第79話「ぼくは、前も“人間”だったのかな?」
この話では、タケルの「前のぼくは何だったの?」という素朴な疑問から、仏教における輪廻転生の世界をやさしく、そして静かに描きました。
虫や動物も人間とつながっている――その気づきは、命を大切に思う心の入り口かもしれません。
学校の帰り道、タケルは道端のダンゴムシをそっとよけた。
「ふまれたら、かわいそうだから」
「やさしいね」とアスが笑った。
「でもそのダンゴムシ、もしかしたら……」
アスは空を見ながらつぶやいた。
「前のタケルかもよ」
「えっ!? ぼくが……ダンゴムシだったの!?」
タケルは思わず立ち止まり、ランドセルのひもを握りなおした。
「いや、たとえば、の話だけどね」とアスは言った。「仏教では、虫も動物も人間も、ぜんぶぐるぐる生まれ変わるって言われてる。だから人間だったものが猫になることもあるし、魚だったものが人間になることもある」
「うーん……それって、どこからが“ぼく”なんだろ?」
「たぶん、“ぼく”なんて、本当はいないのかもね」
アスは小さな電柱の影に手をかざした。夕日で長く伸びたその影が、ひとの形をして揺れていた。
「えっ、いないって、どういうこと?」
「“ぼく”って思ってる意識も、ほんとは川みたいに流れてるの。形を変えながら、ちがうところへ流れて、また形になる。魚の形になったり、鳥の形になったり、やがて人間の形にもどったりして……」
「じゃあ、いまのぼくは……流れてる途中のカタチ?」
「そう。今は“タケル”っていう川の形。でも前は、森の中を飛ぶ虫だったかもしれないし、うんと昔は、海の底の貝だったかもしれない」
タケルは道端の草に手をのばした。
その先に、小さな赤いアリが列を作っていた。
「……じゃあ、このアリも、前は人間だったかもしれないってこと?」
「うん。それに、もしかしたら未来には、また人間になるかも」
タケルは黙って、そのアリの歩く様子を見つめた。
アリが進む道と、自分の帰り道が、どこかでつながっているような気がした。
「なんかさ……すごいな」
「うん。すごいよ」
「すごくて、ちょっと、こわい」
アスはにっこり笑った。
「そう思えるなら、タケルの中の“なにか”が、思い出しかけてるのかもね。ずっと昔のどこかの記憶を」
人間だけが特別ではなく、どんな命にも“続き”がある。
それは慰めでもあり、責任でもあります。
「だれかをふまないように歩く」ことが、すでに宇宙的な選択なのかもしれません




