第288話『新しい出会い。』
夕方の光は、いつもの道やベンチを、少しだけ違う景色に見せてくれる。
タケルとアスがふと立ち止まったその時間に、静かに訪れた“新しい出会い”。
それは、何かが変わる予感ではなく、ただそっと心に風が触れるような、小さな始まりだった。
ある夕方、道路沿いのベンチ。
タケルは空を見上げ、アスは手にした葉っぱをひらひらさせている。
風がそっと頬を撫で、遠くの電線に小鳥の影が揺れる。
そこへ近所のお姉さんがやってきて、穏やかな声でたずねた。
「こんにちは。座ってもいいですか?」
タケルは少し間を置いてから答える。
「はい、どうぞ」
アスも小さく頷く。
ベンチに座るお姉さんの肩越し、斜めに傾いた夕日が髪の毛を淡く染める。
タケルは眉をひそめ、空を指さす。
「雲が早く流れすぎてる」
アスは葉っぱをくるくる回しながら、「回るのも早い」と言った。
お姉さんは前かがみになり、太ももに手を置いて頬杖をつく。目を細め、沈黙のまま風を感じる。
しばらく静かに空を見つめたあと、そっと口を開く。
「エンジェルラダー」
携帯を取り出し、光の中の雲を写真に収めた。
アスが空を見上げながらつぶやく。
「薄明光線?」
お姉さんは微笑み、「はい」と答えた。
タケルは首を傾げて、「なにそれ?」
お姉さんはアスと目を合わせ、どちらが説明するかを無言で確かめる。
アスは少しクスっと笑いながら説明した。
「雲の切れ間から太陽の光が放射状に地上に差し込んで見える光景のこと」
タケルは目を大きくして、「へ〜そうなんだ。エンジェルラダーと薄明光線って同じ?」
アスとお姉さんは同時に頷いた。
しばらく沈黙。
お姉さんは指を空に向け、光の筋をなぞる。
タケルもアスもその方向に目を向ける。
「建物が何もない時代に見たかった」お姉さんがぽつりと言った。
アスとタケルは互いに目を合わせ、静かにその言葉の余韻を受け止める。
しばらく沈黙した後、お姉さんが続けた。
「想像するんです。昔の絵画を。17世紀、18世紀、19世紀…ミレー、ターナー、アールト・ファン・デル・ネール…彼らが見ていた同じ光を見つめることができるなんて、幸せ」
アスは小さく息をつき、「へ〜その感覚わかる」
タケルも頷き、「確かに神秘的で、昔の絵画っぽい。お姉さんはこういうのが好きなんだね」
お姉さんは光を見つめながら、柔らかく呟いた。
「はい。好きです」
その時、風が吹き、弟の集めた葉っぱがふわりと舞う。
「わぁ、綺麗」お姉さんは目を細めて喜ぶ。
弟は目を閉じ、風を感じながら笑う。
その無垢な瞬間を見つめて、お姉さんはそっと微笑む。
「風と話してるんだね」
空と光、風と影、葉っぱの舞い…
静かに流れる時間の中で、三人の世界はやさしく交差し、言葉にできない小さな奇跡がそこにあった。
空の光や風の流れを誰かと共有すると、不思議と自分の世界が少し広がる。
名前を知る前の感覚や、言葉にできない美しさを、同じ方向を見ながらそっと受け取る瞬間。
今日の夕暮れは、そんな微かなつながりが、優しく息づく時間だった。




