第100話「ラプラスの悪魔をつかまえろ」
科学と哲学が出会う「ラプラスの悪魔」の概念を、アスとタケルの実験遊びとして展開しました。現代的な科学観をテーマに据えつつも、2人らしい温かみのある会話を軸に、世界の決定性と不確定性に触れています。
ぼくとアスは、図書室の隅っこで「未来予測」の本を読んでいた。
アスがぽつりとつぶやいた。
「……“ラプラスの悪魔”って知ってる?」
「ラプラスの……悪魔?」
「そう。むかしの科学者が考えた、なんでも知ってる存在。 この宇宙にあるすべての粒子の“位置”と“速さ”がわかれば、 未来も過去もすべて計算できるっていう考え」
「そんなの、ほんとにできるの?」
「うーん、ぼくたちの世界ではたぶん無理。でも……やってみようよ、ラプラスの悪魔ごっこ」
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家に帰って、アスが持ってきた材料を机に広げた。
動きセンサー(百均で買った)
小型カメラ
ストップウォッチ
紙と鉛筆
小さなピタゴラスイッチ風のコース
「この装置を“観測者”にするんだ」 アスはカメラを玉が転がる位置にセットし、 センサーを通るたびに時間を記録できるようにした。
「玉がいつ、どこを通るか全部記録できれば、次にどこを通るかも予測できる」
「まるで……未来が決まってるみたい」
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何度も試して、アスは紙に予測を書いた。
「次は3.2秒後に、赤いカーブを通る」
玉が転がる。 ほんとうにその通りになった。
「すごい……まるで、ラプラスの悪魔だ」
「でもね、タケル」
「うん?」
「たまに、玉がちがうコースに行くときがある」
「なんで? ぜんぶ同じはずじゃ……」
「空気のゆらぎ、手の角度、見えない“ゆらぎ”があるんだよ。 完全に予測できる未来なんて、たぶん存在しない」
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その夜、アスが言った。
「たとえばさ、もし全部の未来が決まってたら、ぼくたちが悩む必要ってある?」
「え……?」
「どうせ決まってるなら、ぼくたちの意思なんて、まぼろしだってことになる」
ぼくはしばらく黙ってから言った。
「でもさ、未来がちょっとズレるってことは、“選べる”ってことかもよ」
アスはふっと笑った。
「……ラプラスの悪魔は、きみのことを予測できないかもね」
未来が決まっていたら、ぼくらの自由はどこにあるのか? アスとタケルの対話は、科学の遊びからはじまり、やがて人生の問いに重なっていきます。たった一粒の玉の“ズレ”に、ぼくらの希望が宿るのかもしれません。




