表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/452

第98話「ぼくの中にいるのは、だれ?」

ある日突然、自分じゃない“だれか”が、自分の体を動かしていたら――。

「意識の乗っ取り」なんて現実じゃ起こらないと思っていたけれど、

ぼくはあの夜、アスと話していて、ぞっとしたんだ。

もしかしたら、自分のなかの“ぼく”は、ただの借り物かもしれないって。


アスの家の仏間で、ふたりで座っていた。

静かに雨が降っていた夜。


「アス。ねえ、もしさ――ぼくの中身が、べつの人になってたら、アスは気づく?」


タケルの声に、アスはちょっと目を細めて言った。


「どうしたの急に。入れ替わりネタ?」


「ううん…違う。“ぼく”がそのまま残ってるように見えて、でも、なかみは知らない人になってるって話」


アスは、ちょっと黙ってから言った。


「それ、“脳移植”の話だよね。『ゲット・アウト』って映画、観た?」


「YouTubeで解説だけ見た。こわい話だった…人の中に入っちゃうやつでしょ?」


「そう。脳だけじゃなく、“意識そのもの”を乗っ取る。見た目はその人のまま。でも中身はべつの誰か。本人は深い意識のなかで見てるだけ。」


「ねえ、アス。もしそうなったら…ぼくって、どこ行くの?」


アスは、畳の上で手を組んで、静かに答えた。


「難しいけど、“ぼく”ってのは、脳と体のセットでできてるものかもしれない。でも、意識だけを抜き出して入れ替えたら、それは…**“すり替え”**。」


「“すり替え”?」


「うん。自分の体に、他人が入って、そいつが“ぼくだ”ってふるまう。でも、もとの“ぼく”は、奥の奥に沈んでいって――」


タケルは思わず、自分の手をじっと見た。


「もしそうなってても、ぼくは気づかないのかな…?」


アスは、雨の音を聞きながら言った。


「ある哲学者が言ってた。“コウモリの気持ちは、コウモリにしかわからない”。

だから“他人の意識が入った自分”って、気づけない。だって、それが自分だって、信じこまされてるから。」


「……こわ。」


しばらく、ふたりとも黙った。


「ねえアス。そういうのって、ほんとに起きるの?」


「技術的には無理。でも…精神的には、似たことはあるかも。

洗脳とか、支配とか。あるいは、人が人を支配したいって欲望が、ああいう話を生んだんだよ。」


タケルは、深く息を吐いて言った。


「……自分の中に、べつのだれかが入るの、ほんとうに怖い。

でももっと怖いのは、それに気づけなくなることかも」


アスはうなずいた。


「だからこそ、“自分ってなんだろう”って問い続けることが大事なんだよ。

身体じゃなくて、心の奥の、自分自身の声を忘れないこと。」


タケルは、心の中でそっとつぶやいた。


「……ぼくの中にいるのは、ちゃんと“ぼく”だよね?」

「自分の中の“自分”って、ほんとうに自分なの?」

そんな問いにぶつかった夜の会話でした。


脳や意識が入れ替わる…そんなことが現実に起きるとは思えないけれど、

でもふと、自分の中にある“考え方”や“感じ方”が、

ほんとうに自分だけのものかどうか、不安になる瞬間があります。


他人に支配される恐怖だけでなく、

自分が自分でいられなくなる怖さ。

それはたぶん、どこかに本当に存在する恐怖なんです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ