第86話「ぼくは ぼくだけど ぼくじゃない?」
自分が「自分」だと信じられるのは、どうしてなんだろう?
姿かたち? 記憶? それとも、心?
もし、まったく同じ「ぼく」が、別の場所にいたら……?
今回のお話は、映画『月に囚われた男』をきっかけに、「存在」と「記憶」、そして「ぼくという意識」について、タケルとアスが静かに語りあいます。
図書室の、いちばん奥の窓ぎわで、アスがなにか描いていた。
ぼくは隣に座って、そっとのぞきこんだ。
「なに、それ?」
「んー、宇宙にある秘密の基地」
アスのノートには、でこぼこのドームがいくつも描かれていて、その中に、同じ顔の男の人が何人もいた。
「これ、ぜんぶ同じ人?」
「うん。自分が自分だと思ってる人が、いっぱいいるの」
「え? それって、どういうこと?」
アスは、ちょっと笑ってこう言った。
「この前さ、父さんが夜に見てた映画があってね。月でひとりで働いてる人が出てくるんだけど……ある日、その人が、べつの“自分”に出会うんだ」
「……え、それって双子とかじゃなくて?」
「ちがう。そっくりで、記憶もある。でも、同じ人。たぶん、クローン」
ぼくは思わず声が出た。
「じゃあ、どっちが“ほんとうの人”なの?」
アスは首をかしげながら、ノートの同じ顔を見つめた。
「たぶん、どっちも、ってことじゃない?」
「……でもさ、心があるのはひとりだけだよ。自分のこと考えて、覚えてて、そういうのって、ほかの人じゃない」
「うん。そう思う?」
「……うん、たぶん」
アスは、それを聞いてちょっとだけ笑った。
「でもね、もしその“ほかの人”が、同じように自分のこと考えてたら……それも、“ぼく”の続きなのかなって、思った」
ぼくは言葉が出なかった。
アスのノートに描かれた“同じ顔の人たち”が、まるで鏡の中みたいにこっちを見ていた。
アスがぽつりと言った。
「もし、ぼくが消えても、“もうひとりのぼく”が続きのことを考えてくれてたら……それ、ちょっと安心しない?」
「……ううん。ちょっと、さびしいかも」
そう言った自分の声が、思ってたより小さく聞こえた。
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その日の帰り道。お寺の裏にある石段に、アスとふたりで座っていた。
風が強くて、木の葉がふわりと舞った。
「ねえ、タケルはさ。ひとりぼっちになるの、こわい?」
「……うん。こわいと思う。誰もいなかったら、自分がちゃんといるかもわかんない気がする」
アスは石を拾って、下の川に投げた。
「その映画の中でね、“ぼくはここにいた”って、ある人が石の中に名前を彫るんだよ。見つけてもらえるように。でも、それってさ、“誰かが見つける”って前提だよね」
「うん……」
「でも、もし誰も来なかったら? 彫った名前は、ただの傷になる。じゃあ、“ぼくがいた”って、どうやって確かめるのかなって」
ぼくはちょっとだけ黙ってから、聞いた。
「アスは、そういうの、こわくないの?」
アスは笑った。ほんとに、ちょっとだけ。
「こわいよ。でもさ、“ぼく”ってものを残そうとするのって、たぶん“ぼく”がいなくなるのを知ってるからだよね」
「……うん」
「だったらさ、“残すこと”にばっかり夢中になるより、“いま生きてること”の方が、ちょっと大事かもって思う」
ぼくはうなずいたけど、すこしだけ胸がつまった。
「でも、アスが消えたら……さびしいよ」
アスは、ぼくの方を見て何も言わず寂しそうに笑った。
風の中で、さっきアスが投げた石の音が、思い出したように頭の中に響いた。
「記憶」と「心」は、どこまでが“ぼく”なんだろう。
同じ記憶をもつ人がいたとしても、その人が“ぼく”とは限らない。
でも、「誰かの中に思い出として残ること」で、“ぼく”は生き続けられるのかもしれない。
孤独と向き合う映画の中の彼も、アスも、そしてタケルも――
それぞれの形で「ぼくはここにいた」と語ろうとしているのです。




