第77話「さいしょのゲーム 〜正しさのルールって?」
世界のルールは、いつ、だれが決めたのでしょうか。
もしそれを、ぜんぶ知らない“はじまりの場所”から考えるとしたら――
ぼくらはもっと、やさしいルールを選べるかもしれない。
これは、ひとつの「かくれんぼ」から始まる、正しさの物語。
放課後の校庭には、風に舞う砂ぼこりと、ちょっとだけ夏のにおいが混ざっていた。
タケルはランドセルをベンチに置くと、アスと数人の友達と輪になった。
「今日は“ひとりかくれんぼおに”ね!」
サッカーのゴール裏にいたリョウが手をあげる。最近流行ってる遊びだ。
「オニはどう決める?」と誰かが言うと、タケルは何の気なしに答えた。
「ふつうにジャンケンじゃない?」
でも、そのとき、アスがぽつりと言った。
「ねえ、そのルールって、ほんとうに“正しい”の?」
全員、アスのほうを見た。タケルもふと眉をひそめる。
「……またアスのむずかしいやつはじまった」
アスは気にせず続けた。
「たとえばさ。かくれんぼでオニになった人が、すっごく足が遅かったらどう? ずっと見つけても捕まえられないじゃん」
「うーん、まあ……そうだけど。ジャンケンは平等じゃない?」
「でも、自分が“オニになるかもしれない”って知らずに、はじめにルールを決めるとしたら、どうする?」
「え? どういうこと?」
アスはにやっと笑った。
「“自分がどの立場になるかわからない”って状態で、ルールを考えるんだよ。これ、“原初状態”っていうの」
タケルは思わず言った。
「げ、げんしょ……? またそういうヘンな言葉……」
「ロールズっていう人が考えたんだ。正義ってなんだろうってね。ほら、ライプニッツの次くらいにすごいやつ」
「ライプなんとかもよくわかんなかったけど……。そのロールなんとかって、食べもの?」
「それはロールパンだよ」
アスは楽しそうに笑った。
「でも本当はさ、“この世界がゲームの最初の画面だったら”ってことなんだよ。キャラも能力もまだわからない。自分がどんな子になるかも。そんな“はじまりの場所”で、ルールを決めるなら――一番困ってる人にも優しいルールにしたくなるよね?」
タケルは少し考え込んだ。
「……たしかに。もし自分が、いつも捕まえられないオニだったら、いやだな……」
夕陽が校庭の端を照らして、タケルとアスの影が長くのびていく。
「じゃあ、ジャンケンじゃなくてさ……今日のオニは、昨日いちばん早く帰った人にしない?」
「それいい! みんなにチャンスある!」
誰かがそう言って、自然に新しいルールが決まった。
アスは目を細めて空を見た。
「この世界もさ、ほんとは“はじめの場所”から始まってるのかもね。だれもが、どんな役になるかわからない場所から」
タケルも、校庭の砂を蹴りながら言った。
「だったら、正しいルールって、自分に都合がいいルールじゃなくて……みんなにとって優しいやつだな」
ふたりの影が、夕焼けの地面でぴったり重なった。
「原初状態」というのは、アメリカの哲学者ジョン・ロールズが考えた「正義」の出発点です。
自分がどんな立場になるかわからない状態でこそ、ほんとうに「公平」なルールが考えられる。
それは遊びのルールでも、この世界の仕組みでも同じかもしれません。
“さいしょのゲーム”に戻って、やさしい世界をもう一度考えてみたら――何かが変わるかもしれません。




