第96話「過去からの電話(前編)」
夜中に鳴りだした、古いガラケー。
過去からかかってくるその電話が、ゆっくりと世界を書きかえていきます。
「予言」とは、未来を言い当てることではなく、
もしかすると“動かすこと”なのかもしれません。
夜中、タケルは不思議な音で目を覚ました。
「ピ、ピ、ピ……」という短い電子音。音のする方へ行くと、お寺の廊下の古い棚の奥で何かが光っていた。
取り出したのは、ほこりをかぶった古いガラケーだった。
ディスプレイが青白く点滅して、画面に「着信」と表示されている。
タケルは、おそるおそる通話ボタンを押した。
「……あ、つながった」
やさしそうな男の声だった。
「こんばんは オレは19××年からかけてる。君は、タケルくん?」
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その日から、タケルは毎晩、男と話すようになった。
男はタケルの家の庭にある紅葉の木の話をした。
「明日、その木の幹に“タケル”って名前を彫るよ。見てごらん」
次の日、本当に彫られていた。
お母さんに聞いた。
「これ? 前からあるわよ」
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ある日、タケルは風邪をひいて、数日間、電話に出られなかった。
再び出た夜、男の声は低くなっていた。
「……ずっと出なかったね」
「ごめん、熱が出てて……」
「そう。じゃあ、ひとつ教えてあげようか。君、まだ生まれてないんだよ」
しばらく沈黙があったあと、男はつぶやいた。
「お母さん、お腹にいる君をだいじにしてるよ。……だといいけど」
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次の日。
近所の神社の神主さんの右腕がなかった。
昨日まで普通に両手で掃除をしていたのを見ていたはずなのに。
でも、お母さんは「その人、事件で腕を失ったの。昔からそうでしょ?」と答えた。
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その次の日。
クラスの木村くんがいなくなっていた。
机も椅子もなく、名簿にも名前がなかった。
先生に聞いても、「そんな子いた?」と首をかしげるだけ。
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怖くてたまらなかった。ぼくはこのことを、アスに話した。
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アスは、しばらく何も言わなかった。
「……過去にいる誰かが、未来をいじってる。
それは、予言じゃなくて、“干渉”。」
タケルは、ぽつりとたずねた。
「予言って……ふつう、当てられるものなの?」
アスは静かに答えた。
「偶然。統計。記憶のくせ。でもいちばんこわいのは――
“そうなるように”動いてる人が、未来の外にいるときなんだよ」
怖いのは、見えるものよりも、「あったはず」が静かに消えること。
気づいているのが自分だけだったとき、人はどこまで信じられるでしょうか。
タケルの素直な感覚とアスの哲学的な視点が交差することで、
ただの怪談ではなく、記憶と現実のあわいを描く物語です。




