第92話「せんたく、しなおすとき」
もし昨日とちがう今日が、ふたつあったとしたら?
このお話は、そんな“不思議なやり直し”と、選ばれなかった未来のかけらについての物語です。
あの日は、なにかがちがっていた。
カレンダーの日付は合ってる。ランドセルの中身も、朝ごはんも、いつも通り。
だけど――何かが、確実に「昨日とちがう」。
「アス、きのうの理科の実験、アルミホイルつかったよね?」
「……タケル、それって火曜日の話だよ。昨日は紙コップだったじゃん」
変だ。
タケルの頭の中には、**別の“昨日”**が、はっきり残っていた。
---
放課後。アスの部屋。
机の上には、たくさんのメモと、ノートが一冊。
「これ、せんたくノート?」
「正確には“せんたくの記録”。選ばれなかった未来の断片を、少しだけ書きとめてるんだ」
アスがページをめくると、そこには見たこともない出来事が、淡々と書かれていた。
> 『6月3日、タケル、校庭で転ぶ。前歯が欠ける。先生が泣く。変更。』
『6月3日、タケル、階段から落ちない未来を選択。前歯無事。記憶は消去済』
「え……なにこれ。ぼく、転んでないよ?」
「うん。選び直したからね」
「……選び直した? 誰が?」
「ぼくがだよ。タケルが、弟と笑ってる未来を守るために」
---
タケルは凍りついた。
アスはまるで、“なかったこと”を当然のように語る。
「この世界はね、“選ばれた未来”だけが現実になる。
でも、選ばれなかった未来だって、たしかに一度はあったんだ」
タケルは弟の笑顔を思い出す。
そういえば、今朝はやけに機嫌がよかった。まるで“何かを乗りこえた人”みたいに。
「アス……もしかして、ぼくの“代わりに”何度もやり直してるの?」
アスは、言葉では答えなかった。
ただ、ノートの最後のページにあった言葉を見せた。
> 『何度やり直しても、“完全な未来”はない。
でも、たった一人を守るために、何度でもやりなおせる。』
---
タケルは、ぼそっとつぶやいた。
「でもさ……もし、ぜんぶ知ってるのがアスだけなら、
“ほんとの未来”って、いったいどれなんだろうね?」
アスは、少し笑って答えた。
「ほんとの未来なんて、ないのかもしれない。
ただ、“誰かが覚えてる”ってことが、未来をほんとうにするんだよ。」
---
その夜。
タケルは自分の部屋のドアの前で立ち止まり、ドアの縁を指でなぞった。
――弟がよくやるように。何かを、たしかめるように。
「ねえ、アス……」
窓の外に声をかけたけど、返事はなかった。
かわりに、机の上のノートだけが光っていた。
そこに、最後の一行が書き足されていた。
> 『6月◯日。タケル、“気づいた”選択肢に。記憶、残存』
未来はいつも一つしか選べない。
でも、選ばれなかった未来も、たしかにどこかにあったかもしれない――。
そう思うと、今ここにいる自分が少し愛おしく感じられます。




