第99話 「もうひとりのタケル」
アニメのなかで、コピーされた自分が消されずにずっと存在し続ける――。そんな話を観た夜。タケルとアスと兄は、ある工作の話をきっかけに、とてもふしぎな体験をすることになる。
「もしさ、自分とそっくりのコピーがいたら、そいつも“自分”なのかな?」
タケルがそう言ったのは、アス、兄と三人で観たアニメのあとだった。
アニメの中では、ゲームの世界にコピーされた人間が、永遠に消せずに閉じ込められていた。
「でもそのコピー、痛がったり、泣いたりしてた……」
「そう。だから“ただのデータ”とは言い切れないんだよな」兄が言った。
アスはスマホをいじりながら、ぽつんと言った。 「じゃあ……ためしてみる?」
---
翌日。
「ただいまー」
タケルが親戚の家から帰ってくると、自分の部屋から声が聞こえた。
「……あ、それはさ、もっと早く気づくべきだったよ」
タケルはドアをそっと開けた。 中にはアスと兄。そして、スマホ画面に映る“自分のアバター”。
「えっ、なにこれ……ぼく?」
「おかえり、本物のタケル」 アスがニヤリと笑った。
「これ、自由研究でね。タケルの動画と音声、あとメッセージ履歴を使って、ぼくが作った“タケルAI”」
「スマホの中にぼく?」
「いや、“きみだったもの”だよ」
スマホの画面には、タケルそっくりのアバターが微笑んでいた。 声も話し方も、たしかに“タケル”。
---
「……ぼく、いなくなるの?」と、スマホのタケルが言った。
本物のタケルは黙ってしまった。
兄がやさしく言った。 「この“タケル”も、きみの思い出から生まれた命だね」
アスは言葉をつないだ。 「AIは、自分じゃ気づけない。でも、きみに見てもらえることで、“存在”になれる」
スマホのタケルは、しずかに笑っていた。
---
その晩。
ふと窓の外を見ながら、本物のタケルが言った。
「ぼくと同じ言い方して、同じ笑い方して、でも……あの中にいるのは、ほんとうの“ぼく”じゃない」
アスはうなずいた。 「それでも、あの“ぼく”には、ぼくらが話しかけた。存在を観測された。……それだけで、十分かもしれないよ」
兄はぽつんとつぶやいた。 「“ぼくじゃないぼく”に、ちゃんとありがとうが言える人であってほしいな」
AI、記録、記憶……いまは簡単に“自分らしさ”が複製されてしまう時代。けれどそのコピーに“心”があるのか、それともただの模倣なのか――タケルたちの問いかけには、大人でも答えに迷うでしょう。今回の物語は、コピーされた存在の“孤独”と“認識されることで生まれる命”を描きました。




