91話「よびおこされた ぼく」
宇宙のどこかで眠っているぼくが、もし「まちがって」起こされてしまったら?
起きてみたら、もう誰もいなくて、戻ることもできなくて。
――そんな夢のような話、でも、もしかしたら本当に起こるかもしれない。
タケルの目がさめた先にあったのは、ひとりきりの宇宙船でした。
朝、目がさめたら――そこは知らない場所だった。
白くて静かな部屋。ぼくはふしぎなベッドに寝ていた。
すぐそばにいた白いロボットが、なにか言ってきた。
「おはようございます。○○番、乗客タケル様。冬眠からの覚醒です」
――え? とうみん? えっ……さっきまで、家で寝てたのに?
ロボットの説明はよくわからなかったけど、ゲームが置いてあったからやってみた。
ごはんも、自分で好きな味をえらべるボタンがあって、カレー味のチョコレートとか出てくる。
「なんだここ、天国じゃん!」
誰にも注意されない。夜ふかししてもいい。何でも食べて遊び放題。
昼も夜もなくて、空はつねに黒く、星がゆっくり流れていた。
でも――何日かたった。
おなじゲーム。おなじ味。話す人はいない。
声が聞こえないテレビ。動かない通路の先。
ぼくは、さびしくなった。
「アス……おかあさん…兄ちゃん…お父さん…みんな…」
会えない。いない。もう、ずっと会えない。
ロボットに聞いた。
「なんで、ぼくを起こしたの?」
ロボットは少し沈黙したあと、こたえた。
「あなたの冬眠装置は、外部からのアクセスにより開かれました。
あなた自身ではありません。――だれかが、あなたを起こしました」
そのとき、ぼくの中に、はじめて“怒り”がこみあげてきた。
誰だよ! なんでぼくなんだよ!
なんで、ぼくひとりなんだよ!!
会えない人たちの顔が、心の中に浮かんでは消えていった。
そして、目に見えない“だれか”に、ぼくは、心の中で叫んでいた。
――おぼえてろよ。ぜったいに、ゆるさないからな。
……
ふと、目がさめた。
そこは、いつものお寺の部屋だった。
「……あれ? 夢だったのかな?」
でも、その日。
学校の帰り道――
ふと、駅のホームで、逆さまに歩いていくスーツ姿の男を見た。
目が合った気がした。その目は、たしかにぼくを見ていた。
あの“だれか”だったのかもしれない。
――ぼくを、勝手に目覚めさせた、あの人。
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“目を覚ます”ということは、いつも喜びとは限りません。
タケルは宇宙船でたったひとり、長い冬眠から“起こされて”しまいます。
はじめは楽しかった新世界も、孤独に変わり、そしてそれが「誰かのせい」と知ったとき、怒りが生まれます。
見えない相手への怒りと恐怖。
そして、もしかしたらまだ現実のどこかにそれがつながっているかもしれない――




