第49話「ゆめのなかの ことば」
弟には言葉がない。
だけど、夢の中にはなにが見えてるんだろう?
眠れぬ夜、タケルがふと考えた、小さな問いから始まるお話です。
夜…弟はお泊まりできなかった。
「今日はがんばったから、また今度ね」とお母さんが笑ってた。
ぼくの部屋のドアの前で、弟は立ち止まって、ドアの縁を指でなぞってた。
目を細めて、何度も何度も。まるで線をたどるみたいに。
そのとき、ふっと笑ってた。ことばはなかったけど、たしかに、なにかがあった。
今、ぼくは布団の中。眠れない夜って、なんか深い。
まっくらな天井を見ながら、ふと思った。
「ことばがない人の、夢って、どうなってるんだろう?」
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「アス、ねた?」
「 ねてたけど、ねてなかったかも。 」
「……ねえ、ゆめって、ことばある?」
「人と場合によるんじゃない? あるときもあるし、ないときもある。」
「アスの弟はさ、ことばがない。ゆめのなかでも、ことばないのかな?」
「うーん……でも、たぶん“ことばの前”のものはあるんじゃない?
たとえば光とか、手の感触とか、カーテンがゆれるのを見て笑ったりとかさ。」
「あ、それ、今日もやってた。カーテンのすそがゆれてるの、じーって見てた。」
「ぼくらが“想像”って言ってるもの、たぶん、あの子はもっと最初の形で持ってるんだよ。」
「最初の形?」
「言葉になる前のイメージ。
たぶん夢もそれだけでできてる。むしろ“それしかない夢”って、かっこよくない?」
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アスが静かに呟いた
「眠れぬ夜こそ、自分をふりかえる静かな時間」
「あ!それ…兄ちゃんがこの前、読んでくれた。ヒルなんとかの本のなかの…」
うん、ヒルティねっと言いながらアスが続けた
「みんなが寝てる夜、目がさえてる人だけが見られるものがある」って。
弟は今ごろ寝てるだろうか。
夢のなかで、水をすくって笑ってるかな。
それとも、光をつかもうとしてるかもしれない。
ことばがなくても、きっと夢は見える。
ことばがなくても、きっと世界はある。
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兄ちゃんが言ってた。
「言葉になる前の世界、それを“空”って言うんだよ」
「何にもないけど、すべてがある世界」
もしかして弟は、ずっと“空”の中に住んでるのかもしれない。
そこでは、ことばは必要ない。ただ、感じるものがすべて。
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「おやすみ、弟」
「きみの夢が、ことばじゃない色で、あふれてますように」
言葉がなくても、きっと世界は見える。
光や手ざわり、ゆれる景色――
弟の夢には、“ことばの前の世界”が広がっているのかもしれません。




