第69話「未来からきた手紙」
未来がもし、すでに「決まっている」としたら――。
この会話も、出会いも、迷うことさえも、すべて最初から予定されていたのだとしたら、ぼくらの「自由」はどこにあるのでしょう。
今回は、神社の境内に現れた一枚の紙からはじまる、ちいさな“問い”の物語です。
タケルとアスのやりとりのなかで、「選んでいるようで選ばされているかもしれない」不思議な感覚と、それでも感じてしまう“自分でいること”の確かさに、そっと触れてみてください。
その日は、なんとなく学校からまっすぐ帰る気がしなくて、タケルは神社に立ち寄った。
鳥居をくぐると、境内の石段の上で、アスがしゃがんで何かを読んでいた。
「……遅かったね」とアスが顔をあげる。
「え? なんでここに……」
「これ、拾ったんだ。祠の下にあった未来からきた手紙。見てみて」
アスが差し出したその紙には、なにやら手書きの文字が残っていた。
タケルは目をこらして読む。
> タケル「え?なんで、え…と…なんなのこれ?どういう事?……。」
アス「もし、この世界が全部、決まってたとしたら?」
タケル「じゃあぼくらはなに?……うそ。そんなのありえないよ…」
「え、これ……ぼくたちの会話?」
「ね、おかしいでしょ? まだ何も言ってないのに、もう書いてある」
「じゃあ……違うことを言えば、この手紙は外れるってことだよね!」
タケルはあわてて言葉を選び、「ぜ、ぜんぜんちがうこと言ってやる……」と口を開く。
でも、気づいたら口から出てきたのは――
「え…なんで、そんなこと言うの……」
息を呑むタケル。
アスは、いつものように静かに微笑んだ。
「この世界が“設計されたもの”だったら、きみの言葉も行動も、全部そうなるってことだよ」
「うそ……ありえない…」
「それすら、予定通りの反応かもね」
「じゃあ、ぼくがこうやって、反抗しようとしてることも?」
「うん。それも誰かが想定した“反抗”の形。まるで、プログラムみたいに」
神社の奥の竹林から、風の音がした。
タケルはふと、前に兄ちゃんが言っていた話を思い出す。
「“未来がすべて決まっている”という考えは、仏教にも似たところがある。すべては因果によって生まれ、だから“自由意志”もまた、因果の一部なのかもしれない」
タケルは、紙を見つめながらぽつりとつぶやいた。
「でも、今こうやって迷ってるのは、ほんとに“いま”のぼくだと思うんだ……」
「そう感じるのも、プログラム通りかもよ?」とアス。
「でも、そう考えたくない。ぼくの“いま”は、誰にも決められてない気がするんだ」
アスは笑った。「それが、いちばん不思議で、いちばん人間らしい言葉だね」
タケルは手紙の最後の部分を読む。
> 「この世界は設計されている。もしそれを疑い始めたら、きみはもう観測されていない。」
「どういう意味……」
アスがぽつりと言う。
「誰にも“見られていない”とき、世界は存在してないのかもね。ぼくらがそこにいるってことは、“見られてる”ってことなんだ」
神社の風鈴が鳴り、冷たい風が吹いた。
アスはその紙を手に取り、境内の木の枝にそっと結びつけた。
風に揺れる紙を、ふたりで見つめる。
沈黙のあと、アスが空を見上げてつぶやいた。
「もし、“本当のぼくたち”が別の場所にいるとしたら、ここはなんなんだろうね……」
タケルは答えなかった。ただ、少しだけアスのそばに近づいて、並んで立った。
「この世界は、設計されている」
そう書かれた一枚の紙を、アスは木に結びました。まるでそれが、おみくじのように風の中に願いを浮かべるためのものだったかのように。
自閉スペクトラムの子が示す行動の中には、“理由のない選択”がたくさんあります。けれどその行動が、誰よりも深く世界と響き合っているように感じる瞬間があります。
“誰かに見られていない”とき、世界は存在するのか。
それでも、たとえすべてがプログラムされていたとしても――「自分で迷った」と信じられることが、人間らしさのはじまりなのかもしれません。




