第57話「嘘と命のはざまで」
命の終わりを前に、人はどんな言葉を選ぶのだろう。
その言葉が事実と違っていたとしても、それが誰かを支えるなら…それは“嘘”だろうか?
この物語は、命と希望、そして言葉の力について考える時間です。
夕方、神社の境内。タケルはひとり、石段に座っていた。
手には小さな紙切れ。それは、おばあちゃんに宛てたお見舞いの手紙の下書きだった。
自転車の音。アスがふらりと現れた。
「なんでここにいるの?」タケルがたずねると
アスはゆっくり答えた
「たまたまだよ。でも君の事が気になって」
タケルはため息をついた。
しばらく風が葉を揺らす音だけがした。
「嘘をついたんだ。ばあちゃんに、『すぐ元気になるよ』って。」
アスはタケルの隣に腰を下ろし、空を見た。
「それは、君の願い?」
「……うん。でも、ほんとはそうならないって、わかってる。」
「なら、その言葉は“嘘”じゃなくて、“祈り”に近いね。」
タケルは静かに顔を上げた。
「でも、死ぬってわかってるのに、希望を見せるのって…ズルくない?」
アスは首をふった。
「希望は、未来に向かう心のかたちだよ。たとえ未来が限られていても、人は希望の中で生きられる。ほんの少しでも、それが力になる。」
タケルは、境内の葉が散る様子を見つめる。
「死んだら、全部終わりなのかな。」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。…でも、誰かの言葉の中に、自分が生き続けるとしたら?」
「言葉の中に?」
「うん。“あのとき、こう言ってくれた”って。それが誰かの心に残り、また誰かに伝わっていく。命のかたちって、そういうものかもしれない。」
タケルは小さく笑った。
「……じゃあ、ぼくの“嘘”も、そうやって残るかな。」
「きっと。だから、君の嘘は、命の続きのどこかにあるよ。」
二人はしばらく無言のまま、茜色に染まった空を見上げた。
死は、終わりではなく、誰かの記憶や言葉の中に形を変えて残るものかもしれません。
真実だけがすべてを救うわけではなく、嘘の中にも優しさという真実が宿ることがある。
タケルの小さな“嘘”が、
どんな意味になるか——それは、あなたの心に委ねられています。




