(最終話)「また、会えるよ」
星の光は、とっくに消えたあとに届くもの。
だけどぼくらは、それを“いまの光”だと思って、ちゃんと見上げられる。
だとしたら、忘れられた気持ちも、すれ違った言葉も──
いつか、ちがう宇宙で、もういちど出会えるのかもしれない。
これは、終わりのような「はじまり」の話。
──七夕の星にきいたこと──
お寺の庭に、夜風が吹いていた。
タケルとアスは、並んで空を見上げていた。
七夕の夜、虫の音が遠くに鳴っている。
背の高さほどの笹が、ゆれていた。
いくつもの短冊が、風にふわりと踊る。
「願いごと、書いた?」
アスが聞いた。
タケルは肩をすくめた。
「うーん……いつも、なに書けばいいかわかんないんだよな」
「いいじゃん、なんでも」
「じゃあ、“アイスが当たりますように”とかでもいい?」
「ぜんぜんいいよ」
ふたりは笑った。
しばらく黙って、
アスは望遠鏡をのぞいた。
「星、見えてる?」
「……うん」
アスは目を離さずに言う。
「でもさ──
たぶん、いま見えてる星のいくつかは、
もうとっくに消えてるんだと思う」
「え?」
「何千年も前に、もうなくなってるの。
でも光だけが届いてる。
いまここに、いるみたいに」
タケルは空を見上げた。
「じゃあ……ぼくらは、
“もうないもの”を見てるってこと?」
「そう。でも、それをきれいって思える」
アスの声は、夜の色に溶けるようだった。
「ぼくらって、そういうふうにできてるんだと思う。
いまじゃないものを、いまとして受け取れる」
「……ふしぎだな」
タケルはつぶやいた。
──沈黙。
短冊が、風にゆれる音だけが聞こえる。
願いごとたちは、みんなちがった言葉をつけられて、
笹の枝に、そっと結ばれている。
「ねえ、アス」
タケルが言った。
「このノート、終わるんだよね。100話で」
「うん」
「なんか……ちょっと、さびしいな」
アスは、ゆっくりと頷いた。
「でもさ、思うんだ。
これって“終わり”じゃないんじゃないかなって」
「え?」
「どこかの宇宙では、また“ぼくら”がいるかもしれない。
ちがう時間、ちがう出会いかた、ちがう物語。
だけどきっと、同じように空を見てる」
タケルは目を細めて笑った。
「じゃあ……また会えるんだ、ぼくたち」
「うん。
違う世界線で──また会えるよ」
夜空はどこまでも深く、
星たちは、だれの願いかもわからない光で瞬いていた。
タケルは短冊をひとつ取って、
そっと、書いた。
「また、会えますように」
短冊が、静かに、風にゆれた。
100話の旅を、ありがとうございました。
でも──
もしあなたが、夜空を見上げてふと、
「あのふたり、いまもどこかにいる気がする」と思えたなら。
それはきっと、また001話のはじまり。
ぼくらは、違う世界線でまた出会える。
それが、宇宙のやさしいしくみです。




