第89話「じさかんそくきょう(時差観測鏡)」
「きみとぼく、ほんとうに同じ時間を生きてるのかな?」
季節が変わるころ、アスが突然言い出した。
弟が笑うときと、ぼくが笑うとき、なぜかずれている気がするって。
アスは「時間がずれてるだけなんだ」と言って、不思議な工作を始めた。
「タケル、この前いっしょに作った望遠鏡、もうひとつ改造しよう」
アスがランドセルからくしゃくしゃのスケッチブックを取り出した。中には、ビー玉とトイレットペーパーの芯と、虫めがねの絵。それから「じさかんそくきょう」と、むずかしい文字がまるで宇宙船の設計図みたいにかかれている。
「じさかんそくきょうってなに?」
「“時間のずれ”をみつける道具。たとえば、ぼくと弟の“心の今”がどれくらいちがうか測れるかもしれないんだ」
ふたりで公園のベンチに座って、アスが持ってきた材料を机の上にひろげた。牛乳パック、虫めがね、色のついたセロハン、そしてちいさなこわれた時計。
「まず、これをのぞき穴にする」
アスはトイレットペーパーの芯を牛乳パックの先にくっつけた。
「この虫めがねで“心の光”を集めるんだ」
「心の光って?」
「うん、たとえば“弟がうれしいときの光”とか」
ぼくたちは、セロハンをフィルムみたいに重ねて、赤い時間、青い時間、黄色い時間をつくった。
「この色は、夕方に泣いちゃう時間」
「これは、お母さんのことを思い出す時間だよ」
アスがそう言って、そっとセロハンの青をのぞきながら目を閉じた。
「弟、知らない場所に行った日、てんかんになってね、すごくこわかったんだと思う。でもことばで言わないから、時間がずれてるままになってる。だから、ぼくが見てる時間と、弟が感じてる時間は、ちがう星の時間なんだ」
「……わかるよ。ぼくもたまに、何分かまえの気持ちのまま固まってることある」
「この“じさかんそくきょう”で、少しでも時間をそろえられたらいいな」
完成した「時差観測鏡」は、牛乳パックに虫めがねとビー玉がついていて、横に砂時計と小さなドキドキメーターが貼られていた。
ぼくはそれをのぞいて、弟とアスを見た。セロハンを通して世界がにじんで見えた。
もしかすると、世界は本当にいろんな時間が重なってできているのかもしれない。
ーーーーーーーーー✈
〜 アスのじさかんそくきょう こうさく図鑑 〜
「心の時間のずれ」を見つける、ふしぎな望遠鏡。
だれかの「うれしい」「さびしい」「こわい」時間をのぞいてみよう。
---
+材料(家にあるものでつくれるよ)
牛乳パック(1リットル)…1こ
トイレットペーパーの芯…1本
セロハン(赤・青・黄)…それぞれ少し
虫めがね…1つ(100円ショップにもある)
ビー玉…2〜3こ
小さなこわれた時計 or 砂時計(なくてもOK)
両面テープ or のり or ガムテープ
はさみ・セロテープ・ホッチキス
色えんぴつやシール(かざり用)
---
+作り方
1. 土台をつくる
牛乳パックの片面をはさみで切りとって、穴をあける。
そこにトイレットペーパーの芯を、のぞき穴としてつけるよ(テープでしっかりとめよう)。
2. “心のレンズ”をつける
芯の先に虫めがねを貼るか、芯の内側にビー玉をはめこんで光を通してみよう。
ビー玉は、まるで「心の屈折レンズ」みたいになるんだ!
3. セロハンで色のフィルターをつける
赤は「怒った時間」
青は「さびしい時間」
黄は「うれしい時間」
それぞれ切って、のぞき穴の前に貼ったり、重ねて変化させたりしよう。
4. “時間”をつけくわえる
こわれた時計の針や砂時計を横にはって、「ぼくの時間」「きみの時間」などとラベルをつけてみよう。
「これは弟の朝6時の気持ち」「これはアスの夕方の気持ち」なんてね。
5. かざりつけて完成!
自分の名前や日付、宇宙っぽいマーク、好きな言葉をかいて完成!
できあがったら、そっと誰かをのぞいてみて、「ちがう時間に生きてるかも…」って想像してみよう。
+つかいかたアイデア
カーテンの光をうつしてみると、時間の色が見えるかも?
きょう家族が感じた気持ちを色で日記にしてみよう!
弟やお友だちの“いま”を想像して、そばにいてあげよう。
---
*さいごに
「きみとぼくの今は、すこしちがう。」
でも、のぞきこんだら、ほんの少しだけ近づけるかもしれない。
——これは、“こころの天体観測”の道具です。
アスの「時差観測鏡」は、宇宙のどこにも売っていません。
でも、それを持っていると、不思議と誰かの「今」に耳をすましたくなる。
同じ場所にいても、同じ気持ちじゃない。
同じ時間にいても、感じていることが違う。
それは、“ずれている”んじゃなくて、“深さがちがう”だけかもしれない。
だれかの時間と心をそっとのぞいてみる──それは、きっと「やさしさ」のはじまりなんだ。




