第76話「なぜ、何かが“ある”のか?」
ふと、「この世界って、なぜ“ある”んだろう?」と思ったことはありませんか?
“なにもない”のがフツウだったとしたら、今ここにあるすべてが、じつはふしぎなのかもしれません。
放課後の教室。
タケルは黒板の前で、ノートをカバンにしまいながら言った。
「教室って、みんな帰っちゃうと、急にさみしくなるよね。さっきまでガヤガヤしてたのに……」
そのとき、うしろの席からアスの声がした。
「それ、“ある”ってことに気づいたからだよ」
「またはじまったよ、アスのむずかしい話……」
タケルはあきれた顔をしながら、でもちゃんとアスのほうを向く。
アスは窓の外を見ながら、ゆっくり言った。
「“なんで、なにもないんじゃなくて、なにかがあるんだろう?”ってさ、むかしの人が考えたんだよ。
ライプニッツっていう、ちょっとへんな名前の哲学者」
「ライプ……なんとか?」
「ライプニッツ。すっごく昔のドイツの人。宇宙とか、世界の始まりとか、そういうのばっか考えてたんだって」
「なんかアスみたいな人だね…またそういうの読んでるの?」
「でもね、けっこう大事なことだよ。たとえば、はじめから“なにもない”だけだったら、誰も気にしなかった。でも、実際はこうしてぼくらがいて、教室があって、空気があって――あるんだよ。全部」
タケルは少しだけ考える。
「でも、“ある”のがフツウじゃないの? それを“へん”って言われても……」
アスは首を横にふる。
「フツウって、ほんとはすごく変なんだよ。
“ない”って、ほんとはすごく簡単。なんにもない、しーん。それだけ。
でも、“ある”って、めんどくさい。ごちゃごちゃして、うるさくて、でも楽しい」
タケルは教室を見回す。机、イス、黒板、ランドセル、夕方の光。
「……たしかに、“ある”って、いろんなことが起きるよな」
アスがうなずく。
「ライプニッツも言ったんだ。“なぜ、何もないのではなく、何かがあるのか?”って。
それって、世界でいちばんふしぎなことかもしれないよ」
タケルは、窓の外の雲を見ながら、ぽつりとつぶやいた。
「なんにもないより、あるほうが……ぼくは、うれしいかも」
そのとき、教室のドアが風で少しだけ開いて、すこしだけ光が差しこんだ。
「なぜ、何もないのではなく、何かがあるのか?」――
これは、むかしの哲学者ライプニッツが考えた、世界でいちばん不思議な問いです。
“ある”ことは当たり前に見えて、本当はすごいこと。
この世界が“ある”という、それだけで、ほんとうは奇跡なのかもしれません。




