第80話「でんのうのなつやすみ」
このお話は、アスが「永遠に終わらない夏休み」を自分の頭の中に作り出そうとするところから始まります。だけど、楽しいだけの時間は、本当に幸せなのでしょうか? 少年たちが体験する、静かでこわい夏の一日です。
夏休みの午後。タケルはアスの家にいた。部屋の中はカーテンが閉められていて、うっすらとした青い光がさしていた。
「なにこれ……ちょっと、くらいよ」
「はい、これつけて」アスが差し出したのは、古いヘッドホンと、銀紙を貼った段ボールのゴーグル。
「え、なにそれ。っていうか、その銀紙ってお菓子の包み紙じゃん」
「大事なのは素材じゃない。これは“しゅうちゅうのかんむり”」
「……またむずかしいこと言ってる」
タケルはぶつぶつ言いながらも、ゴーグルとヘッドホンをつけた。アスがスイッチを入れると、ヘッドホンから波の音が聞こえはじめた。
「なにこれ……川?」
「うん、これは“夏の音”。あとは鼻で“きゅうりのにおい”、この小型せんぷうきで風。あと、カーテンをちょっとゆらす……」
「ちょ、ちょっと。なんか、ほんとに夏休みの昼っぽくなってきた……」
「ようこそ、永遠の夏休みへ」
アスの声が低く響いた。
「なにそのセリフ……」
でもタケルは、だんだんほんとうに不思議な気持ちになってきた。波の音、風、におい、まぶしい光。目をつぶれば、たしかにあの夏の午後みたいだった。
……ふたりは、電脳の夏に入りこんだ。
最初は楽しかった。
きゅうりを食べ、虫の声を聞き、かき氷をたべて、昼寝して、川で遊んで。
でも、いつまでたっても日が暮れなかった。
「……アス、夕方にならないの?」
「この世界には、時計がないから」
「じゃあ、どうやって帰るのさ?」
アスはしばらく黙っていた。
「出るボタン、つけるの忘れた」
「はあああああ!?」
タケルは立ち上がって、ゴーグルを外そうとした。……でも、頭がふらついて、外せなかった。
「……ねえ、アス。本当にこれ夢じゃないの?」
「うん、これは“きみの感じたこと”だけをつくる世界。だから、現実じゃなくても、苦しみも、さびしさも、ぜんぶ本物」
タケルは少し黙った。
「……なんか、夏休みって、終わるからいいのかも」
アスも静かにうなずいた。
「うん。永遠って、ただのバグだと思う」
そしてふたりは、しずかな電脳の川辺で、だれにも見えない夕方をまっていた。
このお話は、「楽しいことがずっと続けば幸せなのか?」という問いを通じて、永遠に生きることの意味や、仏教でいう「輪廻」や「苦しみの終わり」といったテーマをやさしく描いてみました。時間が流れること、終わりがあることは、もしかしたらとても大切なことなのかもしれません。




