第72話「確率論で生きませんか?」
人生は選択の連続。でも、「選ぶ」って、ほんとうに自由なんだろうか?
ある日の放課後、アスはタケルに不思議な確率の話をはじめた。
選ばなかった方が正解だったかもしれないって――どういうこと?
スーパーの前の、ガチャガチャがずらりと並ぶコーナー。
その中で、タケルはうなっていた。
「どれにするか決められない……」
並んだカプセルトイ。
おもちゃのミニチュア、恐竜、変な動物、人気ゲームのアイテム……
全部、300円。だけど中身は、外からじゃ見えない。
そこへ、アスが近づいてきた。
「迷ってるね」
「うん……当たりが入ってるっていうこのシリーズにしようかな」
タケルが指差したのは、3つだけ並んだ特設ガチャ。
「当たり1個、ハズレ2個って書いてある」
アスはニヤリと笑った。
「それ、いいね。ちょうどいい話がある」
「え?」
アスはポケットから、折れた紙を出して言った。
「“モンティ・ホール問題”って知ってる?」
タケルは首をかしげる。
「それ、何語?」
「昔のクイズ番組の名前が元だよ。ドアが3つあって、1つだけに当たりがある。君が1つ選んだら、司会者が“ハズレのドア”を1つ開けて、『もう一度選び直す?』って聞いてくる」
「選び直すの? それってズルじゃない?」
「ううん、どっちが当たりやすいかって話なんだ」
アスは石ころを3つ拾って並べた。
「これが3つのドア。1個だけに当たりがあるとして……」
アスは1つを指さした。
「これが、君が最初に選んだやつ。そして司会者が、残りの2つのうちハズレの1個を開ける」
アスは2つ目の石をよけて見せる。
「残ったのは、最初の選択肢と、もうひとつ。さて――君は選び直す? それとも、そのまま?」
タケルは考える。
「どっちでも、当たる確率は半分じゃないの?」
「それが、違うんだよ。数学的には、選び直した方が“当たる確率”は2倍になる」
「えっ? なんで?」
アスはにこっと笑った。
「確率って、直感とちがう動きをすることがあるんだよ。
世界は、思ったより“あやふや”なルールで動いてる」
タケルは、自分が選ぼうとしていたガチャガチャを見た。
「じゃあ……ぼくが今、こっちを選ぼうとしてるのも、ほんとは“確率”で操作されてるのかな」
「うん。選択だって、環境や過去の経験や、一瞬の気分で左右される」
アスは空を見上げてつぶやいた。
「“選んでる”って思ってるだけで、本当は“選ばされてる”だけかもしれない」
「なんか……やだな、それ」
「でも、それを知ったうえで、あえて選ぶのが“人間”なのかもね」
タケルは静かに、300円を入れてガチャガチャを回した。
ころん。
カプセルが出てきた。
中をのぞくと――当たりではなかった。
「ハズレか……」
アスは笑った。
「でも、それもまた確率通りだよ」
タケルはふと、にこっと笑った。
「選び直さなかったってことは……ぼく、きっと“今の自分”を信じたんだと思う」
「それなら、当たりだね」
ふたりはガチャガチャを離れ、夕焼けの道を歩き出す。
選ぶって、ふしぎなこと。
確率の話はときどき、人間の直感を裏切ります。
でも、自分がなにを信じて、どんな選択をするか――
その“気持ち”こそが、数学や確率にはない、かけがえのないものかもしれません。




