第94話「なぜ人をころすの?」
「なぜ人は人をころすのか」
タケルとアスは、図書館で見つけた古い新聞記事をきっかけに、こたえのない問いと向き合います。
小さな弟の静かな世界とくらべながら、ふたりが見つけた“希望”とは――。
町の図書館でタケルが見つけたのは、ホチキスでとめられた一冊の古い新聞のスクラップだった。
「和南町連続殺人事件」
見出しの横に、あぜ道に落ちた雨の傘の写真が載っていた。
1980年代。
夜道で、次々と女性が何者かに殺された。
被害者はみな年齢が近く、似た服を着ていて、雨の夜に消えた。
犯人は見つかっていない。
タケルはそのページから目を離せなかった。
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その夜。お寺の境内。
木魚の音が消えたあと、タケルはアスにその話をした。
「でもさ、なんで、そんなことをするの?」
アスは地面に座ったまま、しばらく黙っていた。
「犯人は、言ったんだって。
“ただ、やってみたかっただけ”って。」
「……うそでしょ。そんなの……」
「うそかもね。でも、ほんとだったらどうする?」
アスの声は小さかった。
「人は、からっぽになると、こわいことをするんだよ。
ふつうの理由じゃなくて、意味もないのに。」
タケルはうつむいた。
弟が境内のすみに座って、何かの花をじっと見ていた。
「でも、じゃあ、どうすればいいの?」
「わからない。でも、知らないってことが一番こわい。
知らなければ、またおなじことが起こるかもしれない。」
「……考えつづけるしか、ないんだね。」
アスはうなずいた。
「うん。“わかんない”って思いながらも、考えるんだ。
ほんとうのことは、たぶん誰にもわからないけど。」
タケルは、弟の後ろ姿を見た。
弟は言葉を知らない。でも、その目には、世界が映っていた。
「ころすことも、しぬことも、
ほんとうは、まだ、弟には知らないことなんだね。」
アスはぽつりと答えた。
「それって、ほんとは、すごく貴重なことかもしれないよ。」
夜の空に、小さな星がひとつだけ、かすかに瞬いていた。
理由がないことほど、こわいことはありません。
でも、こわいからといって、見ないふりはできません。
タケルたちのように、わからないことに向き合う力を、私たちも持てるでしょうか。




