第81話「みんなでやった、あのあそび」
「ぜったいに、うしろをふりかえらないでね」
そう言われて、目をとじた。
ただの遊びのはずだったのに、
気づいたら、知らない道を歩いていた。
あの声は、だれの声だったんだろう。
いまでも、ときどき思い出す。
アスが休んでいた日の午後。
6時間目は「自習」になった。
雨が強く降る日のことだった…
先生がプリントだけ配って、職員室に戻っていった。
教室の中は、鉛筆の音と、窓の外の草のざわざわした音だけ。
となりの席の杉山さんが、
急にプリントの裏に何かを書きはじめた。
ぐにゃぐにゃと、線を引いてる。
「あみだくじつくった。おもしろいあそびやろ」
そう言って、5人くらいの女子と回し始めた。
あたりが出ると、その子たちは前に出て、輪になって座った。
「なにそれ?」って誰かが聞くと、
杉山さんは小さく笑って言った。
「ルールは簡単。目をつむって、わたしの声だけ聞くの。ぜったいに、途中で目をあけたらダメ。あと、途中でふりかえったら、もっとダメ」
だれかが笑って、
「こわっ、それホラー?」
とからかったけど、始まってしまった。
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目を閉じて、
杉山さんの声が教室にひびいた。
「いま、あなたは提灯をもっています」
目を閉じてるのに、
まぶたの裏にぼんやり赤い光がにじんできた。
「まっすぐ歩いてください。砂利道です。音がします」
耳の奥で、じゃり…じゃり…と、
小石を踏む音が確かに聞こえた。
「右に曲がって。そこ、お墓です。鳥居が見えます」
誰かが小さく息をのんだ。
笑ってた子も、黙った。
ふと、肌寒さを感じた。
クーラーはついてないのに、
首すじがすっと冷えた。
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「足音が聞こえます。ふりかえらないでください」
杉山さんの声が、
いつのまにか、ずっと年上の女性みたいになっていた。
「右、左、また右。間違えたら、だめ。まちがえたら、もどれません」
耳の奥に、ぴいーーーーという音が響いた。
空襲警報。
でも、教室の窓の外は、なにも変わらない。
音は、目を閉じている子たちにしか、聞こえていない。
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「走ってください。ぶつかります。」
防空ずきんの子が横を走りぬけた
誰かの肩がふれた。
ほんとうに、走ってる子がいた…。
「走って、走って、もうすぐです」
手の中にあった鉛筆が消えていた。
代わりに、重い何かを握っていた。
「ひこうきが来ます。静かに。もうすぐ、おわります」
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タケルは気づいた。
座っていた椅子の感触が変わっていた。
鉄の板みたいな、冷たい座面。
制服の上からも、背中がひんやりしていた。
見おろすと、
自分の手が、自分のじゃなかった。
ごつごつしていて、指が長かった。
腰には千人針が縫われた帯が巻かれていた。
顔を上げると、
前の座席にも、同じ格好をした少年たちがいた。
だれも動かない。
じっと、正面を見ている。
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そして杉山さんの、
冷たくて、くぐもった年老いた声が言った。
「それではみなさん——お元気で」
「ありがとうございました!」
バンザイ バンザイ
その瞬間、
白い光が、ぼんっと教室中に広がって——
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タケルが目を開けたとき、
教室はしんとしていた。
でも、何人かは震えていた。
机に伏して泣いてる子もいた。
杉山さんは、どこにもいなかった。
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その夜、アスに話した。
「夢だったのかな、あれ。けど……感触がね。あの椅子の冷たさ、指先のざらざらした感触、まだ残ってる気がする」
アスはしばらく黙ってから言った。
「集団記憶ってあるんだよ。脳って、すごく簡単に影響受けるから」
「でも、それだけじゃ説明できないときもある」
「とくに、“思い出せない人”が混じってた場合は」
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そのあと杉山さんは、
その日以降、学校に来なかった。
「休んでるんだって」と先生は言った。
でも、タケルは思う。
——あみだくじに、あたったのは、ほんとうは、だれだったんだろう。
いまでも、ときどき思い出す。
提灯の赤い光と、千人針の感触。
そして、最後のあの声。
「それではみなさん——お元気で。ありがとうございました」




