第310話『三角を作る人②』
形のあるものは、壊し方も決まっている。
けれど、人の心は、いつのまにか形を与えられてしまう。
それが誰の手によるものか、気づかないままに。
タケルは首をかしげながら、ノートの端に小さな三角形を描いた。
「でも、そんなのほんとにできる人いるのかな?」
アスはすぐに答える。
「いるよ。距離を取ったり、近づいたり、自分の姿を微妙に変化させたりしてね。相手の気持ちを確かめながら、じわじわ三角を完成させていく人」
「じわじわ…?」
「そう。たとえば、今日はやさしくして“親密性”を強く感じさせて、次の日はちょっと冷たくして“情熱”を揺さぶる。で、最後には『ずっと一緒にいよう』って“コミットメント”を与える。そうやって三角を崩れない形にしてしまうんだ」
タケルは思わず息をのんだ。
「……それって魔性って感じがする」
アスは口の端をつりあげる。
「でしょ? 面白いよね、そんな人って。普通の人には無意識でできない。でも、ほんとうに自分をわかってる人なら、意図的にできちゃうんだ」
タケルはペンを置き、窓の外を見た。
「ぼくは…そんなふうに誰かを操ろうなんて思えないな。だって、怖いじゃん。もし逆にぼくが誰かに三角形で囲まれてたらって考えると…」
アスはさらりと言った。
「もう囲まれてるかもしれないよ?」
タケルははっとしてアスを見つめる。
「 誰かの三角にもう囲まれちゃってるって事?」
アスは目を細め、にやりと笑った。
「そうかもね。気付いてないだけかも。」
描いたはずの三角形は、
もしかすると、もう外側から囲まれていたのかもしれない。
気づいたときには、線は消え、感情だけが残る。




