第93話「星の駅で」
夜空を見つめるとき、
ひとりじゃなくなる。
目には見えない電車が、心の中を静かに走っていく。
小高い丘の上にある、町のちいさな天文台。
この夜だけ、子どもたちも望遠鏡をのぞける特別な日だった。
タケル、アス、弟、そして兄。
四人は、夜の風に包まれながら、空を見上げていた。
「この星、どれくらい遠いの?」
タケルが聞くと、兄は空を見つめたまま答えた。
「光がここまで来るのに、何十年、何百年とかかる星もある。
いま見てるその光は、もう星がなくなったあとかもしれないよ」
「星の…幽霊みたいだね」とアスが言った。
弟は望遠鏡のそばでじっと立ち、動かない。
声を出さず、ただその場にとどまっていた。
ふいに弟が、夜空のある一点を見つめ続けた。
その視線が、長く、深く、まるでそこに“なにか”があるようだった。
タケルはそっと弟の隣に立って、同じ空を見上げた。
「そこに、なにか見えるの?」
弟は応えない。けれど、わずかに目が輝いていた。
そのまなざしは、遠くの星を越えて、もっと遠くの“なにか”へ届こうとしていた。
「銀河鉄道ってさ」アスがぽつりとつぶやく。
「目に見えないけど、たぶん、心がすごく静かになったときにだけ、通るんだよ。
さびしさとか、ひとりぼっちとか、そんな気持ちを乗せて走るんだ」
タケルはうなずいた。弟のまなざしは、確かにその線路をたどっていた。
ことばにならなくても、気持ちは空とつながっている。
兄は、少し離れたところからそれを見ていた。
弟がひとりで夜の場所に立てること、
空を見て、心をひらいていること。
その小さな一歩を、そっと見守っていた。
──今夜、ぼくらはみんな、星の駅に立っていた。
ことばでつながらなくても、同じ空を見ていた。
言葉がなくても、
見つめる空はつながっている。
ほんとうの旅は、そんな静かな夜から始まる。




