガンが、こちら振り返る。
「お前だって、そう思うだろう!? 大体いちいち俺に、こんなことを言わせるロレッタが悪いんだ!」
あ、ダメ。完全に無理。
もう、どうなってもいいやと口を開く。
「……ユリウス殿下のおっしゃる通りです。私が何を食べて、何を着て、何を読もうと、全て私の自由ですよね? ずっと、あなたに言われる『解釈違い』が不快でした!」
「はああ!? 何だよ、俺が悪いっていうのかよ!? 解釈違いなんだから、仕方ないだろ! 気に入らないんだよ!!」
「人はそれを押し付けというし、君のやっていることは彼女を支配する行為だよ」
「……なっ!?」
その時、カフェテリアに居た他の生徒たちも会話に入って来る。
「俺、実はリーガンがロレッタさんに解釈違いっていうのが、解釈違いなんだよね」
「リーガンさんの言う解釈違いという言葉は、気分の良いものではありませんわよねぇ……」
「よく、人にあんなこと言えるよな」
「はあ!? はあ!? はああ!?」
「皆さんの言う通りです。あなたは解釈違いの他にも、私に対して〝ああして欲しい〟〝こうして欲しい〟と求めるばかりでした。あなたは自身は、私に何かをしようと一度でも考えてくれたことはありますか?」
私の言葉に、正面に座っていたリーガンが立ち上がり、思い切り机を叩く。
その様子を見たユリウス殿下が、私を庇うように手を前に出してくれる。
「うるさいな!! ロレッタは、おとなしく俺の言うことを聞いていればいいんだよ!! 俺が違うと言ったら違うんだ! お前は、おとなしく俺に従ってればいいんだ!! 俺は婚約者だから、こいつに教えてやってるんだ!! 教育してやってるのが見て分からないのか!? ロレッタは、何でも俺の言う通りにして可愛く愛想よく媚び売ってればいいんだよ!! そうすれば可愛がってやる!! 俺らのことに、他の奴らは口を出すな!!」
リーガンの言葉の酷さに、その場に居た全員が黙り込む。
――最初に口を開いたのは、近くの席に座っていた男子生徒だった。
「……なんだよ、それ! お前、浮気してくるくせに!!」
……え、何それ?
「一学年下のお嬢さんでしょう? 私も見かけたことがありますわ」
「わたくしもです! お二人で、ロレッタさんの悪口を言っておりました」
「お相手の方に、君こそが理想だとか君が世界一かわいいだとか」
「ロレッタと君を交換したい……なんて言っていたのを、お聞きしましたわ」
「人目も憚らず、イチャイチャなさっていたんですのよ」
「……まあ、なんて非常識な!」
「は? ち、ちが……っ! 誤解だ!」
……知らなかった。
私自身、あまりにリーガンに興味がなさすぎて気付いていなかった……。
「な、なぁ信じてくれよ、ロレッタ。俺は、本当にそんなことしていないんだ! お前なら信じてくれるよな? 婚約者だもんな?」
必死に取り繕うリーガンに、私は冷めた目を向ける。
「信じるわけないでしょう? ご自身の日頃の行いを振り返ってみてください」
「……あ、ぅ、うぅ……」
「これだけの証人がいるんだ、言い逃れは出来ないぞ!」
「ロレッタさん。もし必要でしたら、わたくしたちが証言いたしますわ!」
「いつでも、おっしゃって!」
力強い皆さんの言葉。
「ロレッタ嬢。絶好の機会だけど、どうする?」
にこりと美しい笑みを浮かべるユリウス殿下。
――それは、もちろん。
「浮気をする婚約者など解釈違いです! リーガン、あなたとの婚約を破棄いたします!!」
私が高らかに宣言すると、リーガンは膝を折り、周りからは大喝采が起こった。
◇
あのあと、皆さんへのお礼に昼食をご馳走させてもらった。
リーガンと婚約破棄できるのだったら、こんなのは安いものだ。
ユリウス殿下は既に食事を終えられていたので、他に何か出来ることはないかと直接尋ねに行くことにした。
――放課後。
中庭に行き、昼間のお礼を伝える。
「ユリウス殿下。今日は、本当にありがとうございました。よろしければ、何かお礼をさせてください」
私は深々と頭を下げる。
「いいよ、そんなの。僕が勝手にしたことだし、見過ごせなかっただけだしね」
「ですが⋯⋯」
ユリウス殿下は小さく笑うと、流れ行く雲を見ながら口を開く。
「――僕の話になってしまうのだけど……実は僕、甘い物が好きなんだ。お砂糖たっぷりのカフェオレが好きだし、無糖の珈琲や紅茶は苦手」
「そう、だったんですね⋯⋯」
ご本人が『実は』というだけあって、少し意外ではあった。
殿下は、いつも静かにストレートティーを飲んでいるイメージがあったからだ。
「可愛いものもすきだし、色は落ち着いたものよりもカラフルなものの方が好ましい」
少し目を伏せて、どこか物悲しげに笑うユリウス殿下。
「僕も何かしようとすると、イメージ違うと否定されてきたんだ。王子なのだからと⋯⋯事あるごとに、ああするべきだ、こうするべきだってね⋯⋯」
ユリウス殿下は小さく息を吐いてから、話しを続ける。
「⋯⋯だから、君を放っておけなかったんだ。あんなの、心が擦り減ってしまうよね」
王子という立場上、イメージというものは凄く大事なのだろう。⋯⋯けれどそのせいで、この方はずっと苦しんできたんだ。
私は、胸の辺りをぎゅっと掴むと大きく口を開く。
「あの、殿下。よろしければ、ご一緒に人気のカフェに行きませんか? パンケーキの上に、どーんと山盛りの生クリームが乗っているんです! フルーツもたくさん盛られていて、見た目も味も最高にハッピーな一品だそうです! 飲み物もいっぱいあるんですよ! 人気なのは、ミルクベリーで極甘だそうです! あっ、でも行くのは難しいでしょうか……でしたら、私が買って来ますのでお茶会を開きませんか? 他にも焼き菓子や茶葉なんかも一緒に買って来ますので!」
私の言葉に、目を丸くする殿下。
だが、すぐに美しく微笑んでくれる。
「……うん。だったら、僕はロレッタ嬢の好きな物を用意するから、教えてもらえるかな?」
「はい! 私が好きなのは――」
◇
――翌週の週末。
ユリウス殿下に私の屋敷に来てもらうことになっていた。
両親や使用人たちは緊張でガチガチになっていたが、今日はプライベートなので余計な口は挟まないようにと、お願いしておく。
殿下が到着し、お茶会の準備をしておいたバルコニーへと案内する。
テーブルの上には所狭しと並ぶ、甘くて可愛くて華やかなお菓子たち。飲み物もたくさん用意してある。
テーブルの真ん中には、美しい花と殿下が喜んでくれるかもと思って、小さなテディベアたちを並べておいた。
余った椅子の上には大きなテディベアも座っている。
「これは⋯⋯」
「どうでしょうか? 張り切って準備してみました!」
「――うん。すっごく、可愛い!」
輝くような笑顔を見せてくれた殿下に、私も顔をほころばせる。
美味しいお茶とお菓子をいただきながら、私たちは時間の許す限り、お互い好きなものについて語りあうのだった。
◇おわり◇
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